二
ここから少し明るくなって来ると思います。
シリアスのがまだまだ多いでしょうが、頑張って笑い要素も挟んでいこうと思いますので、よろしくお願いします。
人間界のとある宿舎。
勇者率いる四人の男女含むあたしは、同じ部屋でのんびりとくつろいでいた。……精神的には、まったく寛げてはいないけれど。
「勇者ぁ、ね~え~、ちょこっとでいいのよ! デートに行きましょう?」
「断る」
「んもう冷たいんだからぁ! でもそんなところが堪らないのよねぇ」
「すり寄るな」
お色気ムンムンの姉ちゃんを、ペーイッ! と投げる勇者。女は、わざとらしく「よよよ」と泣いていた。……楽しそうで、なによりである。
――あれから、あたしは勇者御一行に連れられて、約束通り人間界へ来ていた。向かう先は、勇者の故郷でありこの世界一番の国であり、勇者御一行に魔王退治を命じた王様のいる――パリシュという国。
あたしはこの数日間、この人間どもとはまともな会話をしていない。……というか、する気になれない。向こうもその意図をくんでくれているのか、執拗には話をかけてこなくなった。
……一人を除き。
「――それでなんと! その時勇者が颯爽と現れて、言ったのよ! “俺は人間だ。お前らまじょくに味方する疑問はない”って! 笑っちゃうわよねぇ、“まじょく”って! 真剣な顔して噛むんだもの、私大爆笑しちゃった」
……この、勇者が目前にいるにも関わらず、赤裸々すぎる笑いネタを話し文字通り大爆笑をする少女。勇者御一行のメンバー、勇者の幼馴染みで女剣士でもある、マリンベール・デルバルドだ。
パリシュの国の間近にある、デルバルド孤児院……彼女はそこで育ったらしい。もちろんこれはすべて、自分が勝手に話した内容。あたしは何一つ聞いてないし、むしろ反応すら返していない。
……なのに。彼女はしつこすぎるくらい、懸命に話をかけてくる。以前「関わるな」と言ったにもかかわらず、彼女は笑うだけで変わらずこの状況にある。
溜め息がでそうだ。
「あっ、そうそう。それでね~」
「……おい」
「そのあと勇者ったら、自分が間違えたくせに逆切れして~」
「……おい」
「なんと風の魔法で町を全滅しかけたのよ~! 大変だったわぁ」
「おいって」
あたしは、話をまったく聞かないマリンベールに、声を掛けた。
こいつはなんなんだ、アレか? ただの話好きなのか? 相手が反応してくれなくても、自分が話せれば良いという人種か? ……勘弁してくれ。
とにかくもう一度抗議をしてみようと試み、「前にも言ったが」……と言いかけた。しかしそれは、彼女の腹いっぱいの声量により、無残にもかき消される。
「え? わっ、珍しい! 口を聞いてくれたわ!! みんな~! フィーリアちゃんが喋ってくれたよ!」
そんなマリンベールの言葉に、この部屋にいる全員が振り向いた。……あたしは見せ物か? 少し泣いてもいいか、これ。まぁ人間なんかの前ではもう泣くつもりはないのだが。
しかし、これはいい機会だ。だからあたしは、全員に向かって言った。
「父上が約束させたのは、あたしに人間界へ行くようにしてほしいと言っただけだ。だからあたしは、もう別行動をとる」
「……あーらぁ、随分勝手な小娘なのねぇ。つまらないのは顔だけにしなさいな、お嬢ちゃん」
はぁ……出たよ、このいかにもなキャラクターの女。
――こいつは、先ほどから勇者に媚びを売っていた、お色気ムンムンの踊り子だ。たしか名前は……ジュエリー・クリアウォーターとか言ったか。
クソ生意気な人間だ、あたしの一番嫌いなタイプである。見ただけで分かる……こいつは忠誠心でここにいるわけではなく、ただ勇者が好きだから付いて来ているのだ。
……吐き気がするな。
