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番外編・あたしの天敵



 勇者達が来る、フィーリアのちょっと前のお話。








 ――コチ、コチ、コチ、コチ。規則正しい古時計の音を静かに耳に馴染ませながら、あたしはその他の音が聞こえないかと慎重に慎重を重ね……コクリと唾を飲み込んだ。


 魔王城のとある使われていない一室。普段は物置部屋になっているそこで、あたしはどこぞのスパイかと問われそうな服装に身を包み――今こうして、コソコソ身を潜めていた。


 何故、魔王の娘であろう者がそんな事をしているのかって? もちろん、決っている。……鬼のように迫り来る“アレ”から逃げるため、だ。





 「ひーめーさーまー! 今日こそ逃がしませんぞぉ!!」





 ……わりかし近くで聞えた声。これは、大臣だ。





 「魔王陛下が何度も“人間界へ行くな”と行っているにも関わらず――! 本当にもう今日は、容赦致しませぬ!!」





 あたしは迫り来る大臣の気配をしっかり感じ取り――ついでに怒気も感じ取り、必死に自分の気配を押し隠した。


 ……そう、今あたしが追いかけ回されている理由は、それだ。人間界に済む憧れの大海賊の情報を集めようと思って、度々お忍びで人間界へあたしは向かっていた。帰って来るたんびにバレているので、不思議には思っていたのだが……なるほど、行く時点でバレていたのか。あたしは悔し涙を少し流す。


 しかし、泣いてはいられまい。今日はこの口うるさい大臣に加え――その息子である、嫌味たっぷりの縦長男まであたしを追いかけ回しているのだから。父上の専属執事、ベイクドールだ。アイツだけはなるべく接触を免れたい。大臣だけなら逃げる自信はあるのだが。


 あたしは段々怒りだす大臣の声色を聞き取りながらも、奴の気配を必死に探る――奴は神出鬼没なのだ。油断していたら、簡単に後ろを取られてしまう。





 「――見つけましたよ、姫様。さあ、魔王陛下にこってり搾られてもらいましょうか……もちろん、私の説教のあとでですが」





 ……こんな風に、ね。


 あたしは、悲痛な叫びをあげるのだった。





 ――執務室。

 父上は書類に目を通しながら、ドンマイとでも言いたげにこちらを見ている。そんな中……あたしは鬼親子に説教を食らっていた。


 ていうかどうしてあの部屋から現れたの!? マジこいつあり得ない。化物以外の何者でもないというか……ホントいつも思っていたのだが、いったいどうやってあたしを見つけているのだろう。不思議すぎる。


 あたしは説教を聞き流しながら、ひたすらそんなことをぼんやり考えていた。しかしそれを見逃す父親ほど、奴は甘くなかったのである。





 「姫様、もちろん今の話を聞いておられましたよね?」


 「……え!?」


 「まさかとは思いますが、ご自分に負があり説教をされていたのにも関わらず、それを聞いていなかった……なんて。有り得ませんものね?」





 さあ、どうしてやろうかこの小娘。……そんな視線がバシバシ伝わり、あたしは冷や汗をだだ漏れさせていた。うわああん! 助けて父上!!





 「こうなったら……」


 「ひっ! ……こ、こうなったら?」


 「……二度と人間界などに行かれぬような、“ちょっとした”罰を与えなければなりませんね。さ、行きましょうか」


 「にゃーん!! ちちちちち父上ぇぇえ~っ!!」





 首根っこを掴まれてズルズル引っ張られていくあたしを、父上はハンカチで涙を拭いながら見送る。今生の別れか! そうなのか!? いやあああせめて罰は大臣の考えたものにして! ベイクドールのだけは絶対嫌だよぉぉぉぉ!!


 ――と、叫びは虚しいもので。引きずられながら何処かへ向かう中、連れ去られるあたしを見てか……通り過ぎるメイドや兵士達は顔面蒼白になっていた。誰か、「とうとう姫様までもがアレを……」と言っていた。


 アレってなんですかぁぁああああ!?





