十
――深い森の中。
あたしと勇者、マリンベール、ロックハート、黄金野郎、プリエステル、哀れ女は……ひたすら休まずに、孤児院を目指していた。最初、戦闘要員以外を連れて行くのは――という意見も出ていたようだが、「怪我人がいるかもしれない」との勇者の言葉により、結局全員で行くことになったあたし達。
父上の力が段々馴染んで来た今――あたしの体力は、ある意味底無しとなっている。足の筋力も格段に上がっているので、その気に なれば一人で先に向かえそうだ。
――父上が、こんなに凄いとは思わなかったが……、それを追い詰めた勇者は、どれだけ凄いのだろうか? 想像すらもはばかられる。
あたしは一人勇者に恐怖を抱きながらも、やはり凄い奴だと心中笑ってしまった。やはり勇者とは、こうでなくちゃ。
ひたすら走る中――その勇者の背を見つめ、しんみりと思う。
そんな勇者が何故か突如立ち止まり、行った。
「来るぞ!!」
素早く反応したあたし達。マリンベールは勇者の右横へ――黄金野郎は左横へ行き、援護を。ロックハートは後方支援の二人を守る態勢に入った。しかし先に“ソレ”に気付いたあたしは、叫ぶ。
「戦わなくていい! ソレはあたし達を敵にしてないから、ワキに避けてれば問題ない!!」
その言葉に反応した勇者達は――すぐさまワキに避け、迫り来る巨大なモンスターを顔面蒼白で見送った。
……今のはデカい。戦っていたら、多分無駄に時間が掛かっていただろう。すぐに反応をしてくれる連中でよかった。
再び難なく走り出す最中――不思議そうに、プリエステルが質問してくる。
「何故、わたくし達を狙ってないとおわかりに?」
「え? だってモンスターは、自分を生み出した親を殺すためだけに生まれたんだから。当然でしょ?」
「親――?」
勇者が聞き返す。
その反応に、あたしはもしや――と勘ぐった。いやでも、まさか。モンスターの出生を知らないなんて……そんなわけがないよね? いくらなんでも、自分達がその“原因”なのだから――――。
しかし、その思惑は正しかったようで……。未だ不思議そうにするプリエステルのかわりに、ロックハートが問い掛けてきた。
「お姫様、いったいどういう――? 親とはいったい――」
「……え? 貴女はエルフ族でしょ? いくらなんでも貴女は知ってるはず――」
「……申し訳ない。私は、人間に育てられたんだ」
人間に……そうだったのか。いやでも、これは人間も知ってるものだとばかり――。
とりあえず、人間がモンスターにたいして持っている知識とはどういうものなのか、あたしはそれを知るため――まずはそれを聞き返した。
それに、哀れ女が答える。
「モンスターって言ったらぁ、アンタら魔族が生み出して人間を襲うように仕組んだんでしょ? それ以外になにがあんのよ!」
「――お前ら人間は、それを真面目に思っていたのか? ……そこまで無知とは思わなかった。どうしてトコトン馬鹿なんだ」
「なんですってぇ!?」
どうどう、と。哀れ女の横でロックハートがなだめた。
素直にその馬鹿さ加減に感心してしまったあたしは、なんだか無性に疲れてしまい、ポロリと口にする。
「はぁ……。人間って凄いな……」
「……、まぁ、人間は短命だからな。知らされる知識なんて魔族ほどない、と言う事だろう。フィーリィ、教えてくれ」
勇者のその言葉を咀嚼し――そして、反芻する。人間は短命……だから知らされる事が少なくて、多分、知らされても曖昧になる。そういうことなのかな。
……溜め息を吐いたあたしは、諦めたように説明を始めた。
「――モンスターは、魔族が作り出した物じゃない。人間が作り出した物だ」
「えぇぇっ!? 人間!?」
マリンベールが、驚きに叫ぶ。
「そう、人間。モンスターの根源――それは、人間から生まれた負の感情。妬み、憎しみ、悲しみ、怒り……様々なものだ。魔族にももちろんある、でもそれは割り切ったものだからすぐ切って捨てれるんだ――でも、人間はそうもいかない」
あたしの説明を聞く勇者達は、皆呆然としていた。本当に予想外だったのだろうか――そんなところにまた、呆れてしまう。
モンスターの出生、それは人の骨だけとなった屍に――負の感情がこびりつき、やがて借り物の命を得てしまうことから始まる。そして、そのモンスターになってしまった屍は……借り物の心――つまり負の感情を元に、産みの親を襲いにいくのである。
「何故、こんな醜い姿で生み出したのだ」……と。
「だからモンスターは、下手に刺激さえしなきゃ……襲って来たりしない。アイツらが殺したくて堪んないのは、産みの親――ただ一人なんだから」
……まさかそれを、“原因”である人間が知らないとは思ってもみなかった。あたしもそうだし、多分父上も……てっきり知っていると、そう思っていただろう。そりゃ思うはずがない――自分の責任なのだから。
まさか、魔族に責任転嫁されているとは。……うん、面白いよ。多分。
……しかし、それを信じる事が出来なかったのだろう。哀れ女が、またもや哀れ発言をする。
「そ――そんな嘘よ! ハッタリだわ!」
「……はぁ。じゃあ、アンタの説明によるとモンスターは人間を“見境なく”襲うらしいけど。さっきのモンスターはなんだったの?」
「そっ……それは」
言葉に詰まる哀れ女――ジュエリー。あたしは溜め息をみたび吐いた。
