公衆電話前
涙
夕食後の自由時間。
養成所の薄暗い廊下には、古い公衆電話が3台だけ置かれている。
そこには、順番を待つための小さな列ができていた。
遼はある列の二番目に並び、その後ろにまどかが立っていた。
まどかは両手を胸の前で握りしめ、俯いたまま小さく震えている。
(……緊張してるのか?)
遼がちらりと横目で見ると、まどかの肩がわずかに揺れた。
次の瞬間――
ぽたり、と床に涙が落ちた。
「……っ……」
声を殺して泣いているのが分かった。
遼は驚き、思わず声をかけた。
「おい……桐生、大丈夫か?」
まどかは慌てて顔を隠した。
「す、すみません……っ……ごめんなさい……」
「謝るなよ。泣いてるなら……先に使えよ。」
遼は順番を譲り、まどかを前に押し出した。
まどかは目を丸くし、震える声で言った。
「で、でも……相馬くんの番……」
「いいから。早く電話してこい。」
遼の言葉はぶっきらぼうだったが、優しさが滲んでいた。
まどかは小さく頷き、公衆電話の受話器を取った。
「……もしもし、お母さん……?」
受話器の向こうから、優しい声が返ってきた。
『まどか? どうしたの、声……震えてるよ?』
「……うまく……できなくて……みんな速くて……私だけ……」
言葉が途切れ、涙が溢れる。
『まどか。』
母の声は、静かで、温かかった。
『できないことがあるのは当たり前だよ。
でもね、まどかは“逃げない子”でしょ?』
「……うん……」
『今日も頑張ったんでしょ? それだけで十分だよ。
まどかはまどかのペースでいいんだよ。』
「……でも……みんなに迷惑かけて……」
『迷惑なんて思ってるのはまどかだけ。
ちゃんと見てくれる人、きっといるよ。』
『それにお父さんだって最初は大変だったて言ってるよ』
「そうだよね…」
まどかは遼の背中と父親の背中を思い出した。
順番を譲ってくれた優しさ。そして父親の強さ。
あの一言。
(……ちゃんと見てくれる人……いるのかな)
母の声が続く。
『まどか、頑張ってるよ。
お母さん、まどかのこと誇りに思ってる。』
「……ありがとう……お母さん……」
涙は止まらなかったが、さっきまでの苦しさとは違う涙だった。
まどかは受話器を戻し、深呼吸をした。
目は赤いが、表情は少しだけ前を向いている。
遼が壁にもたれながら言った。
「……落ち着いたか?」
まどかは小さく頷いた。
「……はい。ありがとう……相馬くん。」
「別に。俺も使うし。」
遼は照れ隠しのようにそっぽを向いた。
まどかは胸の前で手を握りしめ、静かに言った。
「……明日も……頑張ります。」
遼は少しだけ笑った。
「おう。俺もだ。」
廊下の蛍光灯が二人の影を伸ばし、
その影はほんの少しだけ、昨日より近かった。
日も落ち…




