表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI-Evo  作者: Machio
4/4

Chapter 4(Final)

年内までは残します

 ウェディングチャペル… そういえば、数か月前から告知されていた。アイエヴォの新スポット。確か、当初12月の初めに実装されるはずだったのが、遅れに遅れてつい二日前…12月26日になってしまったらしい。

 その有料スポットの機能は名前の通り…


「あの、まさか…」

「そう、Mintと、結婚してほしい」

「ハア?」

「落ちつきなさい」

「なにを言ってるんですかっ! 交際を解消してほしい、っていう話をしてたのに、それがなにをどうやったら、結婚する事に繋がるんですか!」

「年内だけだ。年が明けたら、離婚してくれていい。いや、結婚式はできるようになったけど、まだ婚姻関係を結ぶシステムは作られていない。だから、式はあくまでただのレジャーだ。っていうか、もともとアイエヴォそのものが遊びなんだから」

「で、でも…」

「実はね、Kotaさんに別れを切り出されるより少し前に、Mintに新しい服を買ってあげていたんだ。つまり…ウェディングドレスだ」

「はあ?」

「少々先走りしてしまったようだ。フフッ」

「いや、フフじゃなくて…。 ってか、そんなのまで売っているんですか?」

「チャペルの実装が発表された時に売り出されたんだ。まだドレスは十種類ほどだがね。もちろん、Kotaさんにもタキシードを用意してある。こちらで勝手に選ばせてもらったけれど、構わないだろう?」

「構う構わないの話じゃないですよ、僕ら…いや二人は、べつに婚約していたわけじゃないんですよ!」

「そうだね。でも、いつかそういう日が来ると期待していたんだ。それなのに…晴天の霹靂だったよ!」

 なんでキレ気味なんだよ、勝手すぎるだろう?

「要は…見たいんだよ。Mintのウェディングドレス姿を。もちろん今でもすぐに見られるのだが、チャペルを背景にした、新郎と一緒の画像や動画は、チャペルを利用しないと見られない。利用するには当然、恋愛関係でジョイントしている相手が必要なんだよ!」

「だからといって…」

「頼む! どうしても見たいんだ!」

「その、…他に相手を見つければいいじゃないですか。Mintさんなら、あのビジュアルなら、すぐ他に見つけられると思いますけど…」

 あんたが正体を明かさなければなっ!

「そんな、今からその辺の男を引っかけろ、というのかい? 一年半もの間付き合った彼女に対して、Kotaはそんな事を言う男だったのかい?  ひどいな、…ひど過ぎる」

「そっ そういう意味じゃなくて…」

 ええ? 俺が悪いの? ええ? これって、バーチャルの話だよね?

「その、今すぐ、ってんじゃなく、また他の人と親しくお付き合いをしてですね…」

「いやだ、年内に見たいんだ」

「そんな…」

 それは最初から無理な話でしょう?

「オープンしたら、すぐにKotaさんを誘うつもりだったんだ。 一緒に見学に行って、気分が盛り上がって、そのままの勢いで結婚しちゃう。親や友達に紹介し合う必要なんかない。二人だけで決めればいい。どうせニセモノの結婚なんだから。 …きっと楽しかった、きっと嬉しかったさ」

 …新しい彼女ができていなかったら、正体がおじさんと知らなかったら、もしかしたら誘われるがまま結婚したかもしれない。きっと楽しかっただろう。ウェディングドレス姿のMintに、きっとときめいちゃっただろう。今でも…見たくない、と言えば嘘になる。でも…  でもでもでもでも…

「いや~ でも… それはさすがに~」

「知ってるかもしれないが、チャペルの様子はムービーにしてもらう事ができる。かなり凄いデキなんだよ。絶対後悔しない」

「でも、結構なお金がかかるんじゃ…」

「全部僕が払う!」

 どうしてそこまで…。いったい何を背負っているんだ?

