奏音とお泊り
ユニット名なんて、決めるのは最後でいい。
響きが良いとか、興味を惹かれるとか、覚えやすいとか、基準はあるにしても、一番大事なところじゃない。
結局は、歌とダンス、そして、メンバーと息が合っているのかどうか、あとは、まあ、ルックスとか、そういったものが大切なわけで。
「詩音の家に行くのも久しぶりだね」
奏音はかなり楽しそうにしている。
「久しぶりなんていうほどかな」
せいぜい、数か月、寄るだけだったら、つい先日にもといったところだ。
まあ、中学に上がってからというか、つまり、この養成所に通うようになってからの日々が大分濃いから、それでも、かなり昔に感じるとしても、不思議はない。私も似たような気分ではあるからね。ただ、実際に経過している時間的にはって話で。
「じゃあ、一旦帰って、荷物持って詩音の家に行くから」
「うん。待ってるね」
奏音はうちに泊まりにくることを突然決めたわけで、着替えもなにも、もってきてはいない。
ただ、こんな時間に奏音一人で、うちまで来てもらうというのは、結構心配というか。
「大丈夫、奏音?」
「もう、なに言ってるの、詩音。まだ、十八時過ぎくらいだし、帰ってから詩音の家まで行くにしても、十九時くらいにしかならないよ」
たしかに、季節的にも、今の時間帯でまだ明るさが残っているわけだけど。
まあ、心配のしすぎかな。いつも事務所から帰る時間だって、そのくらいなわけで、その程度は問題ないわけだから。
「奏音は可愛いから、一人で歩いてたら誘拐とかされるかもしれないし」
「ちょっと、不安になること言わないでよ。ていうか、そんなの、詩音だって同じでしょう。帰るまでは一人だよね?」
それはそうだけど。
とはいえ、さすがに、私が奏音の家までついて行って、それから、荷物を持った奏音とあらためて、二人でうちまで帰ってくる、なんて、時間と手間の無駄だ。
「今度はうちにも遊びに来てね」
「気が早いよ、奏音」
それは、もちろん、私も奏音の家に遊びに行ってみたいとは思うけど。
「ちなみに、場所って覚えてるよね? 駅までとか、迎えに行ったりしたほうが良い?」
「大丈夫。詩音の家はマップで登録してるから」
それなら、大丈夫か。
多分、この間に、うちと如月家との間で、親同士のやり取りも交わされているだろうし、なにかあればこっちにも連絡がくるはずだから、問題はなかったっていうことなんだろう。
「じゃあ、詩音。すぐ行くからね」
養成所を出ての別れ際。
「――これが奏音との最後の会話だった」
「ちょっと、不吉なこと言わないでよ」
奏音がびくりと肩を震わせる。
べつに、ホラーが苦手とか、そういうことはなかったと思うけど、まあ、たしかに、少し不安にはなるかもしれない。
「でも、本当に、暗いから事故とかには気をつけてね」
「うん。じゃあ、後でね、詩音」
奏音は駅のほうへ向かい、私は帰路へ着く。
前に奏音がうちに来たときには、日帰りというか、そんな感じだったし、そもそも、誰かがうちに泊まりに来るというのは初めてで、多分、初めてではなくても、こんな風