あたしはお返しのため、虫酸の走る女を睨みながら……ニヤリと笑って言った。
「お前も、冗談は胸だけにすんるだな。……そこに魔力なんか詰めて、なんのギャグだ? オバサン」
それを言った瞬間、オバサン――ジュエリー・クリアウォーターが青ざめた。多分、バレてはいないと思っていたのだろう。……馬鹿にするのも程々にしてほしいものだ、そんな明らかに魔力が見えている胸をさらけ出すなんて。魔族では、最高級の恥だぞ……そんなものは。
こいつが魔族じゃなくて、心からホッとする。
「貴女……! “視た”のね!?」
「……視た? それは人間の使う分析の魔法のことか? あたしがそんなものを使わないとわからないほど、低レベルだと思ったのか……オバサン」
……たしかにあたしは人間で、魔族ではないのかもしれない。でもあたしは魔界で過ごして、日々鍛練に明け暮れた。とくに魔法に関する事は、人間の誰よりも、父上よりも知識や技術は高い。
この、ジュエリー・クリアウォーターとかいう女。ただ普通にしているだけで、所々偽装しているのが丸分かりなのだ。とくにあの哀れな胸。……哀れすぎてなにも言えない。
――その時。突如誰かがあたしとオバサンの間に、割り込む。……勇者だ。
勇者はジュエリー・クリアウォーターを庇いながら、あたしを見て言った。
「俺の仲間を愚弄するな」
「先にあたしを愚弄したのはどっちだ」
「……魔族の、“やられたらやり返す”、か?」
「あぁ。身体は人間でも、あたしは心の隅から隅まで“魔族”だからな」
クッ、と。
皮肉げに笑う。
「……だが、お前の父は人間に戻れと言った」
「違う」
「魔族であることは許されない」
「――うるさい」
「……お前は、人間だ。フィーリィ」
「あたしを……フィーリィと呼ぶな!!」
そう呼んでいいのは、父上と、仲のいい魔族だけ……! たかが人間ごときに呼ばれるなど、許されていいことじゃない! ……虫酸が走る、気持ち悪い。
「あたしは魔王の娘で、魔族だ! ――この、魔族殺しが!!」
「……」
「あたしは一人で生きる。お前人間に世話されて、家畜同然になるならば……死んだほうがマシだっ!!」
あたしは飛び出した。追いつかれないように、姿隠しの魔法をかけて。
……ムカつく。あのすましたような表情が。人の父親を窮地に追い込んでおきながら、あの態度! あぁ、腹が立ってしょうがない!!
「フィーリアちゃんっ! 待ってください!」
マリンベールの止めるような声すら、完全に無視して走る。……もう、放っておいてくれ。こんな地獄みたいなこと――あたしには、耐えられないんだ。
頼むからもう、一人にさせてくれ。
「なんでっ――あたしは」
走りながら、独り言を呟く。
「あたしは――! どうしてっ……」
なんで。
なんで、魔族じゃないの……?
「っ……父上ぇっ……」
息が枯れるまで、あたしは永遠と走り続けるのだった。
――走り続けて、小一時間経っただろうか。人気のない森の中、ちょうどいい所に湖があったので、あたしは休憩とばかりにそこで水を飲んでいた。
ヒリヒリして痛む喉を押さえながら、一人ごちる。
「……はぁ」
父上、何故あたしを、人間界に戻すと言ったの? あたしが、耐えられるはずがないと、わかっていながら。……ヒドいよ、生きてくれ、なんて。
馴染めるはずがないとわかって、どうしてそんなことを。
「……父上……」
湖に映る、自分を垣間見る。……母から譲り受けた黒い瞳、父上から受け継いだ黒い髪。まるで本物の異世界人だ。
太陽の光を綺麗に反射するその湖を見つめながら、あたしは人知れず溜め息を吐いた。
「どうしたらいいと……言うのだろう」
あたしは魔族で、でも人間で。絶対相容れる事のない存在の間に、あたしはいる。どうやって生きればいい?
