十九
――あたしは深く溜め息を吐いた。それはもう重々しく、相手にもハッキリ聞こえるように。
相手の人数は三人。一人は、あたしといい勝負なくらいチビな少年で、一人は中年のオッサン、もう一人は二十歳前半っぽい青年だ。脅しのつもりなのか、青年の手には鋭利な刃物が握られており、その顔には“今から悪巧みをします”と言わんばかりの表情が浮かべられていた。
あたしは、ますます溜め息を深くする。……こんなとこでモタついてる暇はないのに、もう。
そんな雰囲気を醸し出すあたしの気配を知ってか知らずか……中年のオッサンは、下品な笑みを浮かべながら――言った。
「――可哀相になぁ。是非とも俺達が、助けてやるぜぇ」
「いいえけっこうです」
あたしは即答する。……が、しかし。今度は青年があたしに向かって、とても偉そうに発言してくれた。
「ハッ。お前みたいな小娘を、この俺様が助けてやるって言ってるんだぜ? ……大人しく言う事聞きやがれよ、面倒な奴だな」
……ええ、そりゃあもう、きましたとも。カッチーン、とね。
この野郎絶対焼きつくしてやる……! と上がりかけた手をなんとか押さえて、あたしは爆発しそうな怒りを押し殺した。怒りで我を忘れるところだったよ、これじゃあ魔族失格だよね。
……いや、人間に戻る努力をしなくちゃいけないから、魔族にこだわったらダメなんだけど。と、あたしは密かに自問自答を繰り返しながら、今この状況下……どうしようかと悩む。
……ここオールドビリに向かう途中、実は勇者と色々約束事をしたのだ。たとえば、町で被害の広がるような魔法は使わない事、とか。自分が魔族に育てられたと言わない事、とか。本当はまだまだあるのだが、つまりあたしが今言いたいのは……“町で被害の広がるような魔法は禁止”、ただそれだけなのである。
あたしが使う魔法など、強力で広範囲なものばかりだ。そう言われてしまっては、使える魔法など限られてしまう。
……だから今、非情に困っているのである。約束を律義に守るなんて、たしかにアホらしい――しかし、心の隅から隅まで魔族のあたしには、“約束”や“掟”という決まり事にめっぽう弱いのだ。幼き頃から身に染み付いたあたしの教訓……簡単には消せまい。だから実際、勇者がいないこの場でも約束を破るなんてできなかったり。
ああ、なんて残念な性格なんだ……あたし。
自分に対しての文句をぶつぶつ喋り、少し鬱になるあたしを見ては――三人は少し訝しげにする。そして、その内の一人……少年がハッとしたように気付き、仲間に耳打ちをした。
かろうじて聞えたのは、「異世界人」という言葉だけ。……これは多分、間違いなく間違えられて、いる? 余計に面倒なことにならなければいいのだけど。
あたしはいやな予感をひしひし受け取りながら、ひたすら悶々と考えた。どうすれば約束を破らずに、こいつらを蹴散らす事が出来るのか――と。なるべく……そう、なるべく。魔法を使わないという方向で――――。
「――っとぉ、君達ぃ。よくないなぁ、こんな小さい少女を囲んでナンパなんかしちゃー。そんな絶望的にちまっこいお子ちゃまが趣味なのかねぇ」
……そんな、悩みにふけっている途中で後ろから聞えた、声。この飄々とした気の抜ける声は――まぁ、振り返るまでもない。こんな喋り方をする人物なんて、あたしは一人しか知らないじゃないか。
あたしは安堵の溜め息を吐いてから、後ろの人物に向かって――文句を吐露した。
「……誰が絶望的だって? ベルバニスクエイド」
「ハイ残念。僕はベルヴァロスクエッドだ」
後ろを振り向いて見えた、その神々しい光を放つ男――ベルは。頑張って言ってみた間違い名前を即答で返してくれた。あたしはそれに苦笑する。
……勇者だけにあきたらず、こいつまでもが良いタイミングであたしを助けに来てくれたようだ。まったく本当に、空気の読める人間だこと。
