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二十六





 ――作戦を練りに練った、約八時間後。今の時刻は午後一時……腹拵えもすみ体力満天、外は穏やかなくらいの晴天で、風も少なく船の揺れはほぼなし。最高の作戦開始びよりだ。


 あたしは作戦表を今一度読み返して、それをしっかりとインプットした。あたしがするべきなのは、ただ一つ……エーファンのもとに向かって、ただ走るだけ。ヤイバは懐に入れた手紙を落とさないようにと、入念にチェックをしている。失敗すれば次はない――しかし、絶対に成功する! その自信があたし達にはあった。


 ……見てろよ勇者。親友以上の繋がりを持ったあたし達の連携プレー、しかとその目に焼き付けろ!!





 「――それじゃあ、よろしく頼むねヤイバ。あたしまだ眠いから、ちょっと休んでるよ」


 「OK。ちゃちゃっと渡してちゃちゃっと返事もらって来るから!」





 あたし達は頷き合う。





 「それじゃあ、行ってきまーす」





 一応念の為と――あたしは毛布の中に潜り込みながら、ヤイバが部屋から出るのを見送った。外に勇者がいたとして、中を見たらあたしがちゃんと寝ているのだと思わせるために。しかし、選択は正しかった。毛布の隙間から見えたヤイバの目の前には――ニッコリとほほ笑む勇者が佇んでいる。


 勇者が扉の前にいる――つまり奴は聞いており、扉の前で待ち構える事を選択したのだ。さすが堂々としてやがる。構え方も盗み聞きも。後ろ姿しか見えないが――ヤイバは、多分“掛かった”とほくそ笑んだ。





 「こんにちは勇者様! ちょっとそこ退いてもえるかな?」


 「こんにちは。しかし、残念だがここは通せないな」


 「……へーえ、なんでかなぁ?」


 「まあ、簡単に言えば……俺は耳がいい、ということかな」





 勇者はヤイバに手を伸ばした。


 ――しかし。





 「ざ~んねん! いくら勇者様でも、異世界人の技に敵うわけないってね」


 「! ……なるほど。君の能力は――瞬間移動、テレポートだな? 道理で気配なく現れたり出来るわけだ」





 いきなり勇者の後ろへ移動したヤイバ。勇者はそこまで驚いた様子は見せず、余裕な面持ちでそう分析をした。聞き慣れない言葉……テレポート? だっただろうか。あたしは初めて聞くけれど、それがヤイバの能力なのだろう。異世界人は稀に、この世界の魔法とは別の、変わった能力を身に着けると聞く。多分、これがそう。


 ヤイバは勇者を挑発するように、その言葉にニヤリと笑った。





 「ご名答! 勇者様詳しいね~」


 「仮にも勇者だからな。だからもちろん……その能力が、移動しながらは“扱えない”ということも、もちろん知っている――!!」





 待ってましたとでも言うように――ヤイバは走り出した。





 「はっはは! 鬼さんこちら~手のなるほうへ~! アタシは走りも体力も負けないよーんっ!」





 そして……勇者とヤイバは、この場から走り去っていった。徐々に小さくなるヤイバの声を聞きながら――緊張で高鳴る胸を押さえ、あたしはむくりと起き上がる。


 ……大丈夫だ。ヤイバはそう簡単に捕まりやしない。なんせあたしの親友で、従姉妹で、異世界人なのだから。それに――。





 「――よし、行こう」





 あたしは、あたしが今すべきことだけを考えた。ヤイバが作ってくれた、たった一回だけ通用するこの作戦――絶対、無駄にはしない! あたしはなるべく足音を消しながら、エーファンに向かって走り出した。揺れる船の上……ガタガタ揺れるような危険な作戦だが、そんな畏れに負けてはならない。行くぞ、あたし!!





 「あら、フィーリア様! 頑張ってくださいませーっ」





 すれ違い座間に、プリエステルが応援してくれた。……もちろんだとも。あたしは絶対諦めない――エーファンに会うため、母の情報を知るため!


 あたしは走る。とにかく走る。ヤイバの情報によれば、今この時間エーファンは――甲板にて部下に指示をしているらしい。向かうは上。あたしは階段のほうへ向かって、とにかく走った。きっと今ごろ、ヤイバはあたしと逆方向へ向かうため――下へ降りる方の階段に向かっているのだろう。ヤイバの無事を願いながら、あたしは最初で最後になるであろう……勇者との戦いに意気込んだ。


 階段についたあたしは、二段飛ばしでかけ上がった。今度はベルとマリンベールにすれ違い、「負けるな小娘!」「頑張ってフィーリアちゃん!」とエールをもらう。やばい、泣けて来た。ここまで来たらもう……本当に後には引けないし、引きたくない! 皆の声援に応えるため、あたしは――絶対エーファンに会うから!!


