結束を高めるための特訓(?)
今日の夕食はハンバーグだった。中には刻んだたまねぎが入っている。
いただきます、と手を合わせて、奏音と同時に食べ始める。そんな様子を見ながら、母が目を丸くする。
「二人とも、息がぴったりね」
同じような順番に、同じような速度で、同じものを食べているからだろうか。同じものに関しては、それ以外にないわけだけど。
「これは特訓なの。息を合わせるための」
日常生活において、全部を完璧に合わせるなんていうことはできない。
それでも、できる限り合わせようとしている結果みたいな感じで。
「ユニットを組んでいるアイドルのグループは皆やっているのかしら?」
「それは、わからないけど……」
身近なところだと、由依さんたちはやっていないような気はするけど、もしかしたら、私たちみたいに、誰かの家に集まって合宿、みたいなことをしているのかもしれない。
「二人はユニットを組んだのよね? いつデビューするとか、詳しい日にちも決まっていたりするのかしら? それとも、こういう話って、身内でも聞いたらいけないのかしら?」
身内だからとか、そういうことは関係ないと思うけど。
べつに、母がどこかで吹聴するとか、そんなことを心配しているわけでもない。
「詳しい日にちは私たちもまだ知らされていないんです。ただ、いろいろと、準備はあるみたいなので、一年後くらいには、という話を聞いてはいますけど」
「一年後? 準備っていろいろあるのね。それって、どこのアイドルも同じくらいの期間でっていうわけじゃないのよね?」
どうなんだろう、と私と奏音は顔を見合わせる。
さすがに、アイドルになる前の研鑽の期間なんて、わからない。デビューしないと、私たちの目の前には出てきてくれないわけだから。
一応、この前の私たちみたいに、練習生、みたいな感じでステージに立つこともあるかもしれないけど、あれは、かなり例外的なことだっただろうし。
それに。
「お母さん。大事なのは下積みの期間の長さじゃなくて、そのときの実力だから」
歌やダンスが水準以上なら、数か月でのデビューみたいになることもあるだろうし、逆に、歌もダンスもいまいちだと判断されたなら、数年のレッスンを積んでいても、デビューできないなんてこともままあるみたいだし。
他の事務所のことは知らないけど、私たちの通っている養成所はテストの順位が決められているから、ある意味明確に、ある意味では残酷に、どの程度の水準であればデビューできるのかどうかが分かれてしまう。
たとえば、今回、私たちがデビューするための条件として、『LSG』のメンバーよりも高い順位に入り込むこと、と言われたように。
とはいえ、普通、一回のテストの結果だけで判断されるようなことはないはずだから、これはかなり異例なことなんだろうとは思う。
だからこそ、私たちもなんとしても、その期待に応えないといけない。当然、由依さんたちのほうも、先輩として、先んじてデビューしているアイドルとして、負けられない気持ちでやってくるだろうから、あたりまえだけど、気なんて抜けるはずもないし、スキルもアップさせないといけない。
「それに、由依さんたちだけじゃなくて、あの人にも見せつけたいし」
「砂霧さんだね」
奏音はすぐに思い至ったけど、母はわかっていないみたいだった。
まあ、あのことは、家でも話したりしていないし。
私の両親も、私の影響で、アイドルについては少し興味というか、知識がある――とはいえ、素人に毛が生えた程度のものだ――けれど、ファッションモデルについて詳しいわけじゃない。
「砂霧さん、という方も、事務所の先輩なのかしら?」
「ううん。えっと、砂霧さんは違う事務所の所属で、そもそも、アイドルじゃなくて、ファッションモデルで」
私も奏音も、部屋に置いたままで、手元にスマホがないから、すぐには出せないけど。新聞もないし。
「――っていうことがあったの。この前のフェスで」
そのまま、この前参加した、私の奏音のデビュー(仮)というより、お披露目に近い形でのステージがあったフェスであったことを話す。
その日にも話はしていたけど、詳しい話、とくに、べつの事務所に所属しているモデルの人と、まあ、いざこざとまでは言わないけど、ひと悶着――っていうほどでもないし……まあ、とにかく、少し交流があったということは話していなかったから。話すほどもなかったというか、こっちからも結果を出してからじゃないと話す気にもならなかったとも言えるけど。
「それで、今度のステージでリベンジしたい、ということなのね」
「リベンジっていうか、相手はアイドルじゃないし、認めさせたいっていうほうが近いのかな」
一回のライブだけで判断できるようなことでもないだろうけど。
「ふふっ」
「どうしたの、お母さん」
今、なにか、笑うようなところがあった?
「なんでもないわ。詩音がお友達と楽しそうに話してくれるなんて、昔は考えられなかったから。詩音にとっては、アイドルの力っていうのが、とっても大きかったのねって、あらためて思っただけよ。ごめんなさいね、奏音ちゃん。こんな話、ご飯の最中にすることじゃなかったわね」
「え? いえ、詩音の話、もっと聞きたいです」
奏音は全然気にしていなさそうで、良かったんだけど、あんまり、昔の話は聞いてほしくないというか。
べつに、気にしているわけじゃないんだけど、今でも気にしているのかな、なんて思ってほしくないし。たとえば、例のドキュメンタリーの話を断ったこととかと、関係しているのかなとか、勘繰られるのも、あんまり。
奏音とは、今までどおりの、友達として、ライバルとして、パートナーとして、これからも付き合っていきたいから。
「そもそも、昔の話なら、その番組の話が出たときに、少し話したでしょう」
「え? ああ、あの、好きな子はいじめたくなっちゃう子供心の話ね」
だから、そうじゃないって……まあ、もう、なんでもいいか。
「普通、好きな子には優しくするよね」
「詩音はもっと私に優しくしてくれていいんだよ?」
奏音が、甘えるような、期待するような目を向けてくる。
顔がいいから、なにをしても様になるのは間違いないんだけど。
「はいはい。奏音には感謝してるから」
「感謝じゃなくて、愛情がほしいんだけど」
粘るのは、さては、母の前なら、私が折れるかも、あるいは、母が奏音に味方してくれるかも、なんて、思っているのかな?
「わかったわかった。愛してるよ、奏音。これでいい?」
「なんて投げやり。いけず」
いけず、じゃないよ、まったく。
たしかに、減るものでもないけど。
「あー、これは、解散理由は、メンバーとの意見の不一致かな」
「まだ、世間的には結成してもいないんだけど」
なんて、そんなやり取りもありつつ。
「片付けはやっておくから、二人とも、お風呂を済ませて良いのよ」
お風呂を沸かすまでの時間もあるし、一緒に片付けを手伝っていたら、すぐだった。
「詩音ー、一緒に入ろうよ」
先に入ってきてと勧めたんだけど、奏音に誘われて。
「二人で入れるくらいに広いわけじゃないと思うんだけど」
もっと小さいころは、母と一緒に入ったりもしたけど。
とはいえ、それって、保育園でも、さらに下の組みにいたころの話であって。
「いいから、いいから」
「いいからって、ちょっと、奏音、わかった、行くから、押さないで」
まあ、裸の付き合いという言葉もあるし、ユニットとしての結束を強めるには悪くない手なのかもしれない……本当かなあ。