「君の、いやKotaさんのビジュアルをMintに揃えなきゃならないから、そのお金も払ってあげよう」

「え、そんな…」

「いいのいいの、こう見えても、それなりに稼いでいるから。少し時間がかかるから、その間に何か食べよう」

 おじさんは店のタブレットを手に取った。

「いや、その、まだ受け入れたわけじゃあ…」

「どうして?」

「どうして、って言われても」

「その気になりかけてただろう? 表情でわかったよ」

「いや~、 でも~」

「ほらほら、その表情だよ」

 え? そんなにヘラヘラしてる?

「新年になったら、ちゃんとジョイントを外してあげるから。べつに離婚歴がつくわけじゃない。ただ単に、新スポットを楽しむだけだ」

「でも、やっぱり彼女に悪いっていうか…」

「まだそんな事を言っているのか? いい加減、リアルと切り離そうよ!」



「は~い、ご注文ですか?」

「すみません、お腹減っちゃって。 この、プレミアムオムライスを頼めるかな? 君はどうする?」

「あ… じゃあ、同じものを」

「オムライス二つですね、承りました~」

 店員さんは楽しそうに伝票に書き加えた。

「それで、どうなりました?」

「うん、結婚する事になりました」

「えー!」

 他にお客さんがいないからって、大声が過ぎるよ。

「いったい何がどうなって、そんな面白い事になったんですか?」

 どうやらこの間は盗み聞きしていなかったようだ。 どうしてこうなったかって? 俺にもよくわからないよ。

 おじさんは経緯を楽しそうに説明した。自分も頭の中を整理しよう。

 ウェディングドレスを着たMintの姿を見たい、というおじさんの気持ちは、まあわからないでもない。時間とお金をかけて育ててきたA.I.なのだから、ホントの娘のように思っている気持ちはわかる。でも、その娘と別れたがっている俺…Kotaに、どうしてそこまでこだわる必要があるんだろうか。他に彼女ができたなんて言われたら、普通なら嫌いになって、誰がお前となんか結婚するものか、と怒るんじゃないだろうか? ただ画像や動画が見たいだけならば、知り合いに頼んだり、自分でもうひとり別のアバターを作ったりすればできるじゃないか。お金を持っているみたいだし…。

「じゃあ、ビジュアライズのお金を出してもらえるから承知したってわけ? 結局はお金かよ」

「いや、そんな理由じゃなくって」

「じゃあなに?」

「その… まあこれまでのまとめ、っていうか、結果というか、結末を見ることに納得したというか…」

「意味わかんない」

「つまりね…」

 おじさんがうまく説明してくれた。

 つまり二人のアバター…KotaとMintの、それぞれのA.I.の間には、恋人関係という情報が確かに存在している。解消してしまえば、その情報はアイエヴォから削除されることになってしまい、二度と復元する事ができない。それではあまりにも勿体ない、とおじさんは言った。結婚式のムービーは、その情報の総括となりうる。それを鑑賞する事で以て、一年半もの関係の結果報告とし、整理をつけたい、という事だ。

 その理屈に、納得してしまった。確かに、このまま失うのは勿体ない…いや、申し訳ない気がした。あくまでもアイエヴォにおいて、KotaとMintは若い男女の恋人同士なんだ。リアルの事情、つまりリアルの彼女ができた事、そして年齢差がある男同士である事 は、本来二人のA.I.には無関係な事なんだ。彼らが築いてきた愛情を、それらを理由にしてむげに削除する権利が、果たして自分にあるのだろうか? いや、たぶんない。半分以上はA.I.が会話し、行動してくれていたんだ。Kotaには自己を主張する権利が、Mintを愛する権利がある

…のかな?

「それで、今は何してんの?」

 どんどんフランクな物言いになってきたな。

「Kotaのグラフィックレベルを上げているんだ。もうすぐ完成する」

「あの… ひとついいですか?」

「なんだい?」

「その、彼女にこの事を話してもいいですか? きちんと事情を説明しておきたいんです」

「Mintと結婚式を挙げる事をかい? 隠しておくことは容易だろ?」

「そうですが、やっぱり黙っておくのはちょっと…」

「うわ~ 真面目ぇ~」

 フランク過ぎるって。

「もちろんいいよ。彼女にも理解してほしい」

「じゃあちょっと、メールしてきます」

 俺は席を離れて、わざわざトイレに入ってメールした。もしも返信がなかった場合、電話をかけてみようと思っていたからだが、返信はすぐに来た。



 おじさんと店員さんが向かい合って話している。彼女は俺の席に座っている。オムライスはどうした?