 階段をのぼりきったあたしは、甲板に出る出口へ向かって、さらにスピードをあげた。魔法で風の抵抗を打ち消しながら、本気を“魅せる”。見えて来た甲板への扉――ああ、ただの扉のに、あれはまるで天国へ続く扉のようでとても神々しい。少し錆びた感じがアジを出しているようにすら見えて、本当に思考がパニックになって来ているんだと、走りながら実感する。


 あたしはさらに、地の魔法を応用した“振動”の魔法を使って、扉を開けた。「勇者をぎゃふんと言わせよう!」とヤイバが言ってくれたように、本当に言わせてやろう。





 ――あたしは船員をうまくかわしながら、扉を過ぎた。


 そして見えたのは……果てしなく続く海と、晴天の空と、忙しく働いている船員と、話し合いをしているロックハートと――エーファン。そして――――。





 「ぎゃふーん!!」





 ……そこに、悠然と待ち構えていたのは。


 右手でヒラヒラと白い便箋を揺らし、太陽の光を浴びて輝く汗を空いた手で拭いながら、妖艶にほほ笑む――勇者がいた。いや、申し訳ない……化物がいた、だ。





 あたしはスリップをかけて、キュッと立ち止まる。……目の前に立ち塞がるその存在を、あたしは信じられなくて……何度も後方の扉と前方の勇者? を見比べた。……ひとまず落ち着くために、この船の構造を説明しよう。


 この船、ここ甲板が一階だとすると、下に地下一階と二階があるのである。地下一階には、寝泊まりするような部屋――つまりエーファンの自室やあたしの使っていた部屋が。二階には武器庫や食料庫など、様々な用途に活用できる便利な部屋がある。そして、階段は一纏めではなく――簡単に言うと、“降りる専用”と“昇り専用”の階段でわけられているのである。


 つまり甲板には降りる専用しかなく、地下二階には昇り専用しかないという事だが――ここで非情に困った問題が。甲板から地下二階に行こうと思うと、これがまた遠いのである。何故かというと、階段は端っこにあるから。


 しかし、階段はそれしかない……一本道なのだ。


 ……さて、ここでまた問題が生じる。彼――勇者は、いったいどこから現れたのだろうか? あたしより先に行くためには、必ずといってあの一本道を通るしかなくて、間違いなくあたしの横を通り過ぎていなければならないわけで。しかし分かっての通り、あたしの横を勇者が通り過ぎたなんてことはなかった。いたのはエールをしてくれたプリエステルとベル、そしてマリンベールの三人だけ。


 化物? ハッ、ナマ優しい。だがしかし……ピッタリな比喩はコイツには存在しない! 怖いよ父上こいつどうにかしてー!!





 オバケ以上のようなものを見る目でカタカタ震えるあたしを、勇者は爽やかな笑顔を浮かべながら近付いて――それはもう朗らかに言った。





 「部屋で大人しくしようか、フィーリィ」





 ハイ喜んでー! と、お前はどこぞの店の店主かなんて思わせるほど、今のあたしの言葉のキレはハンパなかった。きっと、「元気のいい店だなぁ! 素晴らしい!」なんて褒められてしまうだろう。そんな風に威勢よく返してしまったのは、しょうがないというものだ。だって怖い、勇者怖い、もう本当に怖い。素晴らしい笑顔なのに、何故か目だけがマジなんだもん。これ逆らったら殺されるよ!


 不憫そうにこちらを伺うロックハートとエーファンの視線を背に受けながら、あたしは顔面蒼白のまま勇者に従い、甲板をあとにした。たしかに……最初で最後の戦いだ。だって、もう二度と体験したくないもん。次もしやったら――あたしの首が転がってるんじゃないかな、多分。





 今日で二度目となる勇者の送りつきで部屋についたあたしは、最後まで震えながら大人しく中へ入り込んだ。「この手紙は俺がじっくり読んでから燃やすから」と笑顔でそうつげた勇者に、あたしはただ「ははははい」とだけしか言えない。そして公言してはいなかったが、“部屋でじっくり読ませてもらうけど、その間悪さをしないように”とも感じ取れた。


 部屋に戻っていく勇者の背中をお見送りしてから、あたしは静かに扉を閉める。震える身体を擦りながら後ろを振り返って、あたしは口の端っこだけを微かにあげた。……部屋にはすでに、ヤイバが。彼女の表情を解説するならば、そう――戦意消失したような笑み、というたとえが一番正しいのだろう。


 あたし達はゆっくり歩みよって、一旦抱き合う。そして離れたあと――ハイタッチをした。





 「作戦っ!」


 「大・成・功~!!」





 この声が勇者の耳に届くのは、この一件が忘れ去られた時になるとは――勇者本人も思わなかったのだった。






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