表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/36

十三





 銀色に輝く鋭い刃――それが振り下ろされるのを、あたしはただ呆然と見つめていた。まるでソレはスローモーションのように、ゆっくりと近付いてくる。


 あとほんの少し……あたしに体力と魔力が残っていたら、よかったのに。


 突如遠くなる視界に、背中に走る痛み――あたしは苦痛に顔しかめた。……あぁ、刃物って、こんなにジンワリする痛みだったのか。しかも何故か痛いのは背中だし……。


 ……?

 背中?





 ――そんなあたしが、勇者に突き飛ばされて地面に背中を打ち付けたと気付いたのは……マリンベールに抱き起こされてからだった。





 「貴様、ドゥルーダムの王国お抱え研究員とやらだな――!」


 「なっ!? ゆ、勇者……………………か?」





 ……銀色に輝く、サラリとした勇者の髪。雲から覗きだした太陽は、その勇者の白銀の髪を照らし――まるで、どこぞの国の王子様のように思わせた。


 密かな願いを言うならば……白馬にでも乗って参上してもらいたかった。


 ……いや、やっぱ訂正。青い瞳をギラギラさせる王子様なんて見たくないよ。アンタは本当に勇者なのかよ、ドゥルーダムの奴等にまで疑われてんじゃんか。どこまでも残念勇者だな。





 「フィーリィ、大丈夫か」


 「……アナタに突き飛ばされたため背中が痛いと吐露します」


 「大丈夫だな」


 「オイ!」





 こなくそ、なかった事にしようとしてやがる!





 「さあ、ドゥルーダムの研究員。すべて吐いてもらおうか」


 「っ! ……我らは“孤高の狼”の僕――情報は一切受け渡しはせん!!」





 そう言うや否や。

 彼は、その刃を自らに向けて……喉をかっ切った。溢れ出る血を全身に浴びる勇者は――こういっちゃなんだけど、真の魔王のようで。


 ……ちょっと、かっこよかった……かも。


 ふと思ったアホな感情に気付いたあたしは、それを心で踏みつぶした。……アホらし。これだからイケメンってやつはお得だな。


 そんな、勇者にたいして悪口とも褒め言葉とも取れる暴言を、心で吐いてるあたしの目の前で――勇者は右腕で、顔に付いた敵の血を雑に拭う。


 そして一度あたりを見回し……少し離れた馬車を見つけてから、振り返って言った。





 「ベルヴァロスクエッド、マリンベール。二人は馬車を」


 「うん!」


 「はいはい」


 「ジュエリー、お前はロックハートを頼む」


 「うふっ、愛する人のためなら喜んで~」


 「プリエステルは、馬車にいる怪我人の手当てを」


 「はい、わかりましたわ」





 それだけ言い終えると、勇者はあたしに悠々と近付いて来た。……ったく、遅すぎでしょ。本当に裏切ってやろうかしら、コイツめ。


 片膝をついて、息を切らして恨みがましくしているあたしに……勇者が手を差し延べた。その、勇者の額から滴り落ちる、血とは違う透明な滴。……ま、汗だっくだくになりながら走って来たみだいだし……許してやるか。


 差し延べられた手を掴み、あたしは「遅い」と付け加えながら立ち上がる。勇者は不機嫌そうに、眉間に皺を寄せた。





 「しょうがないだろ。これでも普通の人間だ」


 「あたしも人間ですぅ。……うへぇ、血ぃついた……最悪ー」


 「お前な……」


 「てゆーか、勇者汗臭い」


 「……」


 「あ、加齢臭?」


 「俺はまだ二十二だ」





 即答で返される。

 あたしはそれを鼻で笑った。


 ジットリとあたしを睨む勇者を無視して、フラフラになりながらもとりあえず馬車へと近付いた。ガル、大丈夫かな……戦う事に集中してたから、なんも見てなかったんだよね。無事ならいいけど。


 途中勇者の肩を借りながらも歩くあたしは、気を失わないよう懸命に歩いた。まだ、眠るわけにはいかない……皆を安否を確かめるまでは。あたしはひたすらそう念じて、歩く。





 「オイオイ――馬車倒れてんじゃないか。こりゃ全滅だろー」


 「ぶっ飛ばすわよこのゴボウ! 見てないで、さっさと扉開けなさいっ!!」


 「ったく……わかったわかった、君はもう少し慎ましさをだね――うぼわっ!」





 ザバーッ、と。

 黄金野郎が馬車の扉を開けた途端、何故か水が流れ出した――頭から被った黄金野郎は、ゲホゲホ咳き込みながら手足を地に付いている。


 一瞬笑いそうになるのを堪え、あたしは中から“使い魔”の存在を感知する――間違いなく、ガルだ!