「まったくさぁ、君はなんなの? ヴェラリエルの奴等が来て、ちょうど忙しい時に絡まれるなんて」
「あれ、なんで知ってんの」
「言ったろ? 僕は、勇者一行の中じゃ情報通だ……って」
……なるほど。
それはそれは、かなり凄い情報通なんですね。宿にいてどうやってわかったんだ……? 案外勇者よりも謎なのは、こいつなのかもしれない。
「――さて、と。君達、今の名前でわかったと思うんだが……僕の連れにいったい何をしてくれちゃってるわけ? 場合によっては、不敬罪にあたるけど」
「おっ……俺達は別に! な、なぁ?」
「あ、ああ……もちろん」
「……そう? じゃあ、この場で打ち首になりたくなかったら……さっさと失せる事だね」
ベルがそう言った途端、奴等は慌てたようにその場を走って去っていった。……それはもう、巨大モンスターがこの場に現れたかのような去り方で。一人少年が「うわぁぁあ!」なんて叫びながら、走っている。
あたしはそれを見て、呆然。そしてギギギ……と首をずらし、偉そうにふん反りかえるベルを見て――一言。
「本名は?」
「本名? ベルヴァロスクエッド・アーチェ・インスパイア・ゴールド・イクシアヂブキツ、だよ」
「……王族?」
「そうだけど?」
「……そお」
なんで、勇者一行に王族がいるんだよ!? ……なんてあたしの心の叫びなどは届かず、ただその辺に浮遊するはめになるわけなのだが。とにかく、ベルが王族だった事については今は無視しよう。急ぐべきは、この状況。
――あたしはベルに事情を説明して、すぐさまここから離れた。向かうのはもちろん港。そこに行けという事は……多分、船に乗るのだろう。そして予想が正しければ乗るその船は、大海賊――エーファンの海賊船。胸が高鳴ったのは言うまでもない。
あたしはベルに合わせて走り、港へ向かった。一人で行けばすぐ着くのに、場所から知らないため一人ではいけないもどかしさ。……くぅっ! 本気でじれったい!!
その気持ちが伝わったのだろうか。ベルは鼻で笑ったあと、見下したように言う。
「ホントお子ちゃまだな」
「身長は関係ない!」
「身長は抜きにしても、だ」
「オッサンが」
「オッサン言うな! 僕はまだ二十九歳だぞ!」
「じゃあ中年」
「うぐっ……」
勝った……! なんだからわからないけど、すごく感動してしまった。やはり、あの父上の専属執事とベルを重ねているからだろうか。ふむ、こうやってベルを使って悪口を日々鍛練するのも悪くないな。
にまにまと笑みを浮かべながら、あたしは勝利の喜びに酔いしれた。
「んの餓鬼……! ちっ、まぁいい。僕はこれでも紳士だからねー」
「へー」
「一々ムカつくな君は! まったく……、おっと――そろそろか」
一際賑わう港へ出た、あたし達。ベルの後ろをついていく様は、さながら金魚のフンのようだ。そんな金魚のフンと化したあたしは、ただ目の前に見える船へ向かって再び走り出す。
――目の前に見える、船。それは今まで見たい見たいと思って来た、あの……!!
「く……クレイジーブルーキャットの海賊船!!」
あたしは満面の笑みを浮かべながら、その船員に促されて――ベルとともに海賊船へと乗り込んだ。どうやら話がちゃんと伝わっているようだ。「待ってました! あなた方で最後です!」と元気よく言われて、あたしはそれを知る。感動のあまり泣かないように、しっかり我慢しなければ。
と、言いつつ涙腺がゆるゆるなあたし。ベルは凄いウザそうな顔をしてました。
いいんだ別に。
だって感動してるんだもの!!
今回も短めでした。
それと更新なんですが、ちょっと私情で忙しいので今年は今日までです(汗)
また来年、ガンガン更新していきますので(^v^)
それでは皆様よいお年を!