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十七





 ――ゆらゆら。

 視界の端に写った気がする、桃色の花びら。それは“あの時”にも見た花びらだったような気がしたのだが、あたしが振り返った時にはツユと消えていた。あたしは首を傾げるが、今度は先程の香りが舞ってより一層頭を悩ませる。


 自然と、あたしの足はそちらへと向かっていた。





 「――あ」





 ……そして、あたしは見つける。

 とても心待ちにしていた、その人……“サクラ・キクノウチ”、あたしの母親のお墓を。


 ガルやギルさんを呼ぶのも忘れたあたしは、ただぼんやりその墓を見つめた。……何故、こんな多くある墓の中から、たった一つを見つけられたのだろう? その理由は全くわからないけれど、でも、そんなことはどうでもいい……この墓の前にいると、そう思わせた。


 あたしは手に持った花を、墓の前へと捧げる。サクラの花ではないけれど、これで勘弁してね……お母さん。墓の前でカクンと膝をついたあたしは、両手を合せ……自然とお祈りをしていた。言いたいことも何故だか滑らかに出てきて、あたしはとにかく心の中で言葉を並べた。





 ――あたしは貴女を見て“お母さん”と呼ぶことはできなかったけれど、でもその痛ましい事件があった上で、あたしは父上と出会うことができました。それはとても嬉しいことでもあるのだけど、同時にお母さんがいないという苦しみものし掛りました。


 きっと、父上には一番迷惑をかけたでしょう。それでも笑ってあたしを抱きしめてくれる父上が、あたしは今でも大好きです。ねえ、お母さんはどうして父上を好きになったの? 答えを聞けないというのが、とても歯がゆいです。


 いつかあたしも、好きな人が出来るのでしょうか。それは人間? 魔族? あたしにもわからないことなのに、お母さんに聞いても意味がないとは思うけれど……それが人間だったとき、あたしどうすればいいんでしょうか。


 自分のことなのに、あたしは自分を何一つわかりません。お母さん……、お母さんにも、そんなことはありましたか? そういうとき、お母さんはどうしたんですか?


 ああ、答えが返ってこないってさっきからわかってるのに。なんであたしはこんなに質問をしてしまうんでしょうか。でも、答えなくてもいいんです。答えなくても……いいから、もう一個だけ。


 …………ねえ、お母さん。

 あたしはなぜ、今こんなに泣いているんでしょうか。





 「っ……、う……!」





 胸を焼き尽くす、熱い炎。それは心の奥深くから湧き上がって、あたしの目頭へとうつり、雫を溢れさせていた。父上がよく飲んでいた人間のお酒――あたしがそのウイスキーをお茶と間違えて飲んだ時のような、焼け付く痛みにとても似ている。鼻がツンとして、うまく呼吸ができない。


 ……涙を拭う手が潮風でべたついて少し不快だったけれど、ここが母のいた場所で、あたしの生まれた地だと思うと――それすらも、何故だか懐かしく感じてしまう。あたしはこの地で、母と、父上と三人で……過ごしてみたかった。


 その想像はとても幸せで心を満たしてくれるというのに、ただの想像だと思い知ると……余計に心が痛くなる。


 あたしは――――。





 「……フィーリィ?」





 ハッとして、涙で濡れた顔のまま……あたしは振り返る。


 そこには何故か勇者達がいて、後ろには知らない男と頭巾を被った少女が立っていた。あたしは混乱して、とりあえず涙を急いで拭う。


 ……なんていう醜態を晒してしまったんだ、あたし。というか何故、墓地になんてやってきやがる。しかしその質問を返す前、勇者に先をこされてしまった。





 「何故こんなところに? ロックハート達は……」


 「別に。……宿に戻ってる」


 「待て。一人で歩くな」


 「ギルさんやガルがいるってば」


 「それでもだ」





 ……ちくしょう。

 勇者にバレてしまったから、多分ベルがグチグチ言いそうだ。なんと言い訳して乗り切ってやろうか。焦る頭でいろいろと考えていたら、ふと横に誰かが並んだ。あまりにも早かったために油断していたあたしは、地味にびっくりする。


 頭巾の少女だ。あたしをマジマジ見つめながら、「もしかして」と始終呟いている。





 「おい勇者、このお嬢さんは?」





 勇者の後ろにいた男が、そう問いかけてきた。





 「……あー、俺の旅の仲間だよ」


 「ふうん? でもたしか、前みたときにはいなかったよなぁ」


 「そんなことどうでもいいだろう」


 「いいや、よくないなぁ。人数をごまかすのはとてもいただけない。……うん、なぁそこのお嬢さん? これから少し手伝って欲しいことがあるんだが」


 「おい、エーファン」


 「いいじゃねぇか、勇者なら勇者らしくどっしりかまえてろよ」





 エーファンと呼ばれたその男は、ケラケラ笑いながらそう言った。


 ……?

