Let's レコーディング!
私たちのデビューとシングルの発売が開始された後、由依さんたちのセカンドシングルも発表、発売になる。
そちらは、冬ごろに予定されている、らしい。
これは、同じ事務所だから蓉子さんからそれなりに伝えられているというだけで、私たち自身、自分たちのことで手いっぱいで、そちらにまで注意していられるような状況ではなくなっているからだ。もちろん、嬉しい悲鳴というやつなのだろうけれど。
デビューしたてだから、そっちに気を回せるほどに暇はないだろうし、むしろ、暇じゃなく、予定が埋まっているほうが良いとさえ言える状況だ。
事務所のホワイトボードにも、私たちのユニット名の欄ができて、予定も入り始めている。
加えて、学業も疎かにはできないし、もちろん、レッスンの時間だってある。
そのわりに、中学生――つまり、未成年――だから、遅くまでは残っていられないという。それはありがたいことではあるんだけど。
「詩音、レコーディングスタジオって、見学したりしたことある?」
「ないよ。奏音はあるの?」
奏音も首を横に振る。
「私もない。だから、すごく楽しみ」
というわけで、私たちは蓉子さんの付き添いのもと、レコーディングスタジオへ向かっていた。
今日の養成所の事務仕事やトレーナーは、ほかの人たちだけで回すことになっているらしい。
「レコーディングには段階があって、まず必要なのはオケ録りと言いまして、ドラムスやベース、ピアノなどの伴奏の録音があります。そこで完成した伴奏のことを『カラオケ』と言います」
道すがら、蓉子さんが説明してくれる。
「これからおふたりにしていただくのは、歌ダビと呼ばれる、いわゆる、その録音された伴奏に合わせて、歌っていただくという工程になります。それが終わると、ミキシング、いわゆる、編曲して、完成させることですね。その後、マスタリング作業になり、それから先は製造の仕事になっていきます」
私たちは、歌の収録以降、作業に関係することはなくて、その後の販売戦略の仕事に移ることになっている。
いわゆる、PVやジャケットの撮影だったり、ラジオ番組やネットラジオなど、メディアへの出演だったり、それから、もしかしたら、テレビ出演も、ないとは言い切れない、と希望を持つことは自由だと思う。
なんにしても、このCDの出来次第だということには変わりない。
「おふたりとも、歌詞は飛ばされていたりしませんね?」
「はい」
緊張して頭が真っ白になっている、なんていうこともない。
体調も、喉の調子も万全だ。
レッスンはしっかり積んできたし、蓉子さんのお墨付きももらっている。
「今回は、CDのためのレコーディングなので、歌と一緒に踊り出したりしてはいけませんからね」
変な音が入る、というのは、編曲作業で消したりできるのかもしれないけど、そもそも、収録のスタジオが、ダンスまでできるほどに広いところじゃないからね。マイクだって、固定されているものらしいし。
そんな諸注意を受けつつ。
「おはようございます、本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
蓉子さんに続いて、頭を下げる。
「お待ちしていましたよ、『ファルモニカ』さん」
迎えてくださったのは、幸水さんという方で、黄色いレンズのサングラスを襟元にかけた、真っ白なシャツとパンツの上下に真っ赤なトレーナーを肩から下げて裾を結んでいる、四十代近くに見える男性だ。
「先日、『LSG』の皆さんのレコーディングを済ませたと思ったら、また新しいグループを送り出してきてくださるなんて。『LADY STEADY GO』も良い曲でしたし、今回も期待させていただきますよ」
由依さんたち『LSG』のデビュー曲は『LADY STEADY GO』と、ユニット名と全く同じだった。
どっちが先なのかなんていうことはわからないけど、わかりやすいし、覚えてもらいやすい。
なにより、私たちはここからなんだという、強い意思を感じられる。
「調子はいかがですか? 先にいくらか練習して流しておきますか? やっぱり、皆さんには最高の状態で収録していただきたいですからね」
「どうしますか、おふたりとも」
幸水さんに尋ねられて、蓉子さんが振り返る。
「そうですね。よろしければ、発声練習の時間くらいはいただけるとありがたいです」
今日は、朝一番でここへ来ている。
日課で、朝のランニングと、発声練習はこなしたけど、歌に慣らすという意味では、今日はまだだ。
「奏音はどうする?」
「私も詩音と一緒にやるよ。パートナーだからね」
そういうわけで、音響、マイクのチェックや、スタジオの雰囲気に慣れるというところも含めて、奏音と二人、マイクへ向かう。
「マイクチェックお願いします」
スタッフの方から声が届き、私は奏音と顔を見合わせて頷き合い。
「月城詩音です。今日はよろしくお願いします」
「如月奏音です。同じく、今日はよろしくお願いします」
レコーディングスタジオのスタッフの方たちに頭を下げる。
半日、いや、もしかしたら、一日だってお世話になってしまうかもしれない。
「良い声出てますよ。その感じでいきましょう」
スタッフの方たちから指示を受けて、軽く喋ってみたり、歌ってみたり、立ち位置とか、マイクの高さとか、細かいところを調整していく。
していくとはいっても、してもらうという感じではあるけど。
「OKです」
「スタンバイOKです」
ブースの向こうの声が聞こえてくるのは、まだそちらとの線が切れていないからだろう。
「じゃ、『ファルモニカ』さん、録音は後で編集したりもしますので、失敗しても全然かまいませんから。時間的に次が入っていて押しているというわけでもないんで」
始めます、と声が掛けられてから、カウントダウン。
五から始まり、二と一は聞こえなかったけど、直後、USBが擦り切れるほどに聞きこんだ音楽が流れ始める。
余計な負担や心労をかけないようにと、あるいは、私たちの年齢を見てか、失敗してもかまわない、なんて言葉をもらったけど、失敗なんてするつもりはまったくない。
慢心とかじゃなくて、それだけのレッスンを積んできたという自負がある。
リハのつもりでとか、練習は本番のように、本番は練習のように、なんてよく言われたりもするけど、そんなぬるい気持ちでなんて歌っていられない。そんなことをしていたら、あっという間に奏音においていかれてしまうから。
奏音に私に合わせさせるんじゃない。私が奏音に必死についていかなくちゃいけない。そうしないと、満足できるクオリティにならない。
話し合った結果とはいえ、私の望んだ、アイドルソングだ。気持ちで奏音に負けてはいられない。
呼吸のたび、全身の細胞に燃え滾る熱が注ぎこまれてくる。
奏音の鼓動を感じる。それはぴったり私の鼓動とリンクしていて、それがまた、私を熱くさせる。
これが、ノる、という体験なんだろうか? 私が奏音と重なり、奏音が私と重なる。私たちは『ファルモニカ』という乗り物になって、音楽という奔流にそのまま流される。
少しでも遅れたら、それは空中分解を起こしてしまう。私は必死にしがみつく。
脳が弾けて、目の前に火花が散る。輝ける星は眩しくて、私の目を焼いてしまいそうだ。
今自分がどこに立っているのかなんて、あやふやになって、ふらふらしてくる。
それでも、喉から紡がれる歌は止まらない。
ああ、なんて、気持ちが良いんだろう。今なら、なんでもできるし、どこへでも行けそうだ。




