十八
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今回ちょっと短めです。
勇者の肩の上に担がれたままのあたしは、しばらくだらしなくブラブラと揺られていた。鼻水の件が今のあたしにとって、かなりのダメージを含んでいたからである。
……憧れの、大海賊エーファン。
そんな彼の前できゃっきゃとしながら、あたしは鼻水を垂らしていたというのだ……そりゃ普通の乙女なら誰だって落ち込むよ。しかし勇者はどんな時でもお構いなしなのか、それとも空気が読めていないのか――いや多分後者だけど、とにかく持ち前のマイペースさで一人いろいろと呟いていた。
正確には、あたしに語りかけていた。
「ん……、あの花壇が見えるか? あれはたしかここから遠くにある国の国花である、バラという花なんだ。見た目は美しいが、トゲかあってかなり危ないんだ」
「……あーそうですか……」
「そういえば……バラが二つ並んだら、崩れてしまうという噂を聞いたことがあるな」
「……バラが二つ、つまりバラバラ……ダジャレじゃん……」
「…………すごいな、フィーリィ」
あたしはより一層溜め息を深くさせた。
……コイツはもしかしたら、ナチュラルにあたしのことを馬鹿にしてるのかもしれない。あたしの考えすぎだろうか? ああ、自分で言っておいてなんだけど、今のダジャレまじで寒いわ。
「てゆーかぁ、そろそろおろしてくださいー」
「断る」
「……はえぇ……」
「離したらエーファンのところへ向かうだろう?」
「向いませんー。ちょっと散歩に向かって“たまたま”エーファン様に出会うだけですー」
「……絶対離さない」
「ちっ」
そんな会話を続けて、数分だろうか。
ふと気づいたのだが、そういえば先程から港街全体が慌ただしいように感じる。……感じるだけでたしかな理由はないのだが、最初ここへ足を踏み入れた時のような活気溢れるような雰囲気ではなく、どこか――焦っているような。
それに気付いたのはあたしだけではなく、もちろん勇者もそれを敏感に感じ取っていた。勇者は近くで雑談をしていた三人のおばさんの元へ近づく。
「すいません」
「はい? あら、まあ……大きな荷物ね」
「ええ、コイツ悪戯好きなもんで捕まえてるんですよ。あのそれより、この騒ぎは?」
てんめー勇者ぁぁ!
嘘ハッタリかましやがってふざけんなよー! ……と、叫びたいところではあるのだが。一々チャチャを入れていたら絶対話が進まないと学習しているので、あたしは必死に我慢をしていた。勇者といれば我慢も簡単に覚えられそうだよ。
しかしまぁ、そんなあたしの我慢のおかげか。おばさんは騒ぎの原因とやらを簡単に教えてくれる。
……どうやら、先ほどこのオールドビリに、ヴェラリエル国の兵士達が降り立ったらしい。そのヴェラリエル国の中心にある城こそが、エーファンの最愛の異世界人――サヤコという少女がいた場所なのである。
そう……ここオールドビリは、なによりも大海賊“クレイジーブルーキャット”に近い地。ここの港街の人達にとっては、たしかに少し動揺してしまうことなのだろう。どれだけ直接的な関係がなかろうとも、だ。
でもいったい、ここになにをしにきたのだろうか? いまさらエーファンを捕まえても意味がないし。それにここオールドビリとヴェラリエルは、それはもう果てしなく遠いと聞く。たしか、普通に陸を通ろうとすると……半年も掛かるんじゃなかったかな? 船でも一週間はかかるはず。海に住むモンスターなどに邪魔をされることを危惧すると、それ以上。
……なにか、理由があるとしか思えない。その理由のひとつは、間違いなくエーファンに関わりがあるのだろうけど。
自分なりに考えては見るものの、どうも魔界生活の長いあたしには詳しいことまでわからない。これでも勉強したんだけれど。
あたしは勇者をチラ見した。……この謎については、ぶっちゃけ勇者に聞いたほうが早いんだろうとわかっている。だってさっきからなにか考えてダンマリなんだもの、勇者。きっと、エーファンが勇者を呼んだのも……なにか理由があるんだろう。
あたしはしばらくジッと勇者を見つめていた。その視線に気付いたのか、それとも考えがまとまったのか――勇者は唐突に言葉を紡いだ。
「フィーリィ、宿に戻って三人を呼んできてくれ。港のほうへ向かうんだ」
「急ぎ?」
「大急ぎだ、すぐにここを離れるぞ。俺はジュエリーとマリンベール、エーファン達とともに先に行って待っている」
「りょーかい」
やっとおろしてくれたところで一度あたしは伸びをして、持ち前の脚力ですぐさまその場を去った。とりあえず急ぎならば、詳しい事情は後回し。……今は急ごう。
「――あっ! ロックハート!!」
宿へ向かう途中、あたしは遠目にロックハートを発見した。エルフなだけあって耳がいいのか、ロックハートはすぐにあたしに気がついた。
あたしはロックハートに事情を説明する。
「詳しいことはわからないけど、勇者から伝言! 急いでここから離れるから、港へ来てくれだって!」
「え? ……わかった。お姫様はベルヴァロスクエッドを頼めるかな。私はプリエステル嬢を連れていこう」
「わかった! それじゃああとで!!」
あたし達は頷きあって、すぐさま解散した。
オールドビリの宿は、たしか商店街に入る前にポツポツ並んでいるという。どこの宿をとったかわかりやすいように、窓には毎回赤い布を垂らしているんだとか。あたしは宿の並ぶ道へ入ると、注意しながらそれを探す。
……だがしかし、ない。なんということだろう。もしかして見えにくい貧相な宿にしたわけじゃあるまいな? でも困らないようにと絶対わかりやすい通りにある宿に泊まると聞いている。
徐々に焦り始めたあたしは、それはもう怪しく見えるほどキョロキョロあたりを伺った。迷子と思われたら厄介だ。ここには少々ガラの悪い奴らも群がっているから。
でも、いつだってそういう悪いことには悪いことが重なるものだ。
「よーう、お嬢ちゃん? 迷子なんだろ~、お兄さんが助けてやるぜぇ」
あたしは、それを今日実感するのだった。