 エーファン?


 あたしは一気に覚醒をし、そのエーファンと呼ばれた男にすぐさま近づいた。そして、手を差し出しながら大声で叫んだ。





 「エーファン!? 大海賊の、クレイジーブルーキャットの船長、エーファン!? ああああ握手してください!!」


 「うおおっ!? はえぇえ!!」


 「ちっ、しまった……名前を呼んでしまったか」


 「なんだぁ? もしかして、俺のファンってやつ?」


 「はい!!」


 「そーかそーか! 元気な奴は大好きだ! よろしくな……ええと」


 「フィ、フィーリア・エンジェル・マールヴォロ・オコナムカ! あの、フィーリィって愛称で呼んでいただければ……!」


 「なっがい名前だな~。よおし、フィーリィな! よろしくフィーリィ」


 「は、はい! エーファン様……!!」





 な、なんということだろうか! あたしは今、あの大海賊様に愛称で呼んでもらっている……だと!? うわああ、なんて感動的なんだ。最早勇者の鋭い眼差しなど、アリンコに噛まれた程度にしか感じない!! あ、そうだサインももらわなくっちゃ。


 しかし、そんな感動を簡単にぶち壊す存在――勇者は、アリンコにおさまるような男ではなかった。


 突如あたしの真後ろに立った勇者は、ガッ! と効果音がつきそうな早業で……あたしを肩にかつぎ上げていた。そして、泣く子も大泣きするような冷たい声で、ボソリと呟く。





 「何故エーファンにはフィーリィと呼ばせるんだ……?」


 「うあっ! 離せ勇者!! あたしはまだエーファン様にサインをもらわなくちゃ……」


 「エーファン、話はまた明日にしよう。今日はとりあえず帰る」


 「あーん? まあ、もう墓参りしにきただけだしなぁ。んじゃ、マリンベールちゃんとジュエリーちゃんは作戦会議のために借りてくぜ」


 「構わない。それじゃあ明日、港で」





 ……あたしの悲痛な叫び声も、むなしく。勇者に担がれたままのあたしは、その墓地からあとを去ってしまった。なぜだ、なぜあたしはいつも荷物のように誰かに担がれてしまうのだ。ていうかギルさん、ガル! 戻ってきてー!!





 「……で?」


 「うう……エーファン様……ギルさん……ガル……助けて…………え? なにが?」


 「……。何故、あそこにいたんだ?」





 今一番触れてほしくない話題というものに、簡単に触れる――というか触りまくる勇者に、あたしは舌打ちをした。もう、おさわり禁止です!


 しかしふざけている場合ではない。なんと誤魔化そう……真実は、なんとなく言いたくない。だって、わざわざ勇者に言えるような軽い内容じゃないのだし――それになにより、今では涙を見られたこともあってか、素直に教えるのがしゃくに触る。


 つーか、エーファン様から引き剥がされてご機嫌がすこぶるナナメだしね!! あたしはツーンとそっぽを向いて、ダンマリをきめこんだ。


 そんなあたしに、勇者は。





 「……ま。知ってるけどな」


 「……なんて?」


 「いや別に」


 「別にもクソもあるか! なんで知ってんのさ!?」


 「……前にも言っただろう?」


 「え……?」


 「企業秘密だ」





 あたしはブラブラする足で、勇者の背中を蹴った。





 「いっ……!」


 「ふざけんな勇者! 吐け!!」


 「は? 俺は別に気分は悪くない」


 「その吐けと違ーう!! 秘密を吐けってこと!!」


 「ああそうだ、フィーリィ。言い忘れていたが、鼻水が垂れているぞ」


 「そんなことどうでもいいわ! ……ってよくないわ! なんで今言うんだよぉぉおおおお!!」





 やっちまったー!

 あのエーファン様の前で、あたしは涙だけでなく鼻水という醜態まで晒していたの言うのか! なんたる恥……もうお嫁にいけない。


 ……あたしは意気消失したように、ダラリと力を失った。






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