二十一
その言葉に反応したギルさんは、若干疲れが見える声色で『ただいま』と返してくれた。不思議に思ったあたしはどうしたのかと聞くと、ギルさんは、びっくりするような答えをかえす。
『それが――姫様の母君の事なのだけど。どうやらあそこにいる大海賊……エーファンと、以前なにかしら繋がりがあったようなんだ』
『……え?』
『姫様が勇者にさらわれたあと、私とガルは彼女達とともにいた。その時知ったんだよ』
彼女達。
それは多分、ジュエリーやマリンベールの事なのだろう。それを頭の隅で理解してから、先ほど聞いた事に注意を向けた。……大海賊エーファンと、あたしの母の、繋がり。それは、いったいどんな? ――聞き返しては見たものの、それについての答えを持っていなかったギルさんは、すまなそうに謝った。あたしは『気にしないで』と呟く。
うーん……謎だ。謎だけに、ナゾナゾだ。おっと、これはなかなかツマらない上に寒すぎるな。口に出すのだけはやめておこう。それよりも、無くなりかけていた母を探る手立てが、見つかったということ。どういう繋がりだったのかはさておき、母がどんな人だったのかを知りたい。
母は……どんな魔法を使っていたのかとか、どんな事をしていたのかとか、どんな風に敵と戦ったりして来たのかとか――。
あと、
どんな顔をしていたのとか。
どんな風に喋るのかとか。
どんな風に笑うのかとか。
どんな風な性格だったのかとか。
母について、あたしはなにも知らない。知らないから怖くて、知りたくなる。知りたい事が沢山あるんだ……母について、たっぷりと。それは、どんな些細な事でもいい。右利きとか、音痴だったとか、そんなどうでもいい情報でも――あたしは知りたい。
そりゃ当初の目的は、“あの時咄嗟に発動した魔法の事について”を探るためだったけれど……。ぶっちゃけ、知らなければならないというわけではないのだ。あたしがそう理由を無理矢理つけようとしただけで、まったく必要のない情報。
ただ、それでもあたしは。……母を知りたかった。
見たこともない、ある意味あたしにとっては未知の世界である――母親という存在。いろんなメイドに聞いたことがある。母とは、いったいどんな存在なのかと。でも、返って来る答えはただ一つ……“母は誰よりも強い”、ただそれだけ。
誰よりも強い、ならばあたしの母は父上の力よりも遥かに凌ぐ魔法使いだったのか? そう思ったあたしは、再び質問した。その“母”というのは、どこかで強大な魔法を学ぶのだろうか……と。それはどんな魔法で、誰に教わるのか。
これには様々な答えがあったけれど、たまたま通り掛かった父上が、この答えを返してくれた日があった。それを聞いたメイドや兵士は皆、「これ以上の言葉はない」と口々にそう言っていたのが印象的で……不思議と心に残っていた言葉。
――その魔法の名は、“愛”。それは太陽よりも暖かく、月のような優しげな明かりを持っている。“愛”より強大な魔法はなく、“愛”の前では誰もが敵わない。“愛”を知ってしまったが最後、男は女に逆らえなくなるんだ。そして母となった時、その“愛”はより力を増す。小さなものを慈しみ、大きなものも守る……最大で最高の究極魔法だ。そしてそれは、自分の子から教わるんだ。
父上はそう言ったあと、あたしを抱き締めながら呟いた。「自分は一生彼女に敵わないだろう。指一本触れることなく、負けてしまう。それでも……今ここにある“愛”で、お前を守ると誓うよ――フィーリィ」。そんな父上の言葉は、幼いあたしにはよくわからなかった。もちろん今もよくわからないけれど、これだけはわかる。
……それは、あたしは“愛されている”ということ。その“愛”は、多分どんな強い敵も……跳ね返してしまう。これが、あたしの知る“母親”という存在だ。
そして、あたしは更なる情報を求めている。“母”は……どんな人だったのか、ふと感じる寂しさを埋めるために、それを求めている。
――あたしは、エーファンに“サクラ・キクノウチ”の情報を得ようと心を決めた。今は勇者達と作戦会議をしているようなので――しょうがなく、後回しなのだけれど。