 そうわかった瞬間、次に流されて来たのは数匹の――いやいや、数人の子供達だった。慌てて子供達に駆け寄るマリンベール。子供達は泣きながら、マリンベールに抱き付いた。





 「わぁぁあん!」


 「怖かったよぉ!」


 「うっ、ひっく、お姉さんアイツらの仲間じゃないよね?」


 「うん、違うよ。さぁこっちにおいで、怪我してる子はあっちのお姉さんのほうへ行きなさい」





 手慣れた様子で、子供達を先導するマリンベール。やっと正常になった黄金野郎は今度こそ中に入り込み、中から「おい、手伝え!」と勇者を呼んだ。


 ……おかしい。なんで自力でガルは出てこないの? 多分さっき流出した水は、ガルが衝撃から皆を守るためにやったやつに間違いはないだろう。


 その問題のガルが、何故すぐに出てこないんだ……? あたしは不安になり――手をギュッと握り締めた。





 「うわっ、おい、暴れるなって!」


 「黙れ人間――! 俺に……彼女に触るなっ!!」


 「ちぃっ! 勇者、ちゃんと押さえろ!」


 「ああ――!」





 ――中から聞えた、黄金野郎と勇者……そして、憤るようなギルヴェールさんの声。不安は――当たってしまった。


 やがて馬車から出て来た勇者達は、二人がかりでギルヴェールさんを引っ張り――地面へと問答無用で押し倒した。……すごい傷だ。これで生きてるなんて……やはり魔族なだけはあるのか。


 冷静さを欠いたギルヴェールさん。先ほどから「離せ人間!」と叫んでいる。なにがあった? 何故そこまで怒っている? ガルは――――。


 ――馬車から一向に顔を出さないガルが心配になったあたしは、軋む身体にムチを振り、その中へと入り込んだ。


 そこで見たものは……。





 ……グッタリとしているキュディさんに、泣きながら縋っている――ガルだった。





 「ガル……!」


 「お……姉、ちゃ……」


 「大丈夫!? 早くキュディさんの怪我を、プリエステルに治してもらっ――」





 そう言いかけたところで……あたしは、ようやく気付いてしまった。一瞬で、血の気が失せる。


 ……あたしは静かに、キュディさんの口元に手をやり、頬に触れ、首に触れ、手首に触れ――最後の最後に心臓のあたりに触れ、あたしはそれを……確信する。冷たい身体、開かない瞼、空気の振動がない口元、動かない……心臓。


 キュディさんは――死んでしまっていた。





 「……そんな、ことが」


 「うっ……ううう……お母、さん……!」


 「嘘でしょ……目を開けてよ、キュディさん!!」





 なんのために、ガルがここまでやってきたのか。……いつか二人を、本当の“お母さん”と“お父さん”と、呼ぶためなのに。


 残酷、すぎる。





 「ガル……」


 「さっきまでは……生きてたんだ……生きてたんだよ……! ちゃ、ちゃんと……」


 「……うん」


 「それでっ……ぼく、お母さんって……呼んで……っ」


 「っ……うん」


 「全部知ってるんだよって……言ったんだよ……! わ、笑ってくれて……抱き締めて、くれて……っ」


 「……っう、ん」


 「なのに……なんで……? なんでお母さん……動かないのぉ……っ?」





 あたしは――ガルを抱き締めて、わんわんと泣いた。小さな身体は今にも壊れそうなくらい、震えていて。……滴る大粒の涙は、枯れる事なく流れ続けている。


 その感情があたしにも流れ込み、その信じられない光景に――ただただ現実逃避をしたくなった。





 その時、外からは激しい水音が聞える。馬車の外、勇者の「それ以上やったら傷に障る!」というような声が。ハッとするあたしとガルは、一旦キュディさんをそこに横たえたまま――馬車を飛び出した。


 馬車から出たあたしが見たもの。それは、先ほどのモンスターよりも大きく作り上げられた、水の化身で……それはとても目の疑うような光景だった。


 一瞬、発動している人が……ギルヴェールさんだと、わからなかった。


 ――ガルが力一杯叫ぶ。





 「お父さん! やめてっ!」


 「こっちへ来るんだ、ガル!! 人間なんかに惑わされるな!」


 「ギルヴェールさん!! お願い……落ち着いてっ! 話を聞いて!」


 「――! 姫様……」





 ギルヴェールさんは間一髪、その化身を勇者にけしかける前に――あたしに気付いた。





 「ギルヴェールさん!」


 「姫様、俺――私は……今でも、キュディを愛してる…………! でも人間が許せない!!」


 「……! うん、わかるよ」


 「ともに――ともに、人間を討ちましょう! 今度こそ魔族が頂点に立つべき時! 人間という腐った人種を、この手で!!」





 痛いくらい伝わる――ギルヴェールさんの悲しみ。それは無数の針のように、あたしの心へ突き刺さる。……チクチクと痛いような、抉られているような。そんな、鈍い痛み。


 ……あたしも、もちろん人間が嫌いだよ。それは今でも変わりないし、キュディさんを見て心変わりがしそうになった。でも、さっきガルが止めてと言った時……あたしは何を考えているんだと気付いたんだ。


