十一
孤児院があった場所に呆然と佇む、あたし、そして勇者達。目の疑う光景に何の言葉も出ないあたしは――ただひたすら、この惨事について考えた。
これは……どういうこと? ねえ、ガル――ここから逃げて来た時、すでにこうだったの?
――その言葉を受け取ったガルは、突如目の前に姿を表した。小さな光に包まれて、あたしは初召喚を果たす。いきなり現れた傷だらけだったはずの少年に驚いた勇者達は、咄嗟に戦闘体制に入った。
あたしはそれを「大丈夫」と阻止し、目線が合うように屈む。
「ガル――」
「うん、話すね」
ガルは、今まであったことを――たどたどしく話した。
朝方、大きな物音で眠りから覚めたガル。横にあたしがいないのに気付いて下に降りたのだが――そこにいたのは、何者かに捕らえられている両親。二人が自分のために頑張っていることを知っていたガルは、すぐさま飛び出したらしい。しかし大人と子供では力に差がありすぎて、ガルは一度そこで気を失ってしまった――起きた時には、自分は外にいて、孤児院はこうなってしまっていたんだとか。
両親は自分の横で悪者に見張られながらグッタリしていたが、ガルが気付くとわかりすぐさま言った――「ガル、お前だけでも逃げなさい」、と。即座に首を横に振ったガルだったが、ギルヴェールさんの魔法により……ガルはあの精霊のいた泉へ飛ばされてしまった。
精霊に助けを求めたガル。だが精霊はどちらの味方もしないというのを知らなくて――そうしている間に、数人の悪者に囲まれてしまったんだとか。しかし、ガルはこれでも夢魔とのハーフ。目の前には湖があり、自分は水の属性――なんとか抵抗はしたものの、無傷では勝てなかったらしい。
でも、今こんなところで弱っている場合じゃない。ガルはいつの日か、二人を本当の“お母さん”と“お父さん”と呼ぶために――この状況をなんとかしなければ、と考える。そして出た行動は……町の人に、助けを求める事だった。
「僕ね……町の人達に、嫌われてるのは……知ってたんだ」
「……ガル」
「でも、きっと助けを求めれば……手助けしてくれると思ってて」
「……」
「でも、やっぱり嫌われ者だったみたい」
えへへ、と。今にも泣きそうな顔をして笑うガルが――そこにはいた。
「あ――でもね、今はそれでよかったって思うんだ」
「……え?」
「だって、フィーリアお姉ちゃんに会えたんだもん! ……フィーリアお姉ちゃんだけが僕に声をかけてくれた。それに、小さな夢も叶えてくれた」
――小さな、夢。
それはガルと同調していたあたしだから……わかる事。ガルは、いずれ使い魔になってみたいと思ってたんだもんね? 使い魔になるか聞いた時も、たしかそう言っていた。
なんて優しい子なんだろうか。きっとガルは、あたしがガルを“使い魔なんかにしてしまった”と感じているから……わざわざそう、言ってくれたんだよね。まったく、そこまで優しくしなくてもいいってば。
あたしはガルを撫でて、これからの事を考えた。
――少し前までは、たしかにここにガルの両親がいたはず。ならば、いったいどこに連れていかれたのだろう? 並外れた嗅覚で匂いを追いたかったが、残念ながら――魔法ではないなにかで破壊された孤児院からは、酷い匂いが立ち込めていた。これでは嗅覚が使えない。
くそ、鼻のつく匂いだ。しかしどうやら、人の焼ける匂いだけはないことからして……孤児院にいた全員は、連れて行かれたと考えていいだろう。少し、ホッとした。
あたしは孤児院を眺め回しながら――何かないか、と思案した。奴等はどちらへ向かった? 国に戻ったか? いや、でもここからドゥルーダムは遠いと勇者に後から聞いたし――ならいったい、何処へ?
そんな時だった。
勇者が唐突に、「モンスターだ」と言ったのは。そんな気配がなかったので驚いたあたしは、ガルを抱き締めて逃げる準備に入った。しかし、いっこうに現れない。疑問符を浮かべるあたし達。
そんな様子のあたし達を見てか、勇者は気付いたように「すまない、そういうことじゃないんだ」と言った。……じゃあどういうことだ? 視線で問うあたしに、勇者は先ほど説明したモンスターの話を蒸し返し始めた。
「モンスターは、負の感情――“悪意”から生まれるんだったな」
「え――うん、そうだけど」
「じゃあ……これだけの大惨事が起こったんだ。さっきのモンスター、もしかしてついさっき生まれたんじゃないか?」
続けて、勇者が問い掛ける。
「モンスターが生まれる瞬間というのは、いったいどんな時だ?」
「……! 戦争とか、命が多く……奪われた時。それも卑怯な手を使って、恨みを買うと――なおさら」
……そう、つまりは。
“恨み”を強く感じたら――モンスターは生まれる、ということ。さっきのモンスターはデカかった……きっと、様々な人間の小さな恨みが募り悪意となって――生まれたのだ。生み出したのは多分……子供や、敵の大人達。
――あたし達は身を翻した。もちろん向かうのは、先ほど出会ったモンスターの向かっていた方角。
ガルを胸に抱いたまま、あたしは我先にと走る。人間の子供が生み出したモンスターほど――怖い物はない。純粋だからこそ……正直なんだ。早くしなければ、人間の言うモンスターのように“見境なく”なってしまう――!!