 「ええい、一々動かないでください小賢しい!」


 「おっまえあたしのこと姫様とか言うわりには口汚いな!!」


 「ハッ、いくら魔王の娘とはいえ餓鬼は餓鬼。たった十年そこらしか生きてないションベン臭いお子様に、何故この私がそこまで丁寧に話さねばならないと?」


 「ピチピチの少女捕まえてションベン臭いだとぉー!?」


 「まったく先が思いやられる。姫様は姫様らしく慎ましくあるべきです。……ハンッ、無理か」


 「フシャー!!」





 むぅかぁつぅくぅぅうううう!! マジでこいつあたしを姫様と本気で思ってないだろ! いや、いいんだ、いいんだけどね別に。それはあたしも思っているのだし。……でも他人から言われるとムカツク! そしてベイクドールに言われると余計にね!! くそう、いつかコイツに「ぎゃふん」と言わせてやりたい。今どき「ぎゃふん」だなんて言う人はいないと思うけど。


 あたしはひたすらベイクドールを睨みながら、ブツブツ文句を呟く。もちろん聞こえないようにだったのだが、あたしはそれでもコイツの地獄耳を理解していなかったのか……。結局、自分が「ぎゃふん」と言う事になってしまった。





 「さ、姫様? これから楽しい罰を受けてもらいましょうか。“ぎゃふん”と言いたくなるような……ね」


 「ぎゃふん!」


 「素晴らしい返しをありがとうございます。では、さっそくこの部屋に入っていただきましょうか」





 お約束のごとく、ボケを入れたあたしを華麗にスルーしてくれるベイクドール。ちょっと涙が出たけれど、今から泣いていたらこれからがもたない。なぜなら、これからもっと酷いことが起きるはずなのだから……。この男が考えた罰、並大抵のものではないはず。想像するだけでも恐ろしい。あたしは気を引き締めながら、なおかつ首を掴まれた猫のようなまま――目の前の部屋に入っていった。


 ……その、部屋には。

 ぎゃふんを通り越す、声にもならない驚きの悲鳴をあげるような――“アレ”がいた。アレって? いや、これだけの比喩で絶対みんなわかるはず。そりゃ男女問わず嫌がるはずだよね……。あたしもさすがに、台所の嫌われ者と仲良くするなんて……できないもの。


 ――カサカサ動く黒光りのそれを視界にとらえた瞬間、しばらく思考がショートしたあたし。しかし、やはりそれも長くは続かない。だって“アレ”が近づいてきたんだもの。


 あたしは一気に覚醒をして、モンスターも顔が真っ青になるような叫び声をあげた。そして嫌味とばかりにベイクドールが持ち上げていたあたしを下におろすので、すぐさまよじ登った。もちろん、縦長なベイクドール様に。背中にピッタリくっつくさまは、さながらセミのように見えただろう。しかし今のあたしに、そんな恥は皆無なのである。冷静にGを見つめるベイクドールにも多少恐ろしさはあるが、今では少し頼もしい存在だ。


 こやつをもし今離してしまったら、あたしは多分気絶してしまう。……なんとしてでも、張り付いていなければ。





 「姫様、これでは罰になりません。降りてください、じんわり重いです」


 「嫌だァァ! ていうか罰ってこれなの!? ま、まさかとは思うけど……!」


 「最初、退治をお願いしようとは思いましたが……私もそこまで鬼ではありませんからね。一時間ここに一人で我慢してもらいましょう」


 「どっちにしろ無理ですぅぅぅぅ!」





 こうなれば、と。あたしは絶対にベイクドールから離れまい……と言わんばかりに、しっかりひっついていた。どれだけ振り回されようが、この手を離してなるものか。離したら最後、あたしの足からじわじわと……この生きる化石があたしに迫り来るのだろう。それだけはなにがなんでも嫌だ!!


 そんな強いあたしの意思が……掴まれている全身に伝わったのか、ベイクドールは諦めたように嘆息する。たしかに、鬼とはいえコイツも甘いところがある。大抵の泣き落しには応じてくれるのである。大抵のは、ね。それも本気で嫌がってなきゃダメなんだけど。


 しかし今回は、わかってくれたようだ。ベイクドールは「仕方ない」と呟いて、あたしを背に抱えたままその地獄の部屋から遠ざかってくれた。……あれ、なんで目から鼻水が出ているのかな、あたし。