 ガルは、父親を止めた。それは人間を殺さないため。……ガルだって憎いはずなのに、それでも今“我慢”をしている。


 主人が使い魔の言葉に気付かされた。……今度こそ、あたしは間違えるわけにはいかない。





 ――不安そうに見つめる勇者に、あたしは苦笑を返す。なんて顔してるんだよ、勇者。勇者は勇者らしく堂々としてなきゃダメでしょうが。


 あたしはガルとともにギルヴェールさんへ近付きながら、試すように……問い掛けた。





 「人間が、憎い?」


 「――憎い」


 「人間を、殺したい?」


 「――殺したい」


 「掟を、果たしたい?」


 「――果たしたい」


 「子供達も、殺すの?」


 「――っそれ、は」





 言葉に詰まる、ギルヴェールさん。


 一定距離で立ち止まり、あたしは再度問い掛けた。




 「子供達も――殺すんでしょ? 人間なんだから」


 「……! でも……子供、達は……」


 「――ねえ、一緒に人間を滅ぼそうか? まずは……そこの子供を殺さなくっちゃねぇ」





 あたしは手に魔力を溜める。





 「ま――待ってくれ! 姫様!!」





 それを、大声で止めたギルヴェールさん。あたしは困り顔で笑って、溜め息を吐いた。……こういう芝居苦手なんだよなぁ、勘弁してよ、もう。


 その意図に気付いたギルヴェールさんは、たちまち水の化身を打ち消してしまった。力なく、膝をつく。





 「ギルヴェールさん」


 「……姫、様」


 「あたしね、ある人に言われたんですよ。……人間という括りで見るんじゃなくて、人間の個人を見ろって。子供達を庇ったギルヴェールさんなら、その意味一番わかるでしょ?」





 ……ギルヴェールさんは知ってるはずだ。たとえ人間でも、この子供達はただ純粋で、精一杯生きていて、優しい子達なのだと――個人を知っている。


 こういう事だよね、勇者? ――チラリと勇者を伺えば、彼は優しげにほほ笑み……頷いた。


 それにあたしも、ほほ笑み返す。





 「もう馬鹿な事、言わない?」


 「……はい。申し訳ありません、姫様……」


 「よろしい。……それじゃあ、今度はガルからお説教」





 ポンとガルの頭を叩いて、ウインクをした。





 「お父さん……」


 「……ガル」


 「あのね、お父さん。僕夢が叶ったんだよ」


 「え……夢?」


 「うん。二人をちゃんとお母さんとお父さんって呼ぶ夢」


 「……」


 「あとね、もう一つ」





 不意に、ガルがあたしの手をキュッと握った。





 「本当の“お姉ちゃん”のような人の――使い魔になること!」





 そう言って無邪気に笑うガルは――今日一番、晴れ晴れとした笑顔で……すごく眩しかった。


 ……ははは、なるほど。“お姉ちゃん”のような主人、ね…………嬉しい事言ってくれるなぁ、もう。少し滲んだ涙を拭きながら、手のひらにある小さな存在に力を込めた。ああもう、まじ可愛い。





 「使い魔――そうか、前に言ってたもんな」


 「うん!」


 「そうか――そうなのか。それなら…………」





 立ち上がるギルヴェールさん。目の前までやって来て、再び片膝をついて頭を下げるその人を呆然と見つめながら……あたしは首を傾げていた。


 ギルヴェールさんは、言う。





 「親愛なる姫様――いえ、魔王陛下」


 「え? いやいや、あたしは魔王の座を引き継ぐつもりは……」


 「いいえ、貴女は私達魔族の生きた証。……陛下、後生の頼みがございます」





 あたしは、「後生の」という言葉にうっとつまる。それ以上の卑怯な言葉は、ないんじゃないかな。……でも、あたしはこれから言われる頼みを断ったりなんかしないよ。


 言わなくてもわかる。ガルの事だよね? ……そんなの、言われなくたってずっと側で見守るよ。大事な――弟なんだからね。


 ――勝手に勘違いをしていたあたし。その次に吐き出された言葉に愕然とすることになるなんて……あたしはこれっぽっちも気付かないのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