Chapter 2
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AI-Evoかぁ。
…よくやるよ。あたしなんて、現実で生活するだけでいっぱいいっぱいなのに、よくもバーチャルでまで面倒を背負いこもうと考えるものだ。
話は何度も聞いたことがある。実際、かなり流行っているし、友達に誘われた事もあった。
要はネットで仮想空間を共有し、アバターで様々な人と交流を持つ…ありふれたメタバースコミュニティのひとつでしょ。ただしアイエヴォは交際目的に特化していて、PCやスマホの2D画面、またはVRで見る3DCGでつくられたバーチャル空間はレジャー、つまりデートスポットがほとんど。飲食店や公園、遊園地、映画館等、あらゆるものがある。当然実際に飲食する事は不可能だし、スポーツを楽しんだり、絶叫マシンを体感したりする事もまだできないけれど、映画館では本当に新作を鑑賞する事ができるし、イベントやコンサートなんかは、現実とリンクしてライブ映像を見る事ができる。そういうものには当然、別途料金がかかるけれども…。
他と違うのは、 〝現実を持ち込まない〟 がユーザー同士の約束事となっている所だ。友達関係を結ぶのも、恋愛をするのも、あくまで関係を持つのはアバター同士。アバターのキャラクター設定に自分を投影させるのも、まるっきり別人に設定するのも自由だ。自分と同じ年齢性別、性格、容姿を設定すれば、よりリアリティを感じて疑似恋愛を楽しむことができるだろうし、またまったく違う…自分の理想像を設定すれば、現実では適えられないようなモテ生活を楽しむことができるかも知れない。性的マイノリティが本来の自分を解放できる空間としても、人気があるらしい。
当然、アバターがどれほど美形でも、お金持ちでも、そのアバターを操作している本人がそうであるとは限らない。あのおじさんのように、若い女子を装っている場合も多々あるわけだ。だけど、〝現実を持ち込まない〟ルールにおいて、それを責める事、もともと疑う事すらNGなのだ。
ルールを無視して現実を持ち込む人も多くいるらしい。インフルエンサーや地下アイドルがわざと身バレするようなそのまんまのアバターをつくり、SNSだけではもの足りない自己顕示欲を充足させようとしたり、ましてや宣伝、営業したりするケースがあるらしいが、アイエヴォにおいては逆効果になる…つまりルール破りを非難される場合が多く、ディスられ、シカトされた挙句、退会するはめになる。
素人でもあまりにでき過ぎた、ようは全方面にスペックが高すぎるアバターを作成した場合もまた、過剰な嘘に拒絶反応を示され、やはりシカトされる。かといって自分そのままの…つまり大した個性のないアバターをつくって、ひとり彷徨っていたとしても、なかなか相手にしてもらえないらしい。…その丁度いい匙加減を見極めるのに、十回も二十回もアバターを変える事は普通、と聞いた。アバター作成の指南をするサイトまで複数ある。
アバターのルックスはCGのグレードを上げたり、服装を変えたり、また声を付ける事までできる…が、これも当然お金がかかる。そのグレードアップしたグラフィックは、本人以外はジョイントしなければ(友達関係や恋人関係を結ばなければ)見られない。通常の画面上では、つまり無関係な間柄では、性別は男女二つのみ、顔つきとスタイル、髪形、肌の色の組み合わせが八十パターン程の三頭身モデルしか見られないのだ。 友達関係を結ぶとお互い写真を撮った時に(あくまでもバーチャル空間内でだが)互いにグレードを上げたグラフィックを交換でき、恋人関係を結んだ相手には、多少アダルトな設定の画像や映像を表示しあう事ができる。もしも片方がグラフィックのレベルを上げていない場合、もしくは大きく違うデザインで作成している場合、同一画面で一緒に撮った画像は、かなりシュールな絵面になってしまう。なので、とくに恋人関係を結んだ間柄では、グラフィックのレベルやデザインを統一させるよう努めるらしい。
よくもそんなめんどくさい事をやるもんだ。よくもそんなお金と気をつかえるものだ。と否定して、あたしは以前友達からの誘いを断ったが、彼女は食い下がった。
アバターはキャラ設定以外の多くを、A.I.が勝手にやってくれる。キャラが決まったアバターは、その設定に従って勝手に行動し、勝手に話しかけ、勝手に受け答えし、勝手に友達候補をつくってくれる。ジョイントする以外の事は、オフライン時でもオートでやってくれるらしい。つまり、しばらくやらないで放っておいても、いつの間にか友達、恋人候補ができているらしいのだ。その間の行動や会話は履歴に残り、あとで回想できるらしい。 もちろん自分で操作する事も可能だ。リアルタイムでの会話は直リプ(=スマホやキーボードで文字打ち、あるいはスピレコ)かピクリプ(=複数ある選択肢から選ぶ)でできるし、行動もまた操作、選択できる。 他のアバターがA.I.か本人かは、基本提示されないらしい。
という事は、A.I.相手に 〝友達になってください〟 とか、〝好きです、付き合ってください〟 とか言っちゃう場合があるの?
