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二十三





 ――翌日。

 目覚めたはずなのに揺れる身体……不思議に思ったあたしは、覚醒した頭で“ここは船で海の上”ということをようやく理解した。微かに香る潮が、それを教える。船は苦手だから、少しだけ気分は重い。ちなみに身体も本当に重いような……。


 そこまで思い、あたしは今度こそ覚醒し、理解した。……身体が重いのは、ヤイバのせいだ。あたしにのしかかるヤイバの手足をゆっくり退けて、起こさないよう慎重に起き上がる。


 オールドビリを離れてから、すでにもう三日。昨日はちょうどヤイバと遅くまで談笑しており、気付いたら一緒に眠りこけてしまったようだ。……三日、そう、三日だ。そんなに経っているにも関わらず、あたしは未だエーファンから母の事を聞けてはいない。何故かって? まぁ、部屋を出ればわかる。


 まだ日が上りきっていない早朝、あたしはお手洗いに向かうため静かに扉へ向かった。そして一度扉に耳を当てて、音が聞こえないかと探る。今のあたしは聴覚もすこぶる良い……静かな中で耳を澄ませば、布こずれの音でさえ聞き取ってしまう。なにも聞こえないのを確認したあたしは、ニヤリと笑って、これまた慎重に扉を開けた。


 扉の音を聞き付けた、“アイツ”が目を覚まさないようにと――。





 「――こんな朝早くに、なにか用事でも?」


 「ぴっ!」





 小さくて情けない、弱々しい悲鳴を上げる。


 あたしはプルプル震えながら、何故いるんだ……と言わんばかりの表情を浮かべた。たしかに音はしなかった。父上に誓って、神にも誓って、全悪魔に誓って、本当に。だとしたら……目の前の“こいつ”は、文字通り少しも動作をせずに、さらには息もせずここに立っていた事になる。……化物かこいつは。


 そんな化物――勇者を愕然として見つめるあたしに、勇者はしてやったりとほくそ笑んだ。……いかにも“捕まえたぞこの悪戯娘め”なんて言いそうなお顔だ。容姿がいいだけに、その迫力といったらすごいのなんのって……いや、別にあたし悪い事していないんだけどね。おトイレに行きたかっただけだし。


 なにも言えないあたしは、とりあえず扉を閉めようとゆっくり動作をした。話し声でヤイバを起こしちゃ可哀相だ。夜遅くまで話していたから、まだまだ眠いだろう。もちろんあたしも眠いけど。


 しかし――今出会ってしまったこいつのせいで、ぼんやりする眠気も海の奥深くに沈んでいってしまった。これぞまさに、海のモズク。なんてうまいことを考えている場合ではなく、あたしは今この状況をなんとかせねばならないのである。……この、“エーファンに出会えない元凶”に、だ。





 「――お、おはよう勇者。起きるの早いね」


 「おはようフィーリィ。お前も早いな、こんな朝早くなにをしに行くんだ?」


 「……い、いや……トイレに」


 「そうか。なら案内してやる」


 「いや、場所ならちゃんとわかっ――」


 「案内してやる」


 「……よろしくお願いします」





 どうしたんだろう……この三日、勇者になにが起こったんだ? もとから勇者らしくないとはわかっていたのだが、今はそれに拍車がかかり、悪役まっしぐらな言動と行動を起こしているような気がする。たとえば昨日なんか、シャワー室を出てすぐに、勇者がニッコリと待ち構えていたり――勇者は今ならばベルとともに作戦を練り直しているだろうと思い、エーファンに近寄ったら……後ろからいきなり現れたり。


 ……ストーカーか、こいつは。つうか、どうやって音もなく現れる事ができたんですか? ヤイバは異世界人特有の力があるため、気配なしに近付く事が出来るというのは本人から聞いて知ったが……勇者、あんたは普通の人間……でしたよね? あれ、こいつ人間だったっけ? それすらも危うい。