 「――まったく。これでは罰にならないじゃないですか」


 「いえ充分罰になりました」


 「どうしましょうかね……他になにかあればいいのですけれど」


 「だからもういいってば!」





 と、どれだけあたしが説得しようとも、簡単に聞き入れるわけがなく。そんな最初からすぐ諦めるような性格ならば……コイツはここまで捻くれた人物になってはいないだろう。だから“鬼”と呼ばれているのである。あたしは今まさにそれを痛感し、しがみつく腕に力を込めていた。あ、なんでまだしがみついてるのかって? はは、腰抜けちゃって。腕にしか力が入らないの。その証拠に足はベイクドールが掴んでくれていて、最早おんぶのような形になっていた。


 そんな時、不意にベイクドールが呟きだす。





 「――ん? ……ちっ、困りましたね」


 「え、ネタ切れ? 珍しい……あの“人の心を抉る天才”ベイクドールが、オシオキ法を思いつかなくなるなんて。うーん、それともボケた? ていうかベイクドールって何歳?」


 「年齢は言いたくありません。しかしボケてもいません。本気であの部屋に閉じ込められたいんですか姫様」


 「申し訳ございませんでした」





 取り返しがつかなくなる前に、あたしは素直に謝った。


 だって怖いんだものこの人! ベイクドールが一度決めたことを諦めるなんて、普通ありえないんだから! だからさっきのは奇跡とも言えるんだ。その奇跡を無駄にしてはいけない。


 あたしは取り付くような笑顔を浮かべて――まぁおんぶされているので顔は伺えないが、それでも表面上気のいいフリをしつつ……あたしは「何が困ったの?」と問いかけた。ずっと目の前を真っ直ぐ見つめているのでなんだろうとは思ったのだが、あたしの肉眼ではなにも見えなかった。肉眼で見えないだけで、この先にはもしかしたら何かがあるのだろうとは思うけど……とにかくあたしは聞くしか方法がなかった。


 ベイクドールは少し言葉に詰まったのち、「何でもありませんよ」とこぼす。





 「えー! 何もないこたぁないでしょ!」


 「ったく、背中に張り付いたまま叫ばないでください。落としますよ」


 「姫様は大事に扱ってくださいー」


 「ああもう、一々やかましい姫様だ。……姫様が気になさるような問題ではございません、わかりましたら少し大人しくしていただけますか? 腰抜け姫様」





 くっ……!

 否定ができないだけに、ものすごく悔しい!! ……まぁ、ベイクドールが「問題ではございません」というのなら――あたしはそれを一応信じるけれど。ベイクドールだけじゃない、大臣や先ほどあったメイド、兵士……この城にいる者達は皆、“魔王とその娘を守る”、それが使命として生きているようなものだ。


 すなわち、命も投げ出す覚悟が出来ている……この城にはそんな者の集まりだから、あたしは嫌なのである。あたしだって、守る側にいたいから。この城のみんなを、あたしだって守りたいんだ。……そんな事言っても、どうせベイクドールに鼻で笑われるだけなんだろうけど。それでもあたしだって、命を捨てる覚悟はある。みんなを、守るために。


 ……しばらく無言になったまま、あたしはベイクドールにおんぶされたまま、長い廊下を歩いていた。ベイクドールも気付いているのかな? あたしがそういう風に魔族のみんなを思っているって……。だから、意地でもそんな事させないようにしているのだろうか。いや、嬉しいんだけどね。


 はーあ、寂しいよなぁ。仲間ハズレみたいじゃん? そりゃあたしはぶっちゃけ人間なのだけれど、でも、心は魔族なんだから……。あーもう! だから姫様扱いは嫌いなんだよ!


 我慢が効かなくなったあたしは、もう素直に文句を垂れ流ししていた。「だいたい、あたしだって魔法は父上より強いんだから!」とか、「運動神経だって悪くないし! つーか身体動かしたい!」とか。ベイクドールはそれを、静かに聞いて……というか、スルーしている。それでも、あたしは続ける。





 「みんなあたしを姫様姫様って! 姫様が戦っちゃいけないなんて誰が言ったのさ!!」


 「……」


 「あたしだって父上を守りたいし、何より魔族の意思を継いでるんだから、少しくらいお手伝いさせてくれたって!! 頭カチカチすぎなんだよ!」


 「……」


 「もー! 父上のアホ! 大臣の間抜け! ベイクドールの史上最強性悪クソオヤジ!!」


 「ちょっと待ってください、なんで私の悪口だけそんなに長いんですか」





 ……バレたか。

 このノリで言いたいこと言いまくれると思ったんだけど。そううまくは事が運びそうにないな……さすがベイクドール。聞き流しているように見せかけて、なかなかやるじゃないか! ……なんてふざけるものだから、結局あたしは問答無用で落とされてしまったのだけれども。