相手が保留にした場合は、その可能性が高いっていう事。
馬鹿馬鹿しい、あたしゃごめんだよ。
馬鹿馬鹿しくていいんだよ。ただのゲーム。もう一つの、現実とは違う生活をぼんやり、自由に楽しむだけの話。
そんなの、意味ないじゃない。
意味がないからいいの。バーチャルなのにさ、そこで現実のキャリアアップに繋がるとか、外国人と知り合いになれるとかいうヤツ、鬱陶しいじゃない。そういうのを排除しているところが他と違うの。本気になっちゃダメなの。
あたしはそんなものに本気にならないけれど、ニセモノの生活を楽しめるほど時間とお金に余裕はないよ。やめておきます。
本気にならないなら、お金も時間もあまり使わないよ。これを片手間の遊びにできないようじゃ、時代に取り残されていくよ。
(けっ、大きなお世話だ)
とは言っても、実はまったく興味がない、というわけじゃなかった。奨学金を借りている四年制の女子大生、というわが身は、日々講義とバイトに追われる灰色の青春をおくっている。見た目に多少の自信はあるのに、人生で一番モテると思われるこの時期に身近にいる異性は、細マッチョは全女子が好むと勘違いしている同ゼミのスキンケア男と、髭を生やせばデブが緩和されると勘違いしているバイト先の…このカフェレストランマネジャーの二人のみ。はっきり言って、どちらも好みじゃない。なのに単位とお金のために、二股気味の交際をしている。…かなり黒ずんだ灰色と言っていい。そんな日常を振り払いたい衝動にかられる時が、わりと多くある。かといって現実ではこれ以上、生活の場を広げる事は不可能だ。
バーチャルでストレスを減らすことができるだろうか? 現実を持ち込まない、ニセモノの交際ならどうなったっていいし、勝手にやってくれるっていうし、何時やめちゃってもいいわけだからあと腐れはないだろう。時間もお金もかけないで、趣味を語り合える友達、愚痴を聞いてくれる友達ができるなら、セックスしなくていい彼氏ができるなら、それも楽しいかも知れない。
そんな風に考えてスマホにアプリをダウンロードし、登録し、アバター作成まで進んだ時があった。お金をかけたくないから、三頭身キャラで通すと決めていた。それでもなるべくかわいらしい、かつ自分とかけ離れていないルックスを選んだ。おめめパッチリ、サイドダウンの黒髪ロング…めっちゃかわいいが、そんなに嘘はついていない…はずだ。年齢、血液型、星座も本当の事を、スタイルはスレンダータイプ、性格は…明るくて社交的だけど、実はちょっとだけ皮肉屋で… と設定していたところで我に返った。
いや、けっこうマジになってるじゃないの、恥ずかし。…これって、自分とまるで違うタイプにする方が安全かも知れない。精神的に。
そして設定をやり直した。いっそ男になるか? そんでナンパしまくるか? もしくはチビデブ中年になって、セクハラ発言をしまくって嫌われるのも面白いかも…。 いや、そんなの趣味が悪いし、意味がない。やっぱり最初に戻して、少しだけ変えるか? 血液型をBにしてみる? 星座を水瓶座にしてみる? ………。
そして三時間も費やした後…やめた。
あたし、いったい何をしているの? バカなの?
と独り言を言ってアプリを終了させ、布団を被って寝た。そしてそのまま、二度とアイエヴォを開くことはなかった。とうに無料期間は過ぎているし、きっとこの先もやらない。しかしまだアプリは残っている。
やらなかったのは、友達が言うようにマジになったらヤバい、と思ったからだ。現実と切り分けられなかったらどうしよう、と感じた。自分の中に、その危険性を見つけてしまった。〝バーチャルなんて意味がない〟と考える事、そもそもニセモノに意味を求める事が危険なのだ。要はあたしのように真面目な人は、やっちゃダメなのよ。二股かけてる女が言う事じゃないかも知れないけれど。
あのおじさんと男の子は…二人とも真面目に見えるけれど、なんだか揉めているみたい。男の子の立場からすると、アイエヴォで付き合っていた女の子が、実はおじさんだったって事か…よくある事だと思うけれど、実際にそのおじさんとああして会ってしまうと、笑えないだろうね。 おじさんの立場だと、自分が手塩にかけてつくったアバターが、無下にふられてしまったという事か… う~ん、わかるようなわからんような、奇妙な感情だね~。
でも傍から見ると、やっぱりアホだよね。バーチャルは所詮ニセモノ、そこにマジで価値を見出そうとするのはナンセンス、って事ですよ。そんなだから、ブレンドとブルーマウンテンを配膳する時に、逆にしてしまって焦ったあたしに気づけないのよ。
まあせっかくですから、新しい時代の進歩主義系カップルの行く末、ってのを見届けたいよね。できればレポートにしたいくらい。 もっと近くで聞きたいな~。ここからじゃ良く聞こえないよ。 でも他にお客さんがいなくなってしまったし…。
あっ 追加オーダーだ! やった!
明日 3