 とにかくだ、このプチ犯罪行為をなんとかしなくては。何かを知っていそうなロックハートやマリンベールに聞いてみたりはしたのだが、もちろんその時も後ろに勇者がいたため……苦笑いだけを返され、答えをはぐらかされた。そしたら勇者を振り切ればいいだろ、とは思う。だが簡単に振り切れるものならば、あたしはとっくの前にエーファンと楽しく会話をしている。


 何故だ! どうしてこいつはこんなにもストーカーの技術に長けている!? いったい勇者のなにがこうさせているんだ……! 極限な頭で悩むあたしに、勇者はこれっぽっちも気付いていない。こういうタイプには直接ハッキリと聞いてみた方がいいのだろう――だが、なにか嫌な予感がしてしょうがないのだ。地雷だけは踏みたくない。


 とりあえずお手洗いまで“しょうがなく”案内してもらうため……「案内ヨロシクオ願イシマス」と、明らかに片言で勇者に頼んだ。奴はニッコリ笑って、「もちろん」と進み出す。逃がさんとばかりに、あたしの腕を強く掴みながら。





 「……」


 「……」





 会話など、まったくの皆無だ。だって話しかけられる雰囲気をしていないし、なにより勇者から話をかけることもしないから。勇者はただニッコリと笑いながら、黒いオーラを放つだけだ。それを見たヤイバは「微笑ましいねぇ」と、かなりトンチンカンな事をおっしゃってくれたけど、これのどこをどう見たら微笑ましく見えるのだろう? どう見たって捕虜された兎が、虎に連れて行かれる場面ではないか。


 三日も経った今では、すでに諦めの心しかない。いや、でも微かな希望はある。


 それは――。





 「あーっ! 勇者~、おはよぉ! 会いたかったわぁ~」





 ……そう、お手洗いから現れたこの憐れ女――ジュエリー・クリアウォーター、その人である。こいつこそ勇者を数分塞き止められる存在であり、今のあたしにとっては神よりも貴重で大切な存在だ。こいつこそ唯一のチャンス……あたしはこれを、逃してはならない。実行するなら、今だ!!


 あたしは勇者の背中を押し、ジュエリーに笑顔で言った。





 「勇者がなんと伝えたい言葉があるみたいだぞ憐れ女! 凄い恥ずかしがっているから、なかなか口を割らないと思うが……しつこくねっとりと引っ付いて離さないように永遠と問詰めてあげろよ! それじゃあお邪魔虫はこのへんで!!」





 命令口調でそう言ったあと、あたしは文字通り脱兎のごとく……その場から走り去っていった。トイレは二の次! 今の時間ならエーファンは自室にいるはずだ……こんなチャンスは絶対ない。ジュエリーが作ってくれたチャンスに、あたしは感動しながらエーファンのもとへと向かった。


 途中ベルがロックハートを口説いているのを見掛けたが、あたしは挨拶すらせずにそれを通り過ぎる。二人も、あたしがどんな状況なのか周知の上だろう……下手に声はかけてこなかった。いや、本当にありがたい。


 ――目の前にエーファンの自室が見えたところで、あたしは走りながら……飛び込む覚悟を準備をした。ゆったり開けている暇はないんだ……今はとにかく、急がねばならない。いつ勇者があたしを追いかけてくるかわからないのだから。


 息をすぅっと肺に入れ、吐き出す。そして。





 「とつげ――ぐふぉあっ!!」





 ……体当たりで、エーファンの自室に入り込む予定だった、あたしの身体は。目前にして現れた――勇者によって、あっけなく遮られてしまった。あたしは扉ではなく、勇者に突撃してしまったのである。……何故だ、あたしより足が早いなんてあり得ないのに。何故勇者はここにいて、体当たりをされた衝撃を微塵も食らっていないんだ。


 ……しかもかなり余裕があり、飛び込んで来たあたしを優雅に――マリンベールに教わったのだろうか――お姫様抱っこで持ち上げた。しかもキメ台詞のつもりなのか、「お前は羽根のように軽いな」と言ってのける。


 誰か、この化物……どうにかしてください。






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