メディア露出のチャンス?
思いがけない偶然により、現役のアイドルがレッスンしているところを見せてもらえることになった。
グラビアアイドルと言っても、レッスンの内容自体は変わるものではないということだし。
それにしても、さすがというか、さっきまで着ていた制服もそうだけど、こんな、普通の運動着、ジャージを着ていても似合うというのは、すごいとしか言いようがない。
グラビア、あるいは、ファッションモデルということで、どんなコーディネイトでも着こなせるということが必要になる仕事だというのは、なんとなく、わかるけど。
バキバキになるまで腹筋を割ることは許されない。というより、そんなグラビアを見たことはない。
だけど、ほんの薄っすらとは、割れているように見えたほうが良い。そんなバランスを維持するというのは、本当に繊細な体型のコントロールが必要になるはずで。
私もアイドルを目指している身として、ある程度は栄養のことも自分だったり、お母さんとも相談したりで気にかけてはいるから、とはいっても、きっと、由依さんや真雪さんの気をつけていることの、半分にも満たないんだろう。軽々しく、わかるなんて言えない。
「どうだったかしら」
レッスンを終えて、というより、途中の休憩の間、真雪さんは一人で、隅のほうで小さくなってしまっていたけれど、由依さんが話しかけにきてくれた。
私たちに目線を合わせてくれようと、若干、前傾姿勢になる由依さんに、眼福、じゃなかった。
「グラビアのモデルさんでも、ダンスのレッスンなんかもするんですね」
運動という意味では、かまわないのかもしれないけれど、綺麗な体型を作り出すためということなら、もっと、効率の良いトレーニングもあるんじゃないのかとは思う。
もちろん、効率だけを考えているということでもないんだろうけれど。
由依さんは軽い感じに微笑んで。
「詩音ちゃん、だったかしら。私も、真雪ちゃんも、グラビアの仕事『も』しているけれど、本業はアイドルなのよ。ダンスだけじゃなく、ボイストレーニングだって、作詞や作曲の勉強だってしているわよ」
「えっ、あっ、そうですよね。すみません。先走ってしまって」
うわあ、恥ずかしい。
なんとも失礼な勘違いをしてしまった。
そういう、グラビアだって、アイドルの仕事の一つだと、わかってはいたはずなのに。
「怒っているわけじゃないわ。詩音ちゃんは、まだ、ここへ来たばかりだものね。もしかしたら、これから、こういう仕事を受けることがあるかもしれない。徐々に知っていけばいいのよ」
実際、由依さんも、真雪さんも、私も通うことになる養成所でのレッスンもしているということだ。というより、今、こうして、目の前で見させてもらったわけで。
「それは、中途半端になったりはしないんですか?」
私の隣から声が上がる。
「朱里ちゃんは、今の私たちのレッスンを見て、中途半端になっているように思ったのかしら?」
「いえ、そういうわけではありませんが」
由依さんがこうして、なんでもないように、普通に私たちに話しかけてくれるから勘違いしそうになるけれど、今、私たちの目の前で行われていたレッスンはハードなもので、妥協や手抜きの気配なんて、微塵も感じられなかった。実際、真雪さんは疲れた様子で、座り込んでいるわけだし、由依さんも疲れていないということはないんだろう。
そもそも、グラビア、写真に撮られることが仕事だというのであれば、最低限の、体型維持のための運動は必要としても、ダンスや歌のトレーニングである必要はないわけで。
とくに、写真に撮られることが主だというのなら、歌のレッスンなんて、時間の無駄とも言えるくらいのものだ。現行の技術では、インターネットのホームページなどではなく、紙媒体の雑誌で、歌やダンスの表現なんて、できたりはしないのだから。
ネット上でなら、いくらでも、画像を動かすことはできるだろうけれど。
「アイドルに限った話じゃないとは思うけれどね。この仕事って、見る人、お客さんに喜んでもらう、楽しんでもらえることが一番なわけでしょう? どんな仕事でも、それが望まれているということなら、嬉しいと思うの」
さすがに行き過ぎたのはNGだけどね、と由依さんが笑う。
「もちろん、私も、多分、真雪ちゃんも、楽しんでいるわよ、お仕事」
ね? と由依さんが振り返ると、真雪さんは、ひゃっ、とさらに小さくなった。正確には、なろうとしていた。
「わ、私は、恥ずかしいと思っています……」
今にも消え入りそうな真雪さんの声。
「そうなんですか? 写真集とか、雑誌を見させてもらいましたけど、どれも、由依さんも、それから、真雪さんも素敵な表情をしていましたよ」
奏音が感想を告げると、真雪さんは、また、おろおろとし始めて、最終的に由依さんに助けを求めるように。
「由依さん……」
「あらあら」
当の由依さんは嬉しそうにしていたけれど。
頼られることに慣れているのか、たしかに、頼りたくなる雰囲気はある。
「自信を持っていいのよ、真雪ちゃん。カメラマンさんもいつも褒めてくれるでしょう。真雪ちゃん、評判良いのよ」
たしかに、写真の向こうの真雪さんは、こうして、由依さんの影に隠れているとはとても思えない、堂々とした様子だ。スイッチが入るタイプなのかな。
「おふたりは一緒の現場になることが多いんですか?」
「そうね。同じ事務所ということもあるけれど、真雪ちゃん一人を放っておけないというか」
由依さんは困ったように、でも、楽しそうに笑う。
失礼ながら、その感覚はなんとなくわかる。
たしかに、こんな調子の真雪さんを、一人で撮影現場になんて放ってはおけないだろう。
「実際、二人一緒の現場になることは多いのよ。むしろ、違う現場になることのほうが少ないというべきかしら。べつに、仕事を奪い合っているなんてことはないのよ。アイドルでも、たとえば、同じユニットを組んでいるとかいうことになると、同じ現場に呼ばれたり、一緒に写真を撮ったりすることもあるでしょう? それと似たようなものかしら」
「由依さんと真雪さんは、ユニットを組んでいるんですか?」
奏音が二人を見比べる。
由依さんは首を横に振り。
「いいえ。今のところ、そういう話はないわね。うちの事務所、私と、真雪ちゃんと、それからもう一人しか所属アイドルがいないから。もちろん、これからはあなたたち三人が、あら、そういえば、養成所に入るのだったかしら?」
「はい。さすがにまだ、実力が足りていないと思いますから」
アイドルの消費期間は少ない。そんなことはわかっているけれど、だからと言って、中途半端な状態で前に出たりはしない。むしろ、中途半端な状態で出たりしたら、すぐに失格の印を押されるだろうから、準備というか、下積みは、それなりに必要だ、と私は思っている。
「そうかしら? 三人とも可愛いから、モデルのお仕事ならすぐにもらえると思うわ。知り合いのカメラマンさんに話をしてみましょうか?」
「え? それは……」
私はつい、奏音と、それから、朱里ちゃんとも顔を見合わせてしまう。多分、二人とも、似たようなことを思っていたんだろうことは、表情を見ればわかった。だって、そっくりな顔をしていたから。おそらくは、私も同じような顔をしていたことだろう。
メディアへの露出が増えるのは、まごうことなき、チャンスだ。
それも、実際に活躍している、現役のモデルである、同じ事務所の由依さんからの紹介となれば、信頼もおける。
「ふふっ。ごめんなさい。困らせるつもりはなかったのよ。ただ、さっきも言ったけれど、アイドルにはそういう仕事もある、ということね。もちろん、私個人ということでも、三人とも、輝くものがあると思っているわよ」