 落とされたせいで痛む尻を撫でながら、あたしはムスッとしながらベイクドールを見上げた。ベイクドールは仁王立ちをしながらも、どこか読めない表情を浮かべて……ポツリと言った。





 「貴女は、魔王様の娘様です」


 「でもあたしは――」


 「人間です。この城の者、全員が知っております」





 読めない表情のまま、ベイクドールは言葉を続ける。





 「そして、人間である上に、私達“魔族”にとって……大事なお姫様なのです」


 「……」


 「魔王様は貴女様を娘のように思い、我が父である大臣は貴女様を孫のように思い、私も――姫様を、妹のようにお慕いしております。そんな方に、危ない事をさせるとお思いですか? もしそう思うのであれば、姫様にはもう一度……一般的な知識から勉強してもらわねばなりませんね」





 ……感動的瞬間なのに、感動できないのは何故だろう……。





 「……姫様」


 「……」


 「貴女様は、我々“魔族”の……生きる希望なのです。これからの世界……姫様には、変えていってもらわねばなりません」


 「父上に任せればいーじゃん。どうせあたしは何もできませんよーだ」


 「ほんと、幼い頃から見てまいりましたが……ずいぶん口ごたえが達者になりましたね。誰に似たのやら」





 そう言ってクスクス笑うベイクドールに、あたしはふんっと顔を背けた。あたしの口が汚いと言うならば、それは間違いなくベイクドールの影響であろう。うん、間違いなく。


 あたしは立ち上がりながら、溜め息を吐いた。……知ってる。みんなもあたしを大切にしてくれているというのは。だって、だからあたしも、みんなを大切に思えたのだから。そうでなきゃ、あたしは魔族のみんなを好きになんてなっていなかっただろう……。一番好きなのは、もちろん父上だけど――あたしはみんな、大好きだ。魔族のみんなが。


 見上げるほどデカいベイクドールを見つめながら、あたしは始終黙り込んでいた。見つめるというより……睨む、だけれど。しかしベイクドールがそんなことで怯むはずもなく、「ふ」と笑っては……あたしの頭を撫でだした。あたしは目を点にする。





 「まったく、特別ですよ? ――実は先ほど、我が父から連絡が入ったのです」


 「……え?」


 「どうやら勇者がこの城に到着したとの事で」


 「!? そ、そんな……!!」


 「ですが、これは姫様に関係ない事なのです。……いいですか姫様」





 ベイクドールは、あたしの頭から……額に手をずらした。





 「我々は――いえ、私は。必ずや魔王様、そして姫様を……フィーリアを守ってみせる。それが私の生きがいで、心に誓ったことだから。私の可愛い妹、これからも……くだらない人生を歩み、幸せに生きてくれ。私はそのために、今から犠牲となってこよう」


 「まっ――!!」


 「……おやすみ」





 ……そして、あたしは。

 ベイクドールの放つ魔法によって眠りに落ち、気付いたときには部屋にいた。あちこちから乱闘の音が絶えまなく続き、確認しようとしても部屋から出られず……。やっと出られた時には、城にいる魔族が“父上”だけどなっていて。


 ベイクドールが言っていた、犠牲という言葉。……その言葉の意味が、あたしが考えているものと同じならば……多分もう、ベイクドールは生きてはいないのだろう。勇者にトドメを刺されそうになっている父上に駆け寄りながら、あたしは心で謝った。


 こんな妹でごめん……と。





 「父上から離れろぉぉおおおお!!」





 ねえ、ベイクドール。

 あたしね、言いたいことがいっぱいあるの。あるのにね、出てこないの。ちゃんと目を見て言いたかったことや、恥ずかしくて言えないようなことまで、いっぱいあったはずなの。……なのに、なんでかな? 今ね……何故か胸が詰まって、言葉が見つからないんだ。


 ……でも、もし生きててくれているならば。あたし、どんなことでも言うからさ。うん、まずは……そうだなぁ。


 ベイクドール。

 ……あたしを、妹にしてください。





あたしの天敵――番外編。

完。



 妹思いな意地悪大好きお兄ちゃん、ベイクドールでした。


 天敵はベイクドールともとれますし、勇者ともとれますね。


 次回から第二章始めます(´・ω・`)




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