十六
密かに決めた作戦を今は胸に秘めつつ、あたしはこれからどうしようかと策を練り直した。そして、掴まれたままオールドビリの街並みを眺める。そこらかしこに店が並んでおり、普通の民家が見当たらない……多分見えない奥の方にあるんだとは思うが、それでも見えるところに店ばかりあるせいで本当に“世界最大の港街”と呼ばれるだけはあると、あたしはしみじみ思ってしまった。
……どのあたりに、母親は住んでいたのであろうか。そうふと思ったとき、ギルさんが心の中で「そこの金髪坊やに、“このへんで異世界人が住んでいなかったか”と聞いてみてはどうかな?」といい案を出してくれた。たしかに、聞くだけなら問題ないよね……。
あたしはさっそく、怠そうにしている黄金野郎へと問いかけた。
「ねえパツキン」
「僕はベルヴァロスクエッドだ」
「長い」
「じゃあベル様と呼べ」
「ねえベル坊」
「……キミは僕に喧嘩を売ってるのかい?」
「ううん。純粋に馬鹿にしてる」
首を絞められた。
「もういい。短くていいから普通にベルと呼べ」
「ねえベル」
「……そういうのは早いね。なんだよ小娘」
「このオールドビリにさ、昔、異世界人とか住んでいなかった? ……ええと、多分ここの人の金持ちと結婚したと思うんだけど」
たしか、父上はそんなふうに言っていた気がする。
一応真剣に考えてくれているようで、黄金野郎――改めベルは、少しの間無言になった。……しかし異世界人が珍しいとはいえ、やはりどこに誰と住んでいたかはわからないだろうか。あまりに長いこと黙っていたのでわからないのだと納得したあたしは、小さく溜め息を吐いた。
しかし。
「もしかして……サクラ・キクノウチ、か? いや、結婚してからはサクラ・クロックアルトに変わったんだったか」
「……サクラ……キクノウチ……?」
「ん? 違うのかい? まー、僕もそこまで詳しくはないからねー。そりゃ、勇者達よりは情報通で通ってはいるけれど」
そういったあと、ベルは“サクラ・キクノウチ”について様々な事を教えてくれた。
サクラという名前は、どうやら異世界だけにある木の名前なんだとか。それは暖かい季節になると花が咲き、桃色に色づいてそれはそれは綺麗らしい。そして姓のほうにある、キクノウチの“キク”……これはこの世界にもある菊の花と同じで、彼女は別名“二つ花”と呼ばれていたんだそうな。
そしてそれが、多分……あたしのお母さん。
「いやーしかし、原因不明の病で倒れたって聞いたから、もう生きてないと思うぞ」
「え?」
「知り合いなのかはしらんが、会いに行くつもりだったんんだろ? 残念だったな」
あたしはその言葉をぼんやり聞き取り、静かになった。
……原因不明の、病? でも確か母親は……本当の父親に、殺されたんでしょう? だとしたら、なんでそんな噂が。
ぐるぐると謎が頭を旋回する中、またもや心の中でギルさんが「それは多分」と言葉を漏らした。あたしは同じく心の中で、聞き返す。
『それは多分、なに?』
『……人間の“見栄”、じゃないかと』
『見栄……?』
『誰がそんなことを言ったのかは私にもわかりません。でも、例えば姫様の本当の父親のお母さん――つまり姫様のご祖母様ですね。もしその人が流していたと仮定しましょう。この世界ではそれなりにいい家と聞いたし、自分の息子が大事な異世界人を殺しただなんて広まったら……体裁が悪い。隠した理由としては、充分説明がつくんじゃないでしょうか』
あたしは、それに頷いた。
人間はそういう嘘や隠し事の塊だ。その可能性は、たしかに充分ある……。
……ますます向いたくなった。でもさすがに忍び込むのはまずいから、正面堂々と入りたい。だからと言って、人間の娘というのも認めたくないから……ああ、八方塞がりとはこのことか。なんて馬鹿なことを考えている暇はない。勇者達が帰ってくる前に、なんとか少しでも情報を集めなければ。ベルに頼んでみようか。「ちょっと街を見てきたいんだけど」と言って。
しかしどうやら、口に出さずともそれが伝わっていたようで……。
「一人歩きはダメだぞー、小娘」
「……」
「勇者にばれたら僕が怒られるだろー? 勘弁してくれよ、キミは勇者の恐ろしさというのを全く分かっていない」
「それベルが弱いだけじゃん」
「僕は弱くない!」
「だって、マリンベールとの喧嘩いつも負けてるし」
「それは花を持たせてやってるんだ!」
……ふ、どうだか。
あたしは見下したように笑ってやった――が、その瞬間地に落とされる。……やっぱりデジャヴだよ、これ。尻がマジで痛いんですけど。最低この人。
「とにかく。一人歩きはダメだ」
「……あ、でもあたしの中にはギルさんやガルがいるし」
「……。たしかに」
「少しだけ、ほんのちょっと。ね? ベル……ベルヴァロスクエード」
「頑張ったところ申し訳ないけど、僕はベルヴァロスクエッドだ」
「おしい! 残念賞で散歩してきてもいいと思うんだが」
「あー、しつこいなぁキミは。最初の頃の無口はどこいったんだ」
「いいの?」
「ハイハイ。好きにしなよ。ただし、勇者達が帰ってくる前に戻れよ、じゃないと二度とこんな優しさはないからねー」
勝った!