「……はぁ」
ここへ来て二度目の溜め息を吐いた時、それは唐突に現れた。
――湖からひょっこり現れる、水色の小さな物体。……水の精霊か。久し振りに見たな。
「あれれ? 貴女は魔王様の箱入り娘さん。あ、この度は魔王様がご臨終なされたとかで……お悔やみ申上げますなの」
「……どうも」
「にしても何故人間界に? たしかに貴女様も人間ではありますけど、あれほどお嫌いでいらっしゃったはずでは?」
「……深い事情が、あって」
「そうですか。それはそれは大変でございますねぇ。お悔やみ申上げますなの」
……、深くは言うまい。精霊とは、皆このような感じなのだから。精霊に悪意はなく、感情を左右される事は全くない。
多少抜けていると思えば、見方は可愛くなるだろう。私はそう解釈をして、折り合いをつけている。
「――あぁ、そうそう。先ほど勇者一行が近くの町で、人を探しておりましたの。黒髪に黒い瞳だそうで」
「……へえ」
「どうやらまた異世界人が紛れ込んだご様子ですねぇ。そう言えば姫のお母様も異世界人だとか」
「……ええ、まあ。あまり話は聞いた事ないですが」
「いやはや、今年の異世界人はどんな伝説を作ってくれるのでしょうねぇ……楽しみです。あれれ? そう言えば姫、髪をお染めになったのですか。まるで異世界人のようです」
「……。父上の申付けで、勇者に倒される前に、私の血を吸え……と」
「はあん、なるほど。それで魔王様の力と色をお引き継ぎに」
……もう一度言おう。深くは言うまい。もちろんあたしも、ツッコミたい気持ちはわかる。が、精霊全般はこんな感じなのだ。むしろツッコミを入れたら負け。絶対夜が明ける。ナイトパレードだ。
所々抜けていて、時に驚くほどに察しがいい。読めない、と言えばわかるのだろうか……精霊は難しい性格なのだ。
「さて、私はそろそろお昼寝の時間ですね。姫もご一緒に?」
「……いえ」
「そうですか、残念ですなの。それでは最後に――水の加護が姫を守りますように」
あたしは一礼をする。
これは、去り際の精霊の、決まり文句だ。意味がないわけではない……これをされたあとは、なにかと良い事はおきたりする。だから敬意を称して、お辞儀をするのが礼儀なのである。
水の精霊は、再び湖に潜り込んでいった。言っていたように、お昼寝をするためだろう。……お誘いを断った理由はこれである。
さすがに、水の中で眠る事はできませんから。永眠はできるけど。
――あたしは立ち上がった。
さあ、勇者達に見つかってしまう前に、ここから離れなくては。姿隠しをしているとはいえ、バレないとは限らない。向こうも一人ぐらい精霊と話せる奴がいるだろうし、ここに来たと話が伝わってしまう……それだけは避けなければ。
そう思って、町と反対方向へ進もうとしたあたしは……小さな異変にふと気付く。
……誰かに見られている、ということに。
「……」
あたしは立ち止まり、気配を伺った。……この気配は、まだ子供だな。男の子だが、人間……ではない、か? もしかしたら、ハーフかもしれない。
あたしは気配のあったほうの茂みに、視線を向ける。そして、一言。
「誰だ」
「っえ……あっ!」
――バレた事に驚いたのだろう。小さな少年は、勢いあまって躓き、顔面から地に衝突した。
……ふむ、ドジっ子属性とみた。なかなかイイ位置にいるではないか。
あたしは少年の元へ行き、蹲ったまま立ち上がらない少年を立たせ、土などを風の魔法ではらう。つぶらな瞳を潤ませたまま、少年は驚きと喜びに顔を綻ばせた。
「すごいお姉ちゃん! 風の魔法も使えるの? さっき水の精霊さんと話してたから、てっきり僕と同じ属性だと思ったのに!」
「まあね。あたしに属性はないから、全部使える」
「すっごいや! じゃあ、闇の精霊も? 光の精霊も?」
「うん、見たよ。大精霊は、闇と光、あと火の三人だけ見た」
「うわあ……かっこいい」
魔族と人間のハーフで……この少年は、水の属性。親は、水系の魔族だったのだろうか。
「それより、こんな所でなにを?」
「えっ……あ、僕……その。友達が……精霊さんしかいなくて」
それで遊びに来たんだけど、先客がいて、精霊はお昼寝をしてしまった……と。