「ほら、出ない。……モンスターの姿形の禍々しさ、あれが人間の“心”の表れだ。そしてモンスターになった“元人間”は、醜く親に襲いかかる」
お似合いじゃないか、と。あたしはそう吐き捨てた。
だから、あたしは何度も言ったのだ――“人間は、同族同士で殺し合いをする”……と。モンスターも名前が違うだけで、元は人間。それを醜いから化物だと言って、人間は打倒す。それが自分達の“表れ”だと気付かずに……醜いのはどっちだ、ってね。
あたしは溜め息さえも吐くのが億劫になるほど、精神的に疲れてしまった。
「勇者が言った通り――人間には人間の、“我慢”に美学があるんだとは思う。でもそんな我慢の先にあるのが……モンスターだ」
「……」
「ただの我慢だけで済むならいい――それを、募り募って“悪意”に持っていかないようにさえすれば。……モンスターは言い換えたら、“悪意”の塊なんだよ」
それが――モンスターの正体。それを聞いた勇者達は、しばらく黙り込んでいた。あたしは走りながらも、その沈黙を静かに受け取る。
……勇者があたしの、人間に対する憎しみに――考える時間を与えてくれたように、あたしも待ってやろうじゃないか。それがあたしに出来る、勇者への……恩返し? みたいなやつかな。
――しばらく沈黙したのち。
不意に、黄金野郎が口を開く。飄々とした雰囲気はなく――至極、真剣に。
「魔族はそれを……いつから知っていた? 君はそれをいつ知ったんだい?」
「いつから? ……さあ。当たり前のように知ってたから、正確には覚えてないけど」
そう、勝手に染み込む――普通一般常識のように。あたしはそれを、最初から知っていた。それが……当たり前のことだったから。
だから、人間がまさか知らないとは……。今さっき知った新事実に、勇者達だけでなくあたしも呆然としてしまった。父上もし生きてて、今のを知ったら……多分タレ目がタレ目じゃなくなるほど見開いて、「そんなバナナ」とか呟くのだろう。
……あ、そんなバナナとは、異世界に伝わる“ダジャレ”というもので、ちょっとしたギャグみたいなものらしい。何故バナナなのかは知らないが、聞くところによると基本的ダジャレとは年齢が上になってきた者しか使えない、高等ギャグとかで――笑えるか笑えないかの瀬戸際を楽しむ、非常にシュールなギャグだという。これで笑いがとれたら、その日絶対にいい事が起きるんだとか。父上はしょっちゅう試していたが、あまりにしつこかったので大臣がキレたりしてそれはもう大惨事に――って、そんな話はどうでもいいんだ。
心の中でクスクス笑うガルに気付いたあたしは、今は孤児院に向かう事を考えなければ……と気持ちをすりかえた。
フルフルと頭を降って、父上の生み出した様々なダジャレを外に追い出す――中毒性があってなかなか離れないため、あたしは自分と小さな戦いに励んだ。ちょっ、ガル、今の「シュールにならないようにしゅるんです」はなかなか可愛かったぞ! 父上よりも上出来じゃないか!!
そんな、真剣味の足りなくなってくるあたしとガルの横では――かなり真面目な表情をして、勇者とプリエステルが会話をしていた。
「王国に帰ったら――それを伝えねばな」
「わたくしも一緒に伝えれば、きっと信じてくれるでしょう。しかし驚きですね……モンスター出生にそんな内容があったとは」
「あぁ。……これも、フィーリィのおかげだ」
名前を呼ばれてハッとする。……いかんいかん、いつまでも永遠にふざけるわけにはいかない。しっかりしろ、あたし。
「まだまだ人間が知らない不始末がありそうだ――これからも、度々教えてくれるか?」
「え? あぁ、うん、まあ……聞いてくれなきゃあたしもわかんないけれど」
人間が何を知ってて、何を知らないかなんてわからないし。あたしはそう呟いて、肩をすくめた。
その代わりに今度、人間界でオススメの食べ物を教えてもらおうか。魔王城での料理ももちろんうまかったのだが……基本的にあたしは、人間界の食べ物も食べてみたいと思っていた。ちなみに魔王城の料理は、父上の好みで毎回“和食”というものだった。母直伝なんだそうな。
あたしも作れるのが“和食”だけなので、やはり一応女としては他の料理も勉強しておきたい。人間界は基本“洋食”と聞くけれど、いったいどういうものが洋食なのだろう。……え? ガル、なんで驚いてるの。“和食”とは何、って? 人間界にはないの? うそ、あると思ってたのに!
「――そろそろだ。みんな、隊列を組め」
勇者の指示するような声。気持ちをきりかえたあたしは、口をキュッと一文字にした。……ガル、準備はいい? 殺さずに復讐、頑張ろうね。
先頭に勇者。その真後ろにはあたしがいて、あたしの両横には――マリンベールと黄金野郎が。その後ろには、ロックハートに守られる後方支援の二人。キッチリと組まれた、完璧な隊列。
あたし達は森を抜け――とうとう、孤児院へ躍り出た。そこで見たものとは…………。
「……ひ……ど、い……」
小さな声で呟く、マリンベール。……そうか、彼女は孤児院育ちだと言っていたか。それならば、この中でかなりダメージを受けているといっても過言ではないだろう。
あたしは面影すらもなくなった、孤児院の――跡地を見つめて。一人呆然と涙を流した。
ダジャレは高等ギャグなのです。
それを教えたのはもちろんフィーリアの母(笑)