あたしは笑顔でガッツポーズをし、手を振りながらその場を去っていった。宿のことはベル一人に任せればいいということで……よし、今のうちに探り尽くしてやろう。まずはどこから探そうか? ……なんて考えといてアレだけど、最初の行き先は決まってるんだよね。
商店街で客寄せをしている女の人に近づいては、あたしはその目的の場所……“墓地”はどこにあるかを聞いた。どうやら墓地はここから少し離れた丘の上にあるらしい。まあ、こんな活気溢れる街の近くに墓地なんかたてたら、印象が悪くなるしね。
女の人にお礼を言って、あたしは教えられた道を小走りで歩いた。途中花屋があったので、勇者に少しもらっていたお小遣いを使って、墓参り用の花を作ってもらう。
「墓参り用の花ね。そうねぇ」
「……あ、サクラっていう花に似た花とかはない? あと菊の花も入れてほしい」
「サクラ? なんだいそれ」
「えーと、木に咲く……ピンク色の花びら……だったかな」
「ふうん? 見たことないからわかんないけど、これでいいかしらねぇ?」
じゃあそれで、と。
あたしは頷いて、その花と菊の花を混ぜたものを受け取った。
金を払って、再び墓地への道のりに向かう。……初、お墓参りだ。何故だか緊張してしまうな。父上はあたしを最初人間界に連れていくのがとても嫌だったから、父上と一緒でもダメだったんだよね。だから、母親の墓参りにも来たことがなかった。
……ていうか、魔族は人間のように“墓”というのをつくらないんだよね。墓とは心に刻むものっていう考え方だったし。でも、墓っていいな。形として残るというのは、こういう時に嬉しいと思う。
だからぶっちゃけ、花を買ったのも人間の真似事だからよくわかんないんだよね……。墓に捧げたら、あとは何をすればいいんだろう? そこがわからない。
うーん、と歩きながら悩むあたし。
そんな時、ガルが言った。
『お花をあげたらね、お祈りをするんだよ?』
『お祈り?』
『そう。ね、お父さん』
『ああ。私も最初戸惑いましたが、大丈夫ですよ。特別にしなければならないものがあるわけじゃありません』
『あのね、お祈りをするときに、お母さんに言いたかった事とか言えばいいんじゃないかな? 僕ね、お母さんのお墓が出来たときにね、いったんだ。これからお姉ちゃんとお父さんとで、旅に出るって。心配しないでね。行ってきますお母さん。……って』
……言いたい事をお祈りしながら、言う。
それがお墓参りなのか。なんか報告みたいなことをすればいい、ってことなのかな? うん、でもそれならあたしにも簡単に出来そうだ。
難しそうでもないことに安心するあたしは、少しだけホッとした。未知のことだから、知らないっていうのは本当に怖いよね。あたし、ギルさんやガルがいてよかったって今すごい実感しちゃったよ。……そう心で言ったら、二人は嬉しそうに笑った。
オールドビリ。
母が異世界からやって来た後、住んだという場所。父上とは、ここであったのかな? どうやって出会い、仲良くなったんだろうか。人間と魔族の関係もあるから、きっと最初は大変だったんだろうな。……母は、どうして父上が好きになったんだろう。
聞きたいことはいっぱいあるのに、それに答えがないと思うと……すごく切ない。父上が生きているときに、もっと聞いておけばよかったのかな。父上も自分から母のことを滅多に話してくれなかったら、あたし……母親のこと何も知らないよ。
……現に、母親の名前を……ベルから教えてもらって初めて、知ったのだし。サクラ・キクノウチ。こういった名前は、その異世界の中でも極めて小さい大陸にしかいない種族らしく、この世界の環境にもっとも対応する人間らしい。だから、異世界人というのはその大陸にしかいない種族――日本人? だったかな、それしかいないと聞いた。しかも日本人は、黒髪黒目。……不思議だ、どうやったらそう生まれてくるのだろうか? 気になる。
母さん、か。
どんな人だったんだろう……? キュディさんのように、暖かく微笑む人なんだろうか。あ、でもたしか父上は「すごい悪戯好きだったんだ」と言っていたっけ。じゃあ、お転婆な人だったんだろうか。
本当の父親が母を殺さなければ、あたしは今ごろ……普通に人間として過ごしていたんだろうか。そしたら母と笑顔で過ごし、苦労を知らずにやってきたのかな。
……でも、父上に出会えないのは嫌だな。
本当の父親が、もし魔族の王である――父上で。母親も“サクラ・キクノウチ”その人だったら。……あたし、多分とっても幸せだったんだろうな。所詮夢、だけれど。
「……あ」
ぼーっとしながら歩いていたせいか、あたしはいつの間にか墓地の入口へとやってきてしまっていた。何百とある墓に刻まれている名前――母のは、どれだろう? まったくわからない。
ここまで来といてなんだけれど、一番重要な事を忘れていたよ。母の墓がどれかわからないのでは、墓参りもしようがない。……なんで今気づいた、あたし。
「いちいち探していたらキリないよなぁ……、勇者達が先に帰ってきたらベルに怒られ――――」
そう言って、今日は諦めようかと思った時だった。
――身を翻そうとしたときにふわりと香る、嗅いだことのない花の匂い。一瞬、手にある花だと思って眉をひそめたのだが……違う、こんな臭いではなかった。もっとこう、上品な……なおかつ暖かそうな、優しさのにじむ香り。
もう一度、あたしは振り返った。そして、花の香りを探る。
『姫様、私達も手分けをして探しましょう』
『うん! 僕も手伝うよ!』
そういって、二人は光に包まれながら現れ、手分けをして探し始めた。
しかしあたしは礼を言うのも忘れて、その花の香りを探り続ける。