そういうわけか。
「あの……お姉ちゃんってもしかして――?」
「あ、違う違う。あたしは異世界人じゃないよ。母が異世界人で……父上が」
魔王だった、とは言えない。あたしはしょうがなく、魔族とだけ言った。
「魔族……、お父さん、魔族なの?」
「うん」
正確には実の父ではないけれど……まあ、子供に深い話をしてもしょうがないだろう。あたしは黙ったまま、瞳をキラキラさせる少年を見つめた。
なかなかのショタ。とても好物だ。……誤解を生みそうなので言っておくが、あたしはショタをとって食うような危険極まりない人種などではない。だから、視線で犯しておくことにする。
「じゃ、じゃあ……! 僕と……同じ? 僕も……お母さんが魔族で、お父さんが人間らしくって」
「……らしい?」
「あっ……うん。僕、孤児院育ちだから……話に聞いただけなんだ」
少年はそう言うと、モジモジ照れくさそうにして……あたしを上目遣いで見つめた。今思い出したのだが――父上にもよく言われたっけ。魔族の子供を拉致ってはいけないよ、と。
だがしかし、完ぺきな魔族じゃなく、ハーフ。その上……この子は、孤児院育ちと言ったっけ。
……いかんいかん。戻れ、戻るんだあたし。
「あ。君、名前は? あたしはフィーリア」
そう言えば自己紹介がまだだったと思い、あたしは少しほほ笑みながら言った。ハーフだから魔力にも敏感そうなので、なるべくそれを表に出さないように気を付ける。
少年は一度「フィーリア? フィーリアお姉ちゃんって呼ぶね!」と、可愛らしく言ったあと――これまた輝く笑顔で、自己紹介をしてくれた。
「んとね、僕の名前はガルガント! 長いからガルって呼んでっ」
「うん。よろしく、ガル」
「よろしくフィーリアお姉ちゃんっ!」
あたしの呼び名も長いんだけど……とは言わず、いちいち可愛い事をしてくれるガルに和みながら、あたしは久々に安らぎを感じた。
……アイツらといると、気が休まらなかったんだよね。夜もなかなか眠れなかった。いつ本性を表すのか、警戒していたから。
でも今だけは……それも、必要なさそうだ。
「そういえばお姉ちゃん、どこから来たの?」
「ん? 魔界だよ」
「魔界!? すっごぉい! 本当に!?」
「うん。魔界からこっちに来て…………暮らしてみようかな、って」
本音は……まったく来たくなかったのだけど。しかし魔王亡き今、魔界はとても不安定になっている。少しつつけば消滅してしまうほどに。
しかしこんな出会いがあるならば、それもまた興か……なんて思ってしまう。こうしてこちらにだんだん慣れる事が出来るといいんだけど。そのためには、まず勇者達を振り切らないとね。
あたしはようやく逃げて来た事を思いだし、注意をして辺りを見渡した――近くに人も、いない。まだ追いつかれてはなさそうだ。
そんなあたしの急な行動に疑問を抱いたのか、ガルが、こてんっと首を傾げた。……くっそ、めちゃくちゃ可愛かった今の。
「? お姉ちゃん?」
「……はっ、それどころじゃなかった」
「えっ……お姉ちゃん、急いでるの?」
「うん、実はちょっとね……勇者達から逃げてんの。ほら、アイツらって魔族が大っ嫌いだからさ……あたし殺されかけて」
「に、逃げて来たの? 大変! ……ど、どうしよう……隠れなきゃ!!」
「? いや、まだそんな気配無いから大丈夫だと――」
「さっきね、その、勇者さまが他の水の精霊さんと話してるの見たんだ。だから……」
ガルの言いたい事に気付き、あたしはハッとした。そう、彼らは誰の味方でも敵でもない……なんでも正直に答えてしまうんだ! しかも精霊同士は、以心伝心している。さっきあたしは、この湖にいる精霊と話をしてしまったから――――!
やばい。
早く逃げないと、再び捕まるっ!
「やばっ――どうしよう! どっちに逃げっ」
「お姉ちゃんこっち! 孤児院へ行こうっ!」
「あっ、ちょ、ガル!?」
言うが早いか、ガルはあたしを引っ張って走り出した。ここは、ガルの好意に甘えよう――たしかにあたしが孤児院にいるなんて、奴らは思わないだろうし。
私達は勇者に追い付かれませんようにと祈りながら、森の中をひたすら走るのでした。