あたしは後ろの――遠くなって行く、オールドビリを見つめた。……いつかまた来れたら、今度はゆっくりお墓参りをして帰ろう。帰る場所は残念ながら、勇者達のところしかないのだけど。ま、それもいいのかな。パリシュについたら勇者達に援助してもらって、ゆっくり生きていけばいい。そしていつか――万が一にもあり得ないが――好きな人が出来たら。一緒に、あのお墓へ行こう。
優しく吹き荒れる潮風を母の慈しみのように感じながら、あたしは亡き母へと思いを馳せる。
“母”がどれだけ強いのか。……それはいつか、あたしが母になればわかるのだろう。その相手は……魔族? それとも人間? 願いが叶うならば、父上のような強くて優しい、素敵な人がいいな。父上より強くてイケメンなら、まぁ、一人いるんだけど……。
後ろをチラリと伺って、作戦会議に夢中な勇者を一瞬だけ見た。……いや、ないない。勇者だけはあり得ないわ、多分絶対に。頭をふるふると震わせ、あたしはその馬鹿みたいな考えを海に捨てた。再び浮き上がらないようにと、何重にも鎖の重しを付けて。
「――よーし、作戦会議はこんなところか。じゃ、勇者達頼むぜ」
「ファニー! ねぇ、アタシはやることないの?」
「ねーよ。狙われてんのはお前なんだから、妹様は大人しくしてろ」
「えっー!」
後ろで、わいのわいのと騒ぐ声。
あたしはまだ、それに馴染むことがなかなかできない。明るく朗らかに、人間と仲良くなんて……まだちょっと、荷が重いから。いくら我慢をしているとはいえ、奴等は間違いなくあたしの同胞を殺した人間だ。いくら取り繕っても、その事実だけはねじ曲げられない。……あたしは、我慢をし続けないといけないから。
もう少し経ったら、積極的になる努力でもしてみよう。今は無理だけど、いつか、きっと。まずは……勇者に文句を言い続けるところからでも、始めようかな。これならば簡単に馴染めそうだ。毎回やってるし。
あたしは少しだけ苦笑いをして、後ろを振り返った。
「――のわぁっ!?」
後ろを向いて、びっくり。目の前には何故か異世界人――ヤイバがいて、ニコニコ笑顔であたしを見つめていた。さっきまで、向こうでエーファン達と話していたのに……だ。いつの間にやって来たのだろうか? 気配などまったくなかったのに。……ただ者じゃないな。
固まるあたしにヤイバは、笑顔のまま横に並んで来た。海を背に向けて、口を開く。
「ね、名前は?」
「……フィーリア」
「そ。アタシ、ヤイバね。呼び捨てでいいから!」
「……はい」
「敬語も無しね!」
「……うん」
完全にペースを持って行かれている……。ただ者ではないと思ったが、本当に曲者だ。
「ねぇ、異世界人じゃないって本当?」
「……う、うん。あの……母親が、異世界人らしくて」
「らしくて? ……もう、いないの?」
「……うん、いない。生まれてすぐ死んじゃった」
「そっかぁ……あたしも、生まれてすぐ死んじゃったんだよね。両親とも」
……両親とも。
それは、いったいどれほど辛かったのだろうか。あたしには父上がいし、魔族という“家族”がいたけれど――きっとヤイバには、そんな存在はなかったんだ。何故彼女はそれで、明るく笑っているのだろう。
明るく話すヤイバを、あたしは不思議そうに見つめる。それに気付いたのだろうか……一度ヤイバは苦笑してから、なんでもないように言った。
「まるで悲劇のヒロインだよねー。ま、アタシにはなかなかの役だけど。……でも、アタシ演技って下手でさ」
ヤイバは言葉を続ける。
「心挫かれたくないんだよね、アタシ強くなりたいからさ。強くなろうと思ったのは、小さかったアタシを守って育ててくれた……お姉ちゃんのため」
「お姉ちゃん……サヤコさん?」
「うん。お姉ちゃんは運は最強に良いんだけど、運動だけはからっきしダメダメで。でもアタシは運動神経だけは抜群でさ……今度はアタシが、お姉ちゃんを守りたいんだ」
そう言い切ったヤイバはハタから見たら、忠誠を誓う騎士のような――そんな力強さがあった。女だけど男らしい、果てしない強さを持っている。その強さが、少し羨ましく思う。
……でも、ヤイバだってきっと恋しいよね。会ったことがない父や、母に。そう思ったあたしは、気付いたら「会ってみたいと思わないの?」と聞いていた。ヤイバは「もちろんあるよ」と答える。
「すごい会ってみたい。顔は写真があるからいいけど、性格とか声とか、なんにも知らないし」
「ふーん……あたしは、父上だけいたから……母だけのことを知りたい、かな」