「勇者ぁッ! 時間がない! あたしはガルと一緒に先に行く!!」
「――! 待て! それならせめて――ロックハート、お前ならフィーリィの足についていけるな!?」
「ええ!」
「フィーリィ! ロックハートと先に行け!!」
あたしは頷いて、走るスピードを早めた。ロックハートはその後ろで、しっかりついてくる。
「急ぎましょう、お姫様!」
「もちろん――!!」
願いを込めながら――あたしとガル、そしてロックハートは……モンスターの向かっていたであろう道のりを走る。
簡単に引き離されていく、勇者達――だが今はなんとしてでも、ドゥルーダムの連中に追いつかなくては。
――ガルを抱えているあたしの横。ピッタリとついてきているロックハートが、不意にあたしへ問い掛けてきた。
「お姫様、貴女は戦闘要員とみて大丈夫かな」
「もちろん――!」
「お姫様の戦闘体型は魔法でよかったね、属性は?」
「あたしに属性はない。でも、今はガルのぶんの力がかさ増しされてるから――水系が一番得意かも」
「オーケー。なら、私と相性はピッタリだ。私は雷だよ」
「――! たしかにピッタリ」
あたし達は互いの得意な魔法、体術を教え合い、これから起こるだろう戦いのため――気を引き締めた。
……ドゥルーダムの目的、それは間違いなくガルなんだろう。ならば、ガルは隠して置くべきだろうか? もう一度あたしの中に戻ってもらって――いやでも、ふとガルを再び召喚した時、使い魔になったと知れたら……かなり面倒だ。間違いなく、あたしまで標的にされてしまう。そしたら勇者達にまで迷惑がかかる。
それに……。
「――お姉ちゃん、僕、自分で言うよ? ……お母さんとお父さんに」
「ガル……」
「僕はもう人間として暮らせないし、成長も出来ないけど……でもまだ生きられる」
……でも、きっと二人は悲しむのだろう。大事な息子が使い魔として、一生を拘束されるだなんて。あたし、二人に顔向け出来ないよ。
ガルを抱える腕に、少し力を込めながら――あたしは二人への罪悪感が募った。使い魔なんて、魔族にはあんまり良い印象がないからね……。主人の命令は絶対服従だし、だからと言って主人が死ぬまで命は拘束されるし、なにより成長出来ないし。子供のガルは……精神は成長しても、このままとなってしまう。
少し、見てみたかったな。……大人になった、夢魔として少しエロくなるガルを。
……。
残念な性格だな、あたし。
「……! お姫様」
「? なに?」
「見えるかな? ここから数十キロ先で、先ほどのモンスターが……黒装束の者達と戦っているのを」
それを聞いたあたしは、すぐさま注意してそちらを伺った。見えるのは……ぼんやりと浮かぶ数人の、大きな影。いくら視力は上ったとはいえ……やはりエルフには敵うまい。「若干」と答えるあたしに反応したロックハートは、詳しく説明をしてくれた。
どうやらロックハートによると、その黒装束の奴等は馬車を背にして戦っているらしい。その馬車から覗いた人影には、数人の子供と傷だらけになった二人の成人男女がいると――多分間違いなく、ギルヴェールさん達だろう。
見つけた、とほくそ笑むあたし……しかしロックハートの言った次の言葉により、あたしはその笑みを凍らしてしまった。
「なっ――!」
「えっ? い……いきなりなに――」
「い……今、黒装束の奴等の一人が……」
「……うん?」
「…………モンスターの打ち出した“魔法”により……死亡した」
は? と、声にもならない声を、あたしはあげた。
――魔法? そんな馬鹿な……それはあり得ない。今の反応からしてロックハートも知っていると思うのだが、モンスターとは……“魔法”を扱えないのだ。あるのは“負の感情”だけで、“知能”はないから。
魔法とは知能から生み出される、高貴なる技。……モンスターに操れるわけがない。多分、火を吹いたかなにかだろう――それをロックハートは見間違えたのだ。
あたしはそう結論づけたのだが、ロックハートは始終困惑顔――それを横目で見ていたあたしは、一つの、“あり得ない”仮説を思い付いた。
「いや……でも、まさか」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「? ……お姫様?」
「……いや、あり得ない……まさかそんなことが……」
二人の声も届かぬほど、あたしはその“仮説”にのめり込んだ。
ソレは、あたしが今まで思って来ていた……“常識”を覆すもので。でも、モンスターが魔法使ったというのがもし本当ならば――辻褄が合ってしまうのだ。とても信じられない仮説……あたしはそれを確かな物にするため、ロックハートへと声をかけた。
