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 勇者と魔王。それは、多分どんな世界でも……この間柄の意味を理解しているのではないだろうか。


 魔王は人間を滅ぼし、絶望を与え――勇者は人間を救い、幸せを与える。魔王は悪で、勇者は正義。それが……世界の、“理”。


 ――でも、あたしには理解出来ない。魔王……魔族だけじゃない、勇者だって、人間だって魔族を殺す。それなら勇者は悪で、魔王は正義にもなるはずだ。なのに――どうして? どうして、魔族が滅ぼされなければいけないの?


 魔族が、人間より強い力を持っているから? 魔族が、人間と違う見た目だから?


 ねえ――本当の悪は、どっちなの?





 ――――シャンデリアが輝く、とても広いこの部屋。王座の間とも言われるこの場所で、あたしと父上、勇者、そしてその御一行が、睨み合いながらそこにはいた。


 血だらけになって、床に倒れこんでいる父上。ボロボロになりながらも、剣の切っ先を悠然と向ける勇者。……あたしはその間に立ち、父上を庇うようにして震えていた。





 「退け、フィーリア!」





 父上の、今にも死にそうな掠れた声。





 「退かない……! 絶対っ……絶対嫌よ!!」





 あたしは震えたまま、父上に逆らう返事を返した。……だって、ここを退いたら、父上は死んでしまうんでしょう? 血の繋がらない、しかも人間のあたしを……本当の娘のように育てたくれた人なのに――みすみす目の前で殺させろって?


 できるわけがない。……できるわけが、ないっ!





 あたしは魔族。父上――魔王の娘で、それ以上でもそれ以下でもない!





 「あ……あたしの名前は、フィーリア・エンジェル・マールヴォロ・オコナムカ。勇者、あたしと勝負よ! 絶対に父上には触れさせないわ!!」


 「退くんだフィーリア!」


 「っ――いくら父上の頼みでも、聞けないわ……! さあ勇者! 父上を殺したくば、あたしに勝ってからにしなさい!!」


 「……いいだろう。女だろうと、手加減は一切しない」


 「っ……! 止めろ――話を聞け、フィーリア!!」





 一触即発。

 それぞれがそれぞれに対して、そんな感じなのだろう。


 ごめんなさい父上――でもあたしは、絶対引けないの。勇者があらわれ、魔王退治の旅に出かけたと情報があったあの時から――あたしの覚悟は決まっていたんだから。あたしは父上に恩返しをしなくちゃならない……ううん、恩返しをしたい。


 ――だからあたしは命をかけて戦うし、死んで構わないとも思ってる。これもすべて、愛する父上のため――絶対やられやしない。


 あたしと勇者は、睨み合った。あたしよりも遥かに高い勇者は、こちらを見下ろすようにして……上から下まで見定めていた。対するあたしも、勇者を見上げるようにして、その風貌を観察する。





 ――何もかもが、父上と正反対だった。白銀の髪、髪型はショートカット、キツネのような細くて鋭い真っ青な瞳……。見れば見るほど、整っていると痛感するその顔は。あたしが惹かれる要素が――何一つとしてなかった。


 あたしは父上のような、闇のように真っ暗で、艶やかな長い黒髪が好き。あたしは父上のような、血のように真っ赤で、タレ目の暖かなまなざしが好き。


 ――全部、全部、違う。


 嫌いだ……とてつもなくこいつが、嫌い。





 「っ――勇者。お前は言ったな、人間のために自分は生き、魔族を滅ぼすのだと」


 「そうだ。だから俺は、倒しに来た……お前を」


 「今の言葉――偽りはなかろうな。なら……我が娘は、守るべき対象に入るわけだ」





 目を見開く勇者と、その一行。





 「我が娘に、私の血は混ざっておらん。もちろん魔族とも」


 「――人間、だと? この人並外れた魔力を、惜しげにもせずだだ漏れさせている……この娘が」





 勇者が、あたしを見ながらそう言った。あたしは威嚇をするように、重たい魔力をゾロゾロと……さらに溢れさせる。





 「――こやつの本当の母は、異世界人だ」


 「まさか……」


 「そう。異世界人は魔力を必要とせず魔法を扱う――それは漂う魔力を扱うからだ。そしてその娘は、同じように魔力は一切なかったが……育つにつれて、魔力を己に溜めていった。魔力の溢れるここ魔界で過ごしていれば、この量になるのは当然のこと」





