整備場での衝突
未熟のエンジン
整備場に響く金属音とオイルの匂いの中、候補生たちはそれぞれのマシンに向き合っていた。
遼はサイドカバーを外し、整備担当の黒川教官から教わった通りに点火プラグの状態を確認しようとしていた。
だが、手が震えている。
緊張ではなく、焦りだった。
「相馬、そこ違う。」
背後から女同期の白石ひかりの甲高い声が飛ぶ。
遼は振り返らずに答えた。
「分かってる。今やるところだ。」
「分かってないから言ってるの。そこ、順番逆。そんな外し方したら配線傷つけるよ。」
ひかりは淡々と言うが、その声には棘があった。
遼は苛立ちを抑えきれず、工具を置いた。
「じゃあ、どうすればいいんだよ。」
ひかりはため息をつき、遼の手元に視線を落とす。
「基本でしょ。整備は“速さ”じゃなくて“正確さ”。あなた、焦りすぎ。」
「焦ってなんか――」
「焦ってるよ。音で分かる。」
ひかりは遼の外したボルトを拾い上げ、軽く指で弾いた。
「ほら、落とした時の音。力が入りすぎてる。余裕がない証拠。」
遼は言葉を失った。
図星だった。
だが、ひかりの言い方がどうしても癇に障る。
「そんな言い方しなくてもいいだろ。」
「事実を言ってるだけ。整備を甘く見る人、嫌いなの。」
ひかりの声が少しだけ震えた。
その震えの理由を、遼はまだ知らない。
「甘くなんか――」
「じゃあ聞くけど。」
ひかりが遼の目をまっすぐに射抜く。
「あなた、整備でミスしたらどうなるか、本当に分かってる?」
遼は言葉に詰まった。
ひかりは続ける。
「走る人が死ぬんだよ。たった一つのミスで。」
その言葉は、整備場の空気を一瞬で凍らせた。
遼は反射的に言い返した。
「そんな極端な――」
「極端じゃない。」
ひかりの声は低く、鋭かった。
「私は……知ってるから。」
遼はその意味を理解できず、ただひかりの表情を見つめた。
ひかりは視線をそらし、工具を握り直す。
「もういい。自分でやって。」
ひかりは遼の横をすり抜け、別の作業台へ向かった。
遼は残された工具を見つめ、胸の奥がざわついた。
怒りか、悔しさか、あるいは――理解できない何か。
黒川が遼の肩に手を置いた。
「相馬。あいつの言葉、半分は正しい。もう半分は……あいつ自身の問題だ。」
遼は黙って頷いた。
ひかりの背中は、どこか痛々しく見えた。
走りの種火