「ねえ、人間に育てられたとしても、エルフなんでしょ? 黒い靄みたいなの、見たことない?」
「黒い靄――? それは心臓辺りから溢れ出る……線状の、羽ペンほど大きさのやつかな」
「……うーん。あたしは魔力が桁外れでも、一応人間でハッキリとは見えた事ないから……形状や大きさはわからないんだけど。うん、多分それ」
人間から出る、黒い靄――あたしにはうすぼんやりとしか見えないのだが、普通人間以外の生物にはそれがハッキリ見えているという。人間でも見える人っていうのは、多分異世界人ぐらいだと父上が言っていた。
そしてもし……それが人間から出ているのを見た時。「その人はかつて恨みを買うような悪事を働いた者か、相当卑劣な悪意によりどん底になってしまった恨み募った者だろう。絶対近付いては、いけないよ」――と、よく言われていた。
つまり、モンスターを生み出す事となった親……なのだろう。そりゃお近付きにならないほうがいいわけだ。だってとばっちり食らうもの。
それをロックハートに説明したあたしは、「今、一番濃霧は、誰に見えていますか?」と問う。
ロックハートは言った。
「黒装束の奴等だね。あと薄く、子供達にも……」
「……なんだ。じゃあ思い過ごしか」
ふう、と。
あたしは安堵の溜め息を吐いて――「あと」と言葉を続けるロックハートの、次に紡ぎだされた言葉に……耳を疑った。
「――傷だらけの、成人男性からも出ているね。しかもやけにハッキリ、誰よりも濃い」
「…………ま、じ……で?」
ロックハートは、こくんと頷いた。
――魔族が、モンスターを生み出す事は、絶対あり得ない。いや、絶対ではないけれど……もし生み出したとしたら、前代未聞の事態だろう。
魔族は人間のような悪意は持たず、感情に正直だ。人間から恨みは買うかもしれないが、“魔族”が生み出す事だけは絶対になかった……はず、だけど。
もし魔族が……人間を共に住み、その心に“感化”されていたとしたら? ……魔族がモンスターを生み出す事はない、本当にそれが言えるのだろうか。
……確証はない、でも可能性はある。父上が以前教えてくれた事だ――世界に生きている生物は皆可能性を秘めている、と。
異世界には、物理学者という人達がいるらしい。そのとある物理学者は……シュレーディンガーと言って、ある“可能性”という言葉を導き出した。
それが、シュレーディンガーの猫。というもの。
それは物理学というより、哲学? というものとも呼ばれているらしいのだが……。異世界の理屈はわからない。とにかく頭のいい人間が生み出した話。
まず、蓋付の箱がある。その箱に猫を閉じ込めてから、なんと毒ガスも箱の中に充満させるのだが――普通、その箱に閉じ込められた猫は死んでいると思うだろう。だが、何かが起こり生きてるかもしれない。
生きてると思えばその猫は生きているし、死んでいればその猫は死んでいる。それが……シュレーディンガーの猫。頭のいい人間が導き出した、答えだ。
本当はもっと複雑な内容だったのだが……要はこんな感じだったはず。あたしが言いたかったのは、“可能性とはありとあらゆるものを秘めている”、ということ。
父上はそれを語りながら、「私はあり得ないという言葉を信じれなくなった」と言っていた。そう、だから……あり得ないということ自体、あり得ないのだ。
――あたしは過去を思い返しながら、浮かんでいた“あり得ない仮説”を……信じるしかなくなった。
シュレーディンガーの猫、詳しく解説……というか正しい説明。
蓋のある箱を用意してその中に猫を一匹入れ、箱の中には猫の他に放射性物質のラジウムを一定量と、ガイガーカウンターを一台、青酸ガスの発生装置を一台一緒に入れる。
もし箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動し青酸ガスを吸った猫は死んでしまう。
でも、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、青酸ガスの発生装置は作動せず猫は生き残る。
一定時間経過した後、猫の生死は? ……というのが、シュレーディンガーの猫です。
たしか合ってるはず……間違ってたらごめんなさい。
猫大好きな人にはちょっと酷い話ですね。つまり私もかなりダメージを受けました……orz
しかも最初シュレーディンガーでなく、シューリンガーと言い間違えたりしてました……あぁ恥ずかしい。