「おかえり、どうだった?」

 この()、俺より年上なのかな? 年下っぽいんだけど…。

「その… あの… 彼女も結婚式に出席したい、と…」

「え?」と二人とも言った。

「その、式には他のアバターが列席する事もできるらしくて…」

「そ、そうだよ! 招待されれば可能なんだ。ホントにそう言ってくれたのか?」

「ええ、まあ…」

「そ、そうか! これは期待以上だ! ぜひともお願いするよ!」

 おじさんハイテンション。

「ほら~、絶対喜ぶって言ったじゃない」

 君はまだ席をどかないの? そうなの?

「そうだっ!」

 ハイテンションは続く。

「列席者もムービーに参加する事ができるから、彼女のグラフィックも上げてあげよう。全部僕が払う!」

「いや、なにもそこまでする事…」

 全部で七、八万くらいかかるんじゃないのか?

「いいんだよ! すごく嬉しいんだ! ぜひ払わせてくれ! そうだ、よかったらお姉さんもどうだい、今からでもアイエヴォを始めてさ、ぜひ式に参加してよ!」

「いえ、結構です。めんどくさい」

 ハイテンション、ばっさり終了。


 彼女に改めて連絡して、アイエヴォを開いてもらった。彼女は恐縮して、最初はビジュアライズを断っていたが、おじさん=Mintの押しに負けて、とうとう承諾した。

 俺と彼女のアバターが、情報はそのままに、美麗なグラフィックで以て新たに生まれ変わった。

「うわ~! 美男美女! おこがましい~」と、俺のスマホを奪った店員が唸った。

 この女、まだどかないのか!

「いや、こんなに盛らなくていいです、って言ったんだよ」

「いいじゃないか、せっかくなんだから」

「え~ 彼女はさ、リアルでもこんなにかわいいの?」

「え、いや… まあその、 結構似てるかな」

「へえ~ いいなあ~」

 そんなわけないだろ~ こんなの、人気アイドルや女優なみじゃないか。

「さあ、式が始まるぞ、観よう」

 おじさんがテーブルの上に自分のタブレットを置いた。立っている俺に画面の正面を向けてくれていて、両側からおじさんと店員が覗き込んでいる。

 三頭身のKotaとMintが並んで、ウェディングロードを歩いている。それぞれタキシードとウェディングドレスを着ている。英語の讃美歌が流れている。スマホゲームのような、それなりに凝ってはいるが、簡素化したデザインのCG画面だ。お金がかかるムービーは、このプレイ画面の情報をもとに、後で作成される。これまでの二人の交際の歴史が、回想シーンのようにいくつも挿入されている。出会った時の直リプでの会話、交際を申し込んで、受諾してくれた時の会話、 A.I.任せにしたデート、悩みを聞いてもらった時の…。 キスをした時の…。

 あれ? なんだか…結構感動しちゃっているぞ。 Mintが、Kotaがすごく愛おしいぞ。これはどういう感情なんだろうか。 二人は、こんなにも仲良くなっていたのか、こんなにも愛し合っていたのか。

