遼の壁
ノーブレーキ
押しがけスタートをクリアした候補生たちは、いよいよ次の段階へ進んだ。
それは 「コースを一周する」 という、走行訓練の本格的な第一歩。
エンジン音が並び、緊張と期待が入り混じる空気の中で、遼はひとつだけ大きな壁にぶつかっていた。
「相馬、次の組、行け!」
榊教官の声で、遼・ひかり・高梨・三浦がコースへ出る。
押しがけでエンジンをかけ、遼は勢いよく直線へ飛び出した。
風が頬を切り、胸が熱くなる。
(よし……いける!)
だが――
最初のコーナーに差し掛かった瞬間、遼の身体が固まった。
「うっ……!」
アクセルを戻しすぎて、マシンがガクッと失速する。
後ろを走っていた三浦が慌てて避ける。
「相馬ぁ! 止まるなよぉ!」
遼は悔しさで歯を食いしばった。
(なんでだ……怖い……?)
コーナーに入るたびに身体が強張り、アクセルを戻してしまう。
直線では追いつけても、コーナーで全部失う。
一周を終えた遼は、悔しさでヘルメットの中が熱くなった。
マシンを止めた遼の横に、ひかりが歩いてきた。
ヘルメットを脱ぎ、冷たい目で遼を見つめる。
「相馬。あなた……コーナー、怖がってるでしょ。」
遼は反射的に言い返す。
「怖がってなんか――」
「怖がってるよ。見てれば分かる。」
ひかりは淡々と続けた。
「コーナーでアクセル戻しすぎ。
それじゃあ、いつまで経っても曲がれない。」
遼は悔しさで拳を握った。
「じゃあ……どうすればいいんだよ。」
ひかりは遼の目をまっすぐ見て言った。
「“曲がる前に減速して、曲がりながら開ける”。
オートの基本でしょ。
あなた、曲がりながら怖くなってアクセル閉じてる。」
遼は息を呑んだ。
図星だった。
ひかりは続ける。
「怖いのは分かる。でもね――」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「怖いまま走っても、何も変わらないよ。」
遼の胸に、その言葉が深く刺さった。
「相馬、もう一周行け!」
榊の声が飛ぶ。
遼は深呼吸し、押しがけでエンジンをかけた。
ひかりの言葉を思い出す。
(曲がる前に減速……曲がりながら開ける……)
直線を抜け、コーナーが迫る。
(怖い……でも……!)
遼はコーナー手前で軽く減速し、
倒し込みながら――ほんの少しだけアクセルを開けた。
マシンがスッと内側へ吸い込まれるように曲がる。
「……っ! 曲がった……!」
胸が震えた。
後ろから高梨の声が飛ぶ。
「おい相馬! 今のいいじゃんか!」
三浦も叫ぶ。
「すげぇ! 相馬が曲がってる!!」
遼は二つ目のコーナーへ向かう。
怖さはある。でも、さっきより前に進める。
(いける……いけるぞ!)
一周を終えた遼の顔には、達成感が滲んでいた。
マシンを止めた遼の前に、ひかりが歩いてきた。
腕を組み、そっぽを向きながら言う。
「……まあ、さっきよりはマシになったね。」
遼は苦笑した。
「ありがとう。お前の言葉……効いたよ。」
ひかりは一瞬だけ目を見開き、すぐにそっぽを向いた。
「別に……あなたのためじゃないし。
同じ組が遅いと、私が困るだけ。」
そう言いながらも、ひかりの頬はほんの少し赤かった。
遼はその横顔を見て、胸の奥が温かくなった。
(……負けてられないな)
同期全体の空気も変わり始める・・・
コーナー