 その証拠に、我が娘の瞳は黒かろう? ――父上はそう言って、顔だけ振り向いたあたしを見ては、ほほ笑んだ。


 ……父上は、この瞳をいつも褒めてくれたよね。あたしはルビィのように輝く、父上の真っ赤な瞳が羨ましかったけど――父上は私の瞳を、「黒曜石のように輝いてとても綺麗だ」と褒めてくれた。だから……誇りだったんだ、とても。


 そして……逆に、父上との繋がりはないと証明してしまう、憎いもの。





 「勇者――娘を人の世界に、戻してはもらえないだろうか」


 「父上!?」


 「了承してくれるならば、私は喜んで死を受け入れよう――もちろん私の命は、他の者に殺させるが。それくらいの意地は、通るだろう?」





 父上が何を言っているのか、全く理解出来なかった。あたしは愕然として、ただひたすら固まる。


 ――人の世界? 日々のほほんとして、同族同士で殺し合いをするような、馬鹿な集まりの場所へ行って――あたしに住めというのか。……何を、考えてるの? それであたしが…………幸せに過ごせるとでも?


 私はか細い声で、何回も繰り返すように呟く。





 「いやよ……絶対……いや……」


 「――勇者、頼まれてくれるか?」


 「…………約束しよう」




 パニックになったあたしは、間近に立つ勇者さえも忘れ、父上にあらんかぎりの大声で言い放つ。





 「っ、勝手に話を決めないで! 言ったでしょう!? あたしは魔族よ、父上! 誰がこいつらみたいな愚かな人間の住む地に――!!」





 その時、「フィーリィ」……と、父上があたしを愛称で呼んだ。あたしは未だに流れる涙を拭い、父上を見る。





 「フィーリィ、私の愛しい娘」


 「……ちち、うえ」


 「よくお聞き、フィーリィ。お前の母は……異世界から来て、人間の世界で上流貴族と結婚をしたんだ。彼女と私は、言わば悪友……だか私は、彼女に心底惚れていたんだ」





 母の話を聞くのは、久し振りだった。あたしは黙ったまま、耳を傾ける。





 「彼女が人間と結婚したのが、憎らしかった。相手も、彼女も」


 「……父上?」


 「私はね、どうしても欲しかったんだ。彼女が。……だから、殺したんだよ」





 殺した、そう言い放つ言葉は……とてつもなく重たく感じた。今まで聞いていた、そんな状況のそれより、一番重く、辛い。





 「――しかし、殺したあとで気付いたんだ。無防備に泣く、お前の存在に」


 「!」


 「愛しいあの人の子供。しかし、世界一憎い男の子供でもある。……葛藤した、すごく」


 「いやだ……聞きたく、ない……」


 「だが私は、殺さなかった。我が娘として育てようと、誓ったのだ。……私が言いたい事が、わかるな? フィーリィ」





 あたしは、咄嗟に耳を塞いだ。


 ――父上の、言いたい事。それは……魔族の“掟”についてだ。魔族にとって、掟がすべてであり、すべては掟。縛られているとも言えるが――魔族全員が、それを誇りに思っている。


 魔族の掟――それは、憎しみだけで人間を殺さない事。人間を殺していいのは、自分の血族、親しいものが辱められ、暴行、または命を落としてしまった場合のみなのである。


 ――そして、もう一つ重要な掟が、一つある。親、または兄弟が殺された場合…………絶対に犯人を見つけだし、殺さねば……ならない……。





 「……」


 「フィーリィ……私の天使。お前は自分が魔族だと言った。ならば、やることはわかっているね?」


 「で、でも……!」


 「見せておくれ、お前の“魔族”としての……最後を」





 ……ヒドいよ、父上は。どっちみち、あたしを人間の住む世界に……放り投げようとしてるもの。


 でもね……父上? あたし、こうも言ったのよ。


 “絶対に引けないの”って――!