 指輪交換、誓いの言葉、誓いのキスを経て、式は終わった。一人だけの列席者…俺のリアルでの彼女が、拍手をしてくれている。俺も、おじさんも、店員さんも拍手した。


「ムービーが完成するまで一時間ほどかかる。どうする?」

「どうする、って…」

「僕の願いはこれで叶った。ムービーは後でいくらでも観られる。Kotaさん…君は、もしも観たくないなら、観ずに済ませるのは勝手だ」

「え~ 絶対観たい~」と、店員さんが言った。まあ、そりゃそうだろう。ここまで来て、観ないで済ませられない。

「あの、彼女が観たがると思いますし…」

「彼女さんとは今回の事で知り合えたから、僕の方からお見せする事はできるよ」

「あ… でも…」

「君はどうしたいんだ?」

「み、観たいです」

「わかった」

「はい、じゃあオムライス二つでしたね。少々お待ちくださ~い」

 ようやく席を空けてくれた。一時間…閉店時間を過ぎてしまうけれど、 …構わないみたいだ。



 二人は黙って食べていた。ずっと下を向いている。うす黄色の皮膚をスプーンで突き破り、赤い血肉をえぐり出し、皮膚と一緒に口に入れる事に集中していた。

 二人は初対面だというのに、短い時間でとても親しくなったように見える。お互いの年齢や地位を気に留めず、本音を言いあい、非難したり、褒めたり、慰めたりしていた。

 …おかしな話。 アイエヴォなんか必要ないじゃない。


 食べ終わっても、二人は黙ったままだ。結末が近いからだろうか。二人の関係はもうすぐ最終結果が出て、その後、今年と共に終わりを告げる。それを粛々と待っている、という気持ちなのだろうか。それとも、終わりを惜しんでいるのだろうか。


 食器を下げて、洗って、そしてお水を注ぎに行った。

「完成したよ」と、おじさんが言った。

 あたしは立ったまま、正面からタブレットを見せてもらう。両側からおじさんと男の子が画面を覗き込んでいる。

 ものすごくきれいで、滑らかな映像が映し出された。内容はさっき見たものと同じだが、グラフィックは雲泥の差どころの話じゃない。とても日本人には見えない、八頭身のイケメン新郎とかわいすぎる新婦が、それぞれ真っ白の華やかなタキシードとドレスを着て、モデルのようにぴんと背を伸ばし、堂々と並んで歩いている。さっきと同じ回想シーンもやはり挿入されているが、それらも超美麗なグラフィックで再現されている。数シーンは声まであった。当然男の子やおじさんの声じゃない。讃美歌もずっと迫力を増している。二十人くらいいる聖歌隊、太った外人の牧師もCGだ。

 確かにすごいムービーだけど、やっぱりなんかおかしくて笑っちゃう。でも当人たちは、二人はあきらかに感動している。二人とも目が潤んでいる。

 指輪を交換し、誓いのキスをする。男の子の彼女さんが拍手している。彼女もとてもきれいで、レース素材に見える、うすいピンクのドレスを着ている。最近できた彼氏のアバターが、前の彼女…おじさんのアバターとキスをしている姿を見て、CGと同じように感動しているのだろうか? それとも大笑いしているのだろうか? あたしなら後者だけど…。


 三~四分程度のムービーが終了した。総括が完了したのだ。

 二人がどんな感想を言い合うのか楽しみにしていたのだが、男の子はすぐにトイレに走った。両目が赤くなっていた。そんなに感動したか。

 おじさんがタブレットをバッグにしまう。このまま黙っておこうと思っていたのだが、もう二人と会う事もないのかな、と思うと、もしも言うのなら、片方がいない今が最後のチャンスと考えてしまった。