「お父さんってどんな人だったの?」
「父上は――そうだなぁ、かっこよくて強くて、優しくて暖かくて、あとちょっと変なところがあったかな。あ、ダジャレが好きだった」
それを聞いたヤイバは、「ぶっ」と吹き出しながら笑う。
「ダジャレって! たしかに変だねー」
「でしょ? あ、異世界人に会ったら聞いてみたいことがあったんだけど、ダジャレで笑いを取れる人なんているの?」
「いないよー! あ、でもわざと言って、“こいつ寒いわー”なんて思わせて笑いを取る高度な技を持った人達は沢山いるよ! 笑いをとる仕事をね、“漫才師”って言うの」
「仕事? 笑わせるだけで?」
「だけって言うけど、難しいんだよー。漫才師同士で戦う、お笑いチャンピオンを決めるバトルもあるんだ」
「えー、嘘だぁ」
「ホントだよ! でもみんな一発屋ばかりだったな」
あたし達は話で盛り上がり、きゃっきゃっと笑う。異世界の話から、この世界の話へ変わり、最近あったこととか、自分のこととか夢とか……でも最終的には、恋愛の話になった。
恋愛の話になってからは二人して小声になるので、こちらをたまに伺っていた勇者やエーファンが、微妙に不思議そうな顔をして注意をしている。勇者なんか一分に何十回も見てるんじゃないだろうか……。
それもなんだかおかしくて、あたし達は笑いながらも小声で恋愛話に花を咲かせた。
「――でね! そのクラスの男子なんてさぁ、その子が好きすぎて授業中に大声で告白しちゃったんだよ? ウケるよねー。フィーリアは魔族って言ってたっけ、良い人いた?」
「あー、そうだなぁ。あたしにとってはお兄ちゃんみたいな人だったんだけど、すごいモテる人がいてさ。ラブレターが毎朝どっさり部屋の前に積まれるもんだからキレちゃって。怖かったなー」
「すっごー。破壊的にモテたんだねぇ」
「うん。それで破壊的に……というか、城が少し破壊されたよ」
「ははは! こわー!」
ヤイバと話すのは、聞いたことのない話や独特の会話術のおかげで、とても楽しかった。まるで魔族にいた頃のようで、これが友達ってやつかな? なんて思わせる。城にいた魔族はみんな年上ばかりだったから……友達という感じではなかったんだよね。同い年の魔族なんて、なかなか会えなかったから。
だからヤイバといると、まるであたしも人間になったかのようで……心が暖かくなるような気がした。友達になってほしいと言ったら、なってくれるだろうか? 魔族と友達なんて、とか言われないだろうか。
――あたしは少し緊張しながらも、意を決してヤイバに言う。
「ねぇ……ヤイバ」
「なあに?」
「その、と……とも……えー」
「……? とも? あっ、友達?」
「! う、うん、まぁ……なってくれたらいいなーって」
……すごく、ドキドキする。友達を一人作るのに、どうしてこんなに緊張するのだろうか。怖いし、そわそわするし。断られたらどうしよう? 泣かないようにだけしなければ。
あたしはヤイバの言葉を待ちながら、視線を空中に彷徨わせた。そんなあたしに、ヤイバは。
「フィーリアってば、なに言ってんのー? はは、おかしな奴ー」
「! そ、そうだね……はは、あたしどうかして――」
「友達っていうのはね、恋バナをしたらすでに友達なんだよ! 違う?」
あたしはその言葉に驚き、ヤイバを真っ正面から見た。……すでに、友達? 友達とは――気付いたらなっているものだったのか。暖かくなる心を押さえて、あたしは照れくさそうにほほ笑む。
そんなあたしに……ヤイバは笑っている。しかも、ニンマリと。何故ニンマリ?
「じゃあ友達記念ということで、フィーリア」
「な、なに?」
「……ふふふ。友達の上に存在する“親友”というのはね、互いの好きな人を言い合っちゃえばなれるんだよ?」
「!」
「さぁ、さぁさぁさぁ! フィーリアは誰が好きなのかな~?」
親友……それは、今のあたしには一番心を掴む言葉だ。でも好きな人なんていないし――あぁ、父上、あたしどうすれば! 親友を作るチャンスが今目の前にあるというのに!!
「……あ、もしかして今いない? じゃあ気になってる人」
「えぇ!? き、気になってる人……」
多少難易度が低くはなったものの……それでも今のあたしには難しい問題なわけで。あたしは唸りながらも、“気になる人”を考えた。