レコーディングを控えて
◇ ◇ ◇
「デビューライブ当日には、物販により、おふたりのユニット曲を収録したCDも販売されます」
「CD……!」
蓉子さんに教えられて、私と奏音は自然と手を取り合った。
「併せて、ネットに投稿するPVの撮影も行っていきます」
「PV……!」
さっきから語彙が貧弱になっているけど、具体的な仕事の話になってくると、実感が伴ってきて。
もちろん、今までのことだって、仕事には変わりなかったのかもしれないけど、それでもいよいよとなると、感動も一入で。
「CDの形態はシングルで、収録される曲はおふたりのご要望にできる限り沿った形の曲、『Shining Brightly Stars』となります。こちらが歌詞カード、そして、デモの音源となります」
さすが、蓉子さんは準備も万端で、ノートパソコンにUSB端末が挿しこまれているものを見せてくれる。
もちろん、イヤホンは差し込み済みで、当人にしか聞くことのできないようになっていたけど。ほかの、養成所に通っている生徒に聞かせるのは、今はまずいということで。
私と奏音はイヤホンを左右で半分づつ使い。
「わあっ」
聞いた瞬間、奏音が小さく歓声を上げる。
それはそうだろう。私も上げたからね。
自分たちで歌う、私たちのための歌を、歌詞のついていないデモ音源とはいえ、初めて聴いたんだから、それは感動もするし、テンションも上がるというものだ。
「なんというか、思っていたより格好良い感じなんですね」
もっと、ポップ調な、あるいは、キュート系の音源だと思っていたけど、どちらかといえば、クールな系統だろう。
「歌詞もあるんですよね? 見たいです!」
「はい。こちらになります」
次いで差し出された歌詞カードを、受け取った奏音と一緒に食い入るように眺める。
学校のテストではないわけで、収録のときにだって見ながら歌うのでかまわないわけだけど、ライブなんかでは、当然、そんなわけにはいかないし、だったら、最初から覚えるつもりでいる。
奏音みたいに、一度聴いたら覚えるなんて特殊能力はないけれど。
「――こんな感じかな」
一曲の時間は四分三十秒くらい。
それを奏音は見事に歌い切った。
「すごい! すごい!」
私は、もちろん、蓉子さんも、目一杯の拍手を送る。
今、初めて聴いて、初めて目にした曲で、いきなりここまで合わせるなんて。
奏音には言わないけど、これで自信が持てない理由がわからない。やっぱり、十分、特殊能力と呼べる範疇だと思う。
「奏音、天才」
「惚れ直した?」
そんな茶番を挟みつつ、奏音のような特殊能力のない私は、何度かメロディを聞き、奏音にも歌ってもらった。
奏音は、歌詞カードとデモ音源だけにもかかわらず、それらを自分の中で合成して、ちゃんとした歌にすることができたから、それを聞くことで、私の記憶も驚くような速さで定着させることができた。もちろん、奏音の歌唱技術があってのことだ。
「……おふたりの実力は知っているつもりでしたが、それでも正直侮っていると言えるレベルでしたね」
蓉子さんは、まさに、驚いて、あるいは、呆れてものも言えないような――もちろん、良い意味で――顔をしていて。
「すごいのは奏音ですよ」
奏音が隣で歌ってみせてくれていなければ、私だって、こんなに早くに覚えきることは不可能だっただろう。
というか、これって、私たちのデビューシングルっていうことは、これが公式っていうことで。
「もしかして、お金払ったほうが良いのかな?」
「あははっ。なに言ってるの、詩音」
あとは、歌詞が飛ばないようにすることは当然として、奏音と合わせることだ。
「PVって、どこで、なにを撮影するんですか?」
多分、今からだから、地方まで行くロケが必要、なんていうことじゃないとは思うけど。
「旅行などといったように、遠出する必要はありませんよ。多少、出かける必要はあるかもしれませんが、ここから、車であれば、一日もあれば、十分過ぎるほどに余裕を持って往復できると思います」
撮影中に歌うということもない。
そもそも、新曲のPVなわけで、当然、流れるのはその新曲になるから。
「夜間の撮影などもありますが、こちらは、私たちで行っておくので、おふたりに出張っていただく必要はありません」
夜間で、私たちが必要ないってことは、曲から考えると、星空とか、そんな感じの撮影なのかもしれない。
まあ、そのあたりは、出来上がりを楽しみにするということで。
「おふたりに一番頑張っていただく必要があるのは、レコーディングですね。これは、スタジオを借りて行う必要があります。ここの建物には、そんな施設はありませんから」
さすがの蓉子さんも、レコーディングやミキシングの知識や能力まであるわけではなく、もちろん、養成所兼事務所のここにそんな施設があるわけでもない。ほかのスタッフの人たちにも同様に、その手の技術がある人はいなかった。
今から勉強してとはいっても、一朝一夕に身につくものでもない。
それに、どのみち、私たちがレコーディング技術を習得したところで、歌うのも私たちなんだから非効率的だからね。
それなら、料金はそれなりにかかったとしても、プロにお願いするのが一番だ、ということだ。
「それから、ジャケットの撮影と、特典の準備もありますが、こちらは、レコーディングと比べれば、大した作業でもありません」
歌のクオリティこそ、売り上げに繋がる中で、最も大切だからね。もちろん、特典とかが大切じゃないっていうことじゃないけど、そのあたりの戦略は、スタッフの人たちが考えてくれることで、私たちが働く必要はあるけど、実際にかかってくる負担はそれほどでもない。言ってしまえば、私たちにクリエイティビティが必要なことじゃないから。
売り上げというか、再生数? 当然、ネットにも上げられるわけだし。言うまでもなく、この事務所のチャンネルで。
詳しいことはわからないけど、その再生数が、動画の収益に繋がっているはずで。さすがに、自分たちで再生数を稼ぐというのは悲しくなるからね。限界があるし。なにより、たくさんの人に聞いてほしいし。
「レコーディングの開始は二週間後からとなります。それまでに『Shining Brightly Stars』のクオリティをどこまで上げられるかということですが」
「それまでは、歌のレッスンを集中して行うということですか?」
DVDではなく、CDということなら、ダンスは入らない。
もちろん、デビューライブで披露することにはなっているから、ダンスも必要なことは確かなんだけど。
しかし、蓉子さんは首を横に振って。
「いいえ。もちろん、どちらも頑張っていただきます。なので、おふたりとも、これまで以上の覚悟を持っていてくださいね。私たちもより気合いを入れていきますから」
レッスンをしないでいたら、クオリティは下がるわけだし。
CDの収録のためのレッスンということとはべつに、ライブのためのレッスンもしなくてはいけない。それは、つまり、ダンスも入ってくるということ。
「はい。よろしくお願いします」
とはいえ、形が目に見えるようになってきて、私たちのテンションも上がってきている。
発売されるということは、プロになるということで、気分やパフォーマンスにむらができるのは、本当はよくないことなんだろうけど、私たちも人間だし、多少は許してほしいところだ。
もちろん、収録は気分だけで乗り切ることのできるものではないだろうけど。




