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十四





 「私、インキュバスのギルヴェール――息子とともに、使い魔として陛下のお側にいさせてくださいませ」


 「うんうん、もちろ…………は?」





 素で聞き返してしまった。





 「私はこれでも成人しているインキュバス――お望みとあらば人間の女一人、容易く陥れる事も情報を聞き出すのも可能。……是非とも、お側に」





 あまりの事に呆然とするあたしは、数秒ほど――脳内が空中散歩に出かけてしまっていた。


 ……たとえると、アレだ。隣の近所の人が実は幼い頃に生き別れた兄弟でそれを知らずに互いの子供が結婚してのちに兄弟と知る、みたいな感じの衝撃。え、わかりにくい?





 「え、いや、でも、そんな」


 「陛下――聞き入れてもらえないでしょうか。孤児院は焼け落ち……最愛の妻を失い……どん底に叩き落とされ……形見の息子は使い魔として生きる事になっていて……あぁ、私これからいったいどうしたらいいと言うのでしょう……!」





 ちょっ……それ、泣き落としー!? コイツめちゃめちゃ卑怯だーっ!!





 「くっ……わ、わかりましたよ……」


 「そうですかぁ! それはよかった! これからずっと一緒だなぁ、ガル!!」


 「うん! お父さん!」





 くそぉー! なんて晴れ晴れとした笑みで会話してやがる、この親子!! ……あぁ、なんて厄介な事になったんでしょう。グスン。


 あたしはガックリと肩を落して、この切り替えの早すぎる親子を見つめた――でも、まぁ、よかったな。父親だけでも生きてたんだから。


 そう思ったあたしは、なんとなく苦笑した。





 「――よし。それじゃあ、とりあえず宿に一旦戻るか」





 勇者の言葉に頷いたあたし達。





 「ベルヴァロスクエッドとマリンベールは、子供達の取引先を頼む」


 「まっかせてー!」


 「うげっ、そんなのこの小娘一人にやらせなよー。僕、子供嫌いなんだよねぇ」


 「何言ってんのよ、むしろアンタのほうが子供でしょうが。脳内」


 「あぁぁあン!? ったくだから君は――」


 「あーハイハイ。さぁ皆こっちおいで~、このおじちゃんが怖い人から守ってくれるから、離れないようにしようね!」


 「おじちゃん言うな! お兄さんだ!!」





 その光景を見て、みんなケラケラ笑った。あたしもそれを見ながら笑って――――。





 「フィーリィ!?」





 勇者の、切羽詰まったような声。ばすんっと地に倒れる直前、あたしは誰かに受け止められる。……気が抜けて、とうとう限界が来ちゃったみたいだ。


 多分ギルヴェールさんが受け止めてくれたのかな? ごめんなさい、使い魔契約は起きた時って事で。迷惑かけて申し訳ないけれど……あたし、もう寝ます……。



 父上のような力強い腕に抱かれながら――あたしはゆっくりと、意識を手放したのだった。





 ――翌日。

 昼時に目を覚ましたあたし。気付けば横には、ベッドにもたれ掛かりながら寝ている勇者がいて……その寝顔にしばらく見惚れていたあたしは、ようやくハッキリしてきた頭で、昨日倒れた事を思い出した。


 ガルに心配させちゃったかな。悪い事をしたかも。でも限界ギリギリだったんだし、許してくれるよね。


 あたしは起き上がって、勇者の近くで「眼福あざす」と祈りを捧げた。いやぁ、朝からいいもん見たわ。こうしてりゃ普通に勇者に見えるし、なにより美しさが倍増。もう勇者喋らなきゃいいのに。


 頭をポリポリ掻いて欠伸をするあたし――いったいあれから何があっただろう? 子供達はどうなった? ギルヴェールさんは? ていうか、なんで宿にみんないないんだろう。


 ……と思ったら、どうやらここは新しく借りた部屋のようで、みんながいるのは隣の部屋だという事がわかった。だって、隣からマリンベールと黄金野郎の痴話喧嘩が聞こえるもの。毎日大変ね。


 バキバキ肩を鳴らし身体の調子を確かめてから、少し立ち上がった。うん、良好良好! 魔力も半分以上回復してるし、視界も体力も絶好調だ。


 毛布を引っ掴んでスヤスヤ眠る勇者を伺ってから――それをゆっくり、肩にかけたやる。寝ずに看病でもしてたのか? ……まさかね。





 「……ふう」





 あたしはソロリと音をたてずに歩き、部屋を出た。……隣からはまだ二人の声が響いている。飽きないなぁ、あの二人は。


 声の響く部屋の前も通り過ぎたあたしは、宿の階段を降り、外へと出た――どうしても行きたい場所があったから。


 あたしはそこへ向かって、歩いて行く。





 ――町から離れ、森の中。来たかったのは、初めてガルと出会ったあの場所……湖だ。


 湖の前に立ったあたしは、「おーい」とその存在に声を掛けた。それは、湖からひょっこりと現れる。そう、水の精霊だ。


 あたしはその場に座り、水面から少しだけ顔を出す精霊に、一言お礼だけを言った。





 「ありがとうございました」


 「……おやおや、魔王様の箱入り娘さんじゃないですか。お倒れになったとかで、心配しておりましたなの。ところで何故お礼を?」





 素知らぬ顔をする精霊に、あたしは苦笑した。ったく、精霊ってホントに素直じゃない奴ばっかで困ったなぁ。


 昨日のことを思い返しながら、あたしはその“お礼の意味”をしっかり答えてやった。





 「馬車の中を守ってた水。あれ、最初ガルだと思ったんです。でも違った」


 「……」


 「だって、馬車の中にいたガルがあんなタイミングよく出来ませんもの。あとから気付いてやっても、怪我は酷くなってたはず」





 クスクスと笑うあたし。もう一度しっかり、お礼を言った。





 「本当に、ありがとうございました。ガルや、子供達、ギルヴェールさんを助けてくれて」





 ちょっと気まずそうに、視線をキョロキョロさせる――水の精霊。


 精霊はたしかに、誰かの味方になったりなどしない。でも心がないわけじゃないんだ。彼らだって、誰かを心配する感情がある。


 ……きっと、ガルがギルヴェールさんによってここに飛ばされた時。助けを求めたガルの言葉に、揺らいでしまったんだろう。


 よかったね、ガル。ちゃんと言葉は届いていたみたいだよ。


 クスクス笑い続けるあたしに業を煮やしたのか、精霊はちょっとつっけんどんになりながら言い訳を並べた。





 「べ、別にそういうことじゃないですなの。ほら、姫に加護を授けてましたからね」


 「はは、そうですか」


 「……。それに、あの子は……友達ですから」





 そう言って、精霊は照れたように咳き込んだ。





 「で、ではこれで失礼しますなの。お昼寝のお時間ですからね……姫もご一緒に?」


 「いえ」


 「即答ですか。残念ですなの。……それでは最後に」





 ――あたしは、立ち上がった。気持ちを込めながら、深々と礼をする。





 「水のご加護が姫を――皆を、守りますように」





 ちゃぷんと音を立て、湖の奥深くへ潜っていく精霊。……ハハ、相当恥ずかしかったのかな。珍しいものを見たもんだ、あたし。


 スッと立ち上がり、一度伸びをした。何も言わずに出ちゃったから、騒ぎになってないといいなぁ。怒られる覚悟だけはしたほうが良さそうだ。


 湖に背を向けて、あたしは――“仲間”のいる場所へ、笑顔で帰るのでした。








 第一章的なもの、完です。


 次回番外編挟みます。




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