第16話 金欠
「……金が無ぇ」
俺はキッチンで項垂れていた。
開店準備で随分と金を使ってしまい、今俺の財布はすっからかんだ。
当然だろう。収入も無いのに支出だけ増えていっているんだから。
「邪魔するぞ。……ってなんだ。そんな絶望したかのような顔をして」
その時、店の入り口に人影が現れた。
顔を見てみると、我が友人のトキが困惑した表情で立っていた。
「金が無いんだよ。飯を食うこともできない」
それは嘘だが、それくらいには懐の風通しが良い。
「なんだ。特異個体の討伐報酬があっただろう」
「使っちまった。てか倒していないことになってるから討伐隊の五分の一程度しか貰えていないんだよ」
それでも十分な金ではあったはずなんだけどな。どこに消えたのやら。
「それでもだろう。そんなに店を開くには金が要るのか?」
「ああ、まあ金はかかるよ。ただ問題はそこ以外にあるんだ」
そうなのだ。確かに開店するには時間も金もかかる。ただそれで消えるほどの金では無いのだ。
一番金のかかる店舗はほぼ無料でもらえたようなものだし、道具や調味料に金をかけたとはいえ金額はたかが知れている。
「それ以外というのは?」
カウンター席に座って続きを促すトワ。
少し前までは隣の席に座っていたというのにこの数日で俺はキッチン側に立っている。それが順調に進んでいることを実感させ、俺は嬉しくなった。
だが今は資金不足という重大な問題があるので、即座に思考を切り替えて問題解決に向けて動くことにした。
「食費がやばいんだよ」
「はぁ?」
端的に俺たちの抱えている問題を伝えると、トワは拍子抜けしたような顔をした。
「お前、そんなに食べるのか?」
「俺じゃねえんだ。……ほんと、ビックリするぜ」
同年代に比べて俺は食べない方だと思う。
だってこの世界の飯不味いし。だからこそ日本で学んだ牛丼を作ろうとしているわけだし。
ではなぜ食費が嵩むのか。俺以外の人物なんて一人しか居ないだろう。そう、ブラッド・ブルを一人で殆ど平らげたあの暴食獣が。
「おはようサントール。お腹空いた」
「おはよう。そ、そうか。客が来ているからちょっと待ってろ」
厨房の奥からトコトコと歩いてくる赤髪の少女に、俺はつい顔を引き攣らせてしまった。
「お客さん? お店開くのまだでしょ」
「俺の友人だよ。様子を見に来てくれたらしい」
「へえ、友達居たんだ」
「……またくすぐられてぇか?」
「ごめんなさい」
雇い主に向かって随分な物言いをするものだからくすぐるようなジェスチャーをしてみると、即座に謝罪が返ってきた。
トキはくすぐりにめっぽう弱い。そのためコイツを叱る時は罰としてくすぐるようにしている。
成長の早いエルフだし聡い子ではあるとはいえまだ子供だからな。この数日で叱ることは何度かあった。といってもこの年くらいの子に比べると叱らないといけないような事をするのは少ない方なのかもしれない。
「おいサン。娘が居るなら前会った時に言えよ」
カウンターから驚きが混じった声が聞こえてきた。
どうやら我が友人は変な勘違いをしているらしい。そのことが一言で分かったので、とりあえず誤解を解くところから始めることにしよう。
「娘じゃねえよバカ。どう見たって似ていないだろ。こいつエルフだぞ」
「エルフと子を持ったということか?」
「なんでそうなんだよ!」
こいつはどうして俺に子供ができると思っているのだろう。まだ成人して少ししかしていないんだぞ。それを忘れているのだろうか。
「グド山行ったときに拾ったんだよ」
溜息交じりにトキを拾った経緯を説明してやる。
「なるほどな。確かにお前に伴侶ができるわけ無いだろうしな」
コイツぶっとばしてやろうかな。
俺にはコイツを殴る権利があるだろう。ていうか今獲得した。王子とか知らねえから。
「そうだ。お前に一個話しときたいことがあった」
「俺に? なんだ。金は貸さないぞ」
「違ぇよ。コイツのことでな」
王子である彼になら話しておくべきだ、と判断した俺はトキのことを話した。呪い子であること。魔力が暴走しかけていたこと。エルフ達がその状態でラヴィ―ナの山奥に捨てたこと。……意図的な行動であると考えられることも。
「ふむ。確かに今ラヴィ―ナはファンカトリと関係が拗れつつある。可能性は十分に考えられるな」
「だろ。だから気にしといてくれって話だ」
「分かった。これはお父様にも共有させてもらうぞ」
「構わない。ただ俺が暴走を止めたってのは内緒だぜ。『捨てたエルフの一人が良心を痛めて止めた』ってことで」
「ああ、分かっている」
止めたのが俺だと知られれば絶対に面倒なことになる。だから俺は人差し指を立てて口元に寄せた。トワもそれを理解しているので、ひとつの文句も言うことなくコクっと頷く。
「にしても、お前は魔力の暴走を抑えることもできるのか。本当に人間なのか?」
「人間だわ。じゃなかったらもっと魔法を使ってる。この脆弱な回路のせいで苦労してんだよ」
この体の法力回路は脆すぎる。俺が改良して人間用に作った魔法ですら負荷がかかってしまい長時間は使えないのだから。
「その力を国に提供してくれたらありがたいんだけどな」
王子様はしっかりお国のことを考えているらしく、呆れたようにそんなことを言われてしまった。
「やなこった。どーせ戦争に使うだけだろ」
今の世界は荒れ始めている。そんな状態で国に新たな力を与えてみろ。絶対他国に戦いを吹っ掛けるに決まっている。そうなると店を開くどころの話ではなくなってしまうから俺としては最悪なのだ。
「はは、否定しきれないのが辛いところだな」
乾いた笑いをこぼしたトワ。王子がそんな顔ができるなら、まだこの国は希望があるのかもしれないな。
「トキ。こいつを慰めといてくれ。俺は外に出てくる」
「うん。分かった」
とりあえずつまらない顔をした友人にはウチの看板娘を押し付けることにして、俺は外出の準備をする。
「どこに行くんだ?」
「ギルド。クエストでも受けて金稼ぐさ」
俺はこれでも冒険者だ。金を稼ぐ方法なんてひとつしかない。正直面倒だったから別の方法は無いか模索していたが、何も思いつかないので諦めて薬草でも集めることにする。
「最低ランクの冒険者なんて貰える金はたかがしれているだろう?」
「塵も積もれば山となる、だ」
「なんだその言葉」
おや、日本ではメジャーなことわざが伝わらなかった。積羽舟を沈むと言った方が良かっただろうか。
「じゃ、トキのこと任せたわ。飯でも食わせてやってくれ。ウチの看板娘は丁重に扱えよ?」
「お前……いや、分かったよ。任せたまえ」
俺の真意に気づいたのか、トワは呆れたように溜息を吐いた。
「じゃ行ってくる」
そんな友人にトキを任せて、俺は店を出た。




