狐地獄
〈麦の秋狐ふらりと散策す 涙次〉
【ⅰ】
永田です。さて、『季刊 新思潮』第2號・2025年夏號であるが、
〈無題〉此井晩秋
聊斎志異が襲つてくる
私の煎餅蒲団には
狐の毛が落ちてゐる
物語に誑かされ、浮かれた詩人
で ありたいものだ
祝祭を司る神に
何か返礼をしなくちや
狐の毛は、私の抜毛なのだと
気付く迄 私には武器がなかつたが
今、自覺する
誑かしは
私の成長の(一端では)記録
作者遁走!
あなたに向かひ
これで140字詩なのだから恐れ入る。また、これは明らかに私の事を詩つた詩で、敬して接せず、の方向に傾いてゐた、私のじろさんへの思ひは、これで一變した。
【ⅱ】
『季刊...』と云へば、* 八重樫火鳥の、テオ=谷澤景六への片戀を思ひ出す。だが、今や火鳥は、私の襤褸アパに入り浸つてゐる... 有名人の彼女が、電車を乘り継いで、埼玉くんだり迄日參してゐるのである。だうしたものか、猫との種の違ひは、流石の浮氣者の(それだけ情熱的であるのだ)火鳥にも、超えられない一線とやうやく分かつたのか。分相應(?)に、彼女の氣持ちは、今、私に傾いてゐる。猫の次は、3回りも年上のをぢさんか- だが、美女は美女。私の每日にも張り合ひが出た。彼女は身長176cmで、私より3cmも脊が髙い。思はず私は、スーズ・ロトロを脇に従へた、初期のボブ・ディランの氣分。まあ(重ねて云ふ)56歳のをぢさんですがね。私の猫、風は、突然の人間の女性の出現に驚き、然し、暫くして彼女に慣れたやうだつた。
* 当該シリーズ第117話參照。
【ⅲ】
で、そんな私が、『季刊...』の在庫を調べやうと、カンテラ事務所(發行所はこゝになつてゐる)にpopz110(お氣付きとは思ふが、私はバイクの免許、AT限定、小型二輪限定免許 -所謂原付二種- しか持つてゐない。それでも芳醇なバイク體驗が出來る。いゝ世の中になつたものだ)に乘つて赴くと、カンテラ、丁度晝飯どきであつたが、「永田さん、饂飩でも食ひにいかないか?」
カンテラが、人間を飯に誘ふ、即ち人間の飯を食はうと發案する、のは極めて珍しい事ではあつた。
カンテラ、店に入るといきなり、「冷やし狐饂飩、二つね」と私に確認もせず、オーダーした。
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〈饂飩屋も冷やしの季節カンテラは腹に一物饂飩を奢る 平手みき〉
【ⅳ】
「狐地獄、つて譯だよ」-「なんだいその狐地獄つてのは」私は鈍かつた。
「安条が、火鳥の件で世を儚んで、出家する、と云ひ出した」私は、饂飩が鼻から飛び出ないやう、氣を付けるしかなかつた。「で、狐? 一方の狐が私だと云ふ事は分かるが」私は、知つての通り、銀狐と號してゐる。「安条が師事した僧侶つてのが、飛んだ喰はせ者でね。白藏主つて云ふ、狐の魔物、だつたんだ」-「【魔】も『ニュー・タイプ』の世代なのに、それはまたアナクロな」-「さう、オールドウェイヴ中のオールドウェイヴだ。日本古來の妖怪だよ」-「安条は大丈夫?」-「憑り殺される前に、白藏主は、俺が斬つた。じろさんなんか、人の痴話喧嘩の事など、おら知らん、とか、お冠だつたぜ」
私はじろさんの中で、減点1、と云つたところだつたのか。でも、「狐地獄」の意味だけは分かつた。安条の身の上が、何となく心配になつたが、折角手に入れた美女を、はいさうですか、ぽん、と返す氣にもならない。
【ⅴ】
更に云ふと、こゝは私が仕事の料金を払ふべきな立ち場にある事、明白だつた。「少し、待つて貰へないか」-「いつ迄だつて、待つさ。だが逃げるなよ」そんなふうに、口さがないカンテラだが、彼はいつでも人間の味方なのだ。前回だつて、大自然の産んだ子、山の精・「ハンターカブ【魔】」に味方しなかつた。飽くまで狂氣に囚はれたバイク乘りの人びとの側に立つた。今回の白藏主斬りも、その路線上にある。
私は、火鳥に、纏まつたカネを借りた。恥も外聞もあるものか。そしてそのカネ、殘さずカンテラに献上したのだ。ヒモ呼ばゝり覺悟の上、である。「ОK。狐地獄、これで脱却だ」
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〈をみなたち何を求める輕羅にて 涙次〉
ふと、白藏主を産んだのは、私の心だと云ふ、變な直感に悩まされた。戀とは斯くも難しいものである。お仕舞ひ。