 「嘘よ」


 「……」


 「父上ほど掟を尊重し、守る人を……あたしは知らない。そんな父上が、たかが憎しみというくだらない感情だけで、人間を殺したりするはずがないわ。だって、掟では憎しみだけで殺してはいけないって」


 「――憎しみとは、簡単に制御できるものではない……そういうことだよ、フィーリィ」


 「違う――違う違う、違うっ!! 下手な嘘をつかないで……! いったい何年、父上と一緒にいると思ってるの!?」





 父上の吐く嘘くらい、あたしにだって見破れるのよ? だってあたしは……父上の娘なんだから。





 「……愛しい娘には、敵わないね」


 「! じゃあやっぱり……!」


 「しかし。お前の父のほうを殺したのは、紛れもない事実だよ。……お前の母はね、殺されたんだよ」





 ――お前の父親にね。


 その言葉があたしの頭に浸透するまで、いったいどれだけ時間が掛かった事だろう。……あたしの本当の父が、母を、殺した? 何故? どうして? 意味が……わからないよ。


 呆然とするあたしに、父上は続けて言った。





 「――彼女と俺は、紛れもなく愛し合っていた」


 「!」


 「だが、彼女は異世界人。人間の敵である魔王と結ばれるなど、言語道断だった」


 「……そん、な……こと」


 「彼女に――選択の余地はなかった。苦渋の末にその上流貴族と結婚し、子供を生んだんだ。そう、お前だよ」





 ……あぁ、頭がパンクしそうだ。





 「しかし旦那は、それに気付いていた。彼もまた彼女を愛し、またかなり嫉妬深い男で――」


 「それで、母さんを……殺したの?」


 「……そうだ」





 そして母が死んだと知った父上は、怒りに狂った。母を守れなかった苦しみや、たとえ人間と魔族でも構わないと言えなかった後悔、すべてが交ざり合って……。


 気付いた時には、その手をあたしの父の血で染めていた。





 「掟はたしかに守ってはいる。だから私に、間違いなどない」


 「……」


 「愛しい娘、私の天使。……お前はどちらの選択をとる? フィーリィお前は……魔族か、否か」





 魔族か……、人間、か。もう父上は、嘘を吐いていないだろう。


 ――あたしが自分を、魔族だと思うなら。それは親を殺された場合、犯人を見つけだし、殺さねばならない。そう――人間でも、たとえ同族でも。つまりあたしは、父上を……“殺さなくてはならない”。


 ……それが、出来ないならば……。あたしは自分を――人間だと、認めなければならなくなる。





 「父上……あたしは……」


 「フィーリィ。愛しい愛しい、私のたった一つの宝物」





 あたしは父上の、美しい血の瞳を見た。





 「お前の父を殺したあと、泣きわめく小さな存在に気付いて――とても後悔した。愛しい人の大切な子の、唯一の親を殺してしまったから、強い罪悪感に苛まれたんだ。その赤ん坊は悲しみにくれ、泣いているようにみえた」


 「……」


 「しかし、その子は私が抱き上げた途端……ピッタリ泣きやんだ。あろうことか、笑ったんだよ」


 「え……?」


 「希望の光が見えた気がした」





 その時の事を思い出したのか、父上の表情には、小さなものを慈しむ……暖かな安心感があった。





 「お前だよ、フィーリィ」


 「!」


 「私は決めた。愛する彼女の子を、幸せに過ごさせてやろうと。……それが私に出来る唯一の罪滅ぼしだから。フィーリィ、私の宝物。お前は時を重ねるごとに、本当に彼女に似ていく……しかしその髪だけは、父のもののまま」





 あたしはまた、気付いてしまった。父上が――なにを言おうとしているのかを。だから……やめて、それ以上は…………言わないでよ、父上っ……!





 「――聡明なお前の事だ。わかっているね?」


 「……魔王の血には、膨大な魔力と力が、備わっていて……。それを飲むと、その者は……それを受け継ぐと同時に、魔王の証である黒い髪になる」


 「――そう。私の血を飲めば、髪は闇のように真っ黒になってしまう。……フィーリィ、残り少ない後生の頼みだ」





 父上の赤い瞳に――あたしが映る。





 「お前は私の子、その証明を……私にくれないだろうか」


 「で――でも、そんなことをしたら……父上は」


 「あぁ。死ぬだろうね」


 「っ!」





 フィーリィ。

 父上の、弱々しい呟くような声。命がもう僅かだというのが……見て、取れた。





 「愛しい愛しい、私の娘」


 「……っ」


 「私はお前と過ごせて……とても幸せに満ち溢れていた。本当の我が子を授かったかのようで、毎日が光り輝いていたよ。毎日をお前と過ごし、毎日を笑顔でいさせてくれた。それは私にとってかけがえのないもので、もうこれ以上の幸せは……ないとさえ思った」


 「い、いや……いやだっ……父上……!」


 「頼む……これからもお前が、私の子だと……思わせてくれないだろうか? 私はお前の――フィーリアの父親だと」





 ――選択肢は、なかった。


 あぁ、父上。あたしは本当に貴方が好きでした。なによりも誇り高く……自慢の父でした。あたしは貴方以上の良い父親を、知りません……父上のおかげでとても幸せに育ちました。


 あたしが魔法を使って初めて料理した時、喜びながら食べてくれましたよね? あたしが友達と喧嘩をして、落ち込んでいた時……一日中慰めてもくれました。


 父上、あぁ、父上。あたしも欲しいです……父上の娘だという、たしかな証明が。





 「……おとう、さん」


 「! ……フィーリィ」


 「おとうさん……大好きだよ……おとうさんっ……!」





 あたしは床にペタリと座り込み、父上に抱き付いた。





 「あたしはおとうさんの子……あたしは魔族よ。今までも、これからも」


 「……あぁ」


 「私は……おとうさんの、娘だから……!」


 「っ……あぁ」


 「ぅ、……っく……! ……っさ、よう、なら――愛しい愛しい…………おとうさん」





 ――あたしは。

 すでに、血を大量に流している父上の血を……すべて吸い上げた。ごくり、ごくりと、喉を鳴らしながら。





 「――あぁ。私の……愛しい……娘」





 父上の手が、あたしの髪に触れる。その髪は――長年憧れ続けた、父上と同じ色だった。





 「……幸せに……生きて、くれ……」





 そして、父上は。

 ――闇に溶けるようにして、父上は……その形を失っていった。


 サラリと肩から流れる、あたしの髪。艶のある真っ黒な、あたしの大好きな色。――父上の、娘だという証明。





 「っぅ……く…………!」


 「……行こう、時期この魔界も……」


 「ぅ……あ……あぁっ!」





 ――――闇夜に浮かぶ丸い月。その日、あたしは父上を殺した。あたしは、正真正銘の魔族になれた……嬉しさで、はち切れそうだ。


 でも……どうして?





 「ひっく……うぅっ……おとうさぁん……!」





 どうして、こんなにくるしいの?





 「っぅ……あ、ぁ……ぁぁあっ――――ああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」





 あたしの名前は、フィーリア・エンジェル・マールヴォロ・オコナムカ。


 あたしは背負う。



 フィーリア――母の付けてくれた名を。


 エンジェル――父上の付けてくれた名を。


 マールヴォロ――王の証を。


 オコナムカ――悪魔の子だという、証明を。





 あたしは一生背負い続けて、これからを生きていく。――人間の、世界で。





 「――うあぁぁあああん! とうさぁぁあん! わぁぁあああん!」





 こうして、魔界の夜はふけていく。








 タイトルに魔王と書いてあるにも関わらず、速攻死ぬ父上(笑)


 マジごめんなさい。




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