第2話 異世界転生モノというやつである
「お疲れ様でーす」
あの多忙を極めた土曜日から数日が経ったある日、俺はいつものようにバイトの業務を終えて裏口から外に出た。
高校生は二十一時までしか働けないので、今回もジャスト二十一時に上がってやった。しかしこんな時間にもなると日は既に落ちきっていて、黄色いお月様が高い位置まで昇りつつあった。
「さてさて、帰って寝ますかねー」
まるで受験生とは思えないような発言をしつつ、俺は相棒のクロスバイクに跨って進み始める。
人間の技術とはすごいもので、今では電気で車が勝手に動く時代になってしまった。それでも俺はこの自転車という人力の乗り物が好きである。
といっても、今は高校生なので自動車を公道で運転することはできないんだけどな。俺の学校、免許取るの禁止だし。
「あおだー」
疲労によるものなのか、ボーっと何も考えないで信号を眺めていたので、青になった瞬間にそんな間抜けな声を出してしまった。
周りに人が居なくて良かったと思う。
それはそうと、このぼんやりとした頭で運転しているのがいけなかった。
おかげで赤信号にも関わらず減速することもなく突っ込んでくる車に気づけなかったのだ。
「うっそだろ!?」
刹那の出来事。
車が突っ込んできた驚きによって脳が目覚めた時には既に手遅れで、俺は逃げることもできずに車に横から衝突されてしまった。
徒歩であればギリギリ逃げることもできたかもしれないが、なんと不幸なことか、俺は重いギアに入れたまま信号に捕まって停止してしまったのだ。
そのせいで初速も加速も遅く、また自転車に乗っていることから回避行動を取ることもできなくて、為すすべなく吹き飛ばされてしまうのだった。
一瞬見えた運転席では、年老いた男性が真っ赤に火照った顔を上に向けていた。
どうやら飲酒運転というやつらしい。
流石は一昔前では交通事故件数ナンバーワンという名誉を欲しいがままにしていた県ということだろうか。
事故に遭った当事者としては「辞めてほしい」という一言に尽きる。
相当な速度が出ていたらしく、俺は自転車とともに結構な距離吹き飛ばされてしまった。
それから地面に着地して、数回バウンドしながらゴロゴロ転がっていく。
この時点で、俺は既に三途の川に半分くらい浸かっていたことだろう。
周囲の車が一斉に停止して中に居た人々がぞろぞろと近づいて心配してくれているが、申し訳ないな。これはもう助からなさそうだ。
全身骨折、血だらけ、意識朦朧、これはちょっとしんどいか。
もう少し人間としてこの世界を楽しんでみたかったものだが、どうやら俺は三途の川の向こうに戻らないといけないらしい。
救急車の音が徐々に聞こえてくる。しかしその時には俺の意識は殆どなくて、そんなことにも気づけないほどには川での水遊びに夢中になっていた。
もう何が言いたいかお分かりだろう。
このまま、俺はその命を失うのだった。
物語の最序盤で主人公が命を落とす。これほどこの後の展開が分かりやすい作品はないだろう。
そう、異世界転生モノというやつである。
君達の予測は正しい。
俺は現在転生して、新たな人生を過ごしていた。
どうやら今回も人として生きることができるらしく、俺はそれを神に感謝するほど喜んだ。
このグレイトワという世界はどうやら今まで過ごしていた世界と時間の進みが同じらしく、また元々語学に強かったおかげか言語等も簡単に理解できた俺は一切苦労することもなくこの世界を生きている。
といっても、生まれたその時に転生できたことが苦労もなく生きることができた大きな理由だろうが。
魔王が倒されて十八年が経ったらしいこの世界で生まれた俺は現在十六の歳になった。
「サンー? どこに居るのー?」
この身体の母親であるヴィーノ・サントスレアが俺の名を呼ぶのが聞こえたので、俺は屋根の上でゆっくり体を起こして外に出て叫ぶ彼女の目の前に飛び降りる。
「どうしたの?」
「きゃっ! 普通に出てきてよ。びっくりするじゃない」
「ごめん」
流石に目の前に飛び降りるのは良くなかったか、これからは少し遠くに降りることにしよう。
そう心の中でメモを取ってから、俺は彼女に改めて呼び出した要件を訊いた。
「そろそろご飯だから呼んだのよ」
「……了解した」
ここで少し、この世界について説明をすることにしようか。
先程も名前を告げたように、この世界はグレイトワという世界である。
その中でも人間界のラヴィーナ王国という大国の辺境、サントスレア領の一角が今俺達が居るこの場所である。
サントスレア領、それと我が母上の名前から察しがつくだろう。
俺が生まれた家はなんと領地をもっていて、伯爵という爵位を王より授かっている貴族であった。
なんという幸運か、そのおかげか俺は何の不自由もなく生活することができている。
そんな幸運な人生を送っていたのだが、ひとつだけ不幸なことがあった。
それが、
「いた……だきます……」
この世界の飯がとてもマズい、ということだった。
逆に言えばそれしか不幸が無かったというのが何よりも幸運だろう。
いやもうひとつだけ不幸なことがあった。それも、この世界において最も致命的なことだ。
「それで、わざわざ一緒に飯なんてどうしたんだよ。父上」
目の前には、ドトール・サントスレア伯爵……つまり俺の父親が座ってそのマズい飯を頬張っていた。
純粋なこの世界の住人である彼はその料理を不味いとすら思っていないらしく、平然と手を料理へ伸ばしている。
この人は普段忙しいので滅多なことが無い限り俺と共に飯を食べることはない。
そう、滅多なことが無い限り、である。
つまり今この現状から予測するに、何か俺に伝えたい事、もしくはしてほしいことがあるのだろう。
「ああ、我が息子に伝えるのはとても憚られることなんだがな」
その料理へ伸ばす手を一度停止して、彼は大きく溜息を吐いた。
どうやら、俺にとって悪いお話らしい。それを今の一言で瞬時に理解できてしまった。
それでも沈黙の時間というのは無駄だと判断したようで、彼は意を決したような顔で一拍置いてから告げた。
「お前には、この家を出ていってもらう」
という、その衝撃的な一言を。




