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風を追う — オートレーサーを目指す少年  作者: sasaki


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4/11

整備場の陽

犬猿関係

夕方の整備場は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

工具の音も、候補生たちの声も消え、残っているのはオイルの匂いと、薄暗い照明だけ。

遼は忘れ物を取りに戻っただけだった。

だが、シャッターの隙間から漏れる光に気づき、足を止めた。

中に、人影がある。

ひかりだった。

彼女は一人、マシンの前にしゃがみ込み、点火プラグを外しては、じっと見つめていた。

昼間の鋭さはなく、どこか遠くを見るような目だった。

遼は声をかけるべきか迷ったが、結局、足が勝手に動いた。

「……まだやってたのか。」

ひかりは驚いたように振り返ったが、すぐに視線をそらした。

「あなたには関係ないでしょ。」

その言い方はいつも通りだったが、声に張りがなかった。

遼は少し距離を置いて立ち、ひかりの手元を見た。


彼女の指先は油で黒く染まり、爪の間まで汚れている。

昼間の整備授業の続きを、ずっとやっていたのだろう。

「……さっきのこと、悪かった。」

遼が言うと、ひかりは手を止めた。

「何が?」

「言い返したこと。お前が言ったこと、正しい部分もあったし……」

ひかりは工具を置き、ゆっくり立ち上がった。

その表情は、怒りでも苛立ちでもなく、どこか疲れていた。

「正しいとか間違ってるとかじゃないの。私は……ただ、ミスが怖いだけ。」

遼は息を飲んだ。

ひかりが弱さを見せるのは初めてだった。

「怖いって……お前が?」

「そうだよ。」

ひかりはうつむきながら…

「怖いに決まってる。だって――」

言いかけて、口をつぐむ。

遼はその続きを聞きたかったが、踏み込む勇気がなかった。

沈黙が落ちる。

ひかりは再びマシンに向き直り、工具を握った。

「帰りなよ。ここ、長くいると油臭くなるよ。」

「……お前こそ。」

「私はいいの。慣れてるから。」

その言葉に、遼は胸の奥がざわついた。

“慣れてる”という言い方が、妙に痛かった。

遼は何も言えず、整備場を後にした。

背後で、ひかりが小さく息を吐く音が聞こえた気がした。

その夜、遼は眠れなかった。

ひかりの言葉が、ずっと頭の中で反響していた。

「ミスが怖いだけ。」

その意味を、遼はまだ知らない。


弱さと強さ

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