 あたし…イヤな奴だな。

「うまくいきましたね」と、おじさんの背中に投げかけた。

「ん? ああ、願いが叶ったよ」

「願いというより、お仕事がうまくいった、という事でしょう?」

「どういう意味だい?」

 おじさんは背を向けたままだ。

「さっき、オムライスをご注文いただく前にね、バックヤードで調べものをしていたんですよ」

「調べもの?」

「アイエヴォを作って、運営している会社のホームページや、記事をいろいろ見たんです」

「…それで?」

「ちっちゃい画像でしたが、見つけましたよ。 広報戦略部長さん」

 ようやくこちらを向いた。とくに悪びれてはいない様子だ。まあ、別に悪いことをしたわけじゃないと思うけれどね。

「どうして?」

「だってほら、熱っぽく話されていた内容が、アイエヴォの回し者としか思えなかったんですよ」

 おじさんは大きく息を吐いた。

「バレちゃってたか…」

「部長自らとはお疲れ様ですね。こういうのは、部下にやらせるもんじゃないんですか?」

「こういう事こそ、責任あるものがやらなくちゃならないんだよ。それに、自分で楽しめないくせに広報戦略を立てるなんて、おかしな話だろう?」

「なるほど」

「だから、やっぱり仕事以上に願いだったんだよ。 A.I.の検証を兼ねていたのは確かだが、交際を楽しんでいたのは本当だ」

「結婚まで強要したのは、やり過ぎではないですか?」

「強要していたかい? 粘り強く説得していたつもりなんだが…」

「まあ、最後は納得していたから、説得といってもいいでしょうね。ちょっとしつこいとは思いましたが…」

「そうだね。ちょっと見苦しかったかも知れない。反省するよ。チャペルの実装が遅れてしまい、二日経ってもひと組も利用者がいない事に、かなり焦っていたんだ。それでね…」

「クリスマスの後になってしまったのは最悪ですね、それならいっそ、来年にしてしまった方が良かったんじゃないかな」

「大晦日や元旦は逃せないよ、必ず多くの利用者が出てくる。でも、それまで利用者がいなかった場合、多少影響が生じるかもしれない」

「じゃあ、(せき)を切る役割のために?」

「どうなるかな?」

「さっきのムービーを、いろんな所に投稿しちゃえばいいんじゃないですか? 反響あると思いますが」

「最初はそのつもりだったんだが… やめておくよ、彼が認めないだろうから。 サンプルムービーは他にあるしね」

「実際のユーザーのものの方が、宣伝効果は高いでしょう? 説得すれば、あのコなら落ちちゃうんじゃないかな」

「いや… これ以上、嫌われたくないからね」

「そうですか」

 あんたね、ちっとも現実とバーチャルを切り分けていないじゃないの。

「彼に言うかい?」

「言いません」

 おじさんはコートを着てから、「どうして?」と尋ねた。

「Kotaの友達と、Mintのお父さんなんでしょ? キッチンスタッフはもうとっくに帰ったし、お店の中にいるリアルはあたしだけ。他はみんな、コーヒー豆も、高級赤ワインを使った本格デミグラスソースも、薩摩地鶏を使ったチキンライスも、なにもかもニセモノ。 そんなもの、あたしにはどうでもいい」

 おじさんは笑った。

「一度、アイエヴォをやってみてよ。嵌ると思うんだけどな」

「気が向いたら」

 おじさんは一万円をレジカウンターに置いて、おつりは要らないと言って出て行った。残業代には十分だね…。

 約一分後に、男の子がトイレから出てきた。

「あれ?」

「先に帰られました。お礼を言ってたよ」

「あ、そうですか…」

 寂しそうだな。 ホントに別れるのかな? それとも三人で交際を続けるのかな?

「じゃあ俺も…」

 男の子が飾りだけの古いレジスターをめずらしそうに眺めながら、綿パンの後ろポケットから財布を取り出した。

「あ、お代は、Mint父にお支払い頂きましたよ」

「あ、そうか、…ありがとうございます」

 あたしにお礼を言われてもな…。

「それじゃあ、あの…さようなら」

「ありがとうございました」

「あの…」

「はい?」

「遅くまでごめんね、ありがとう」

「…彼女さんと仲良くね」

「あ、うん… 君も…誰かとその、仲良く」

 …変な事言うね。 でも、いいコだな。たぶん年上だろうけど。

 Mintとも仲良くね、と言ってやりたかったが、やめとこう。


 控室に入って、ロッカーから自分のデイパックを出した。閉店時間を過ぎて、タイマー設定されているエアコンがとうに切れていたせいで、店内はひどく冷えてきた。

 もう十時前じゃないの、さっさと鍵をかけて、店長のところに返しに行って、狭いワンルームに帰って、熱いシャワーを浴びてから寝よう。

 あたしはスマホを取り出して、AI-Evo(アイエヴォ)のアイコンに指先を置いた。

 タップしたのか、ドラッグしてアンストしたのかは… 教えない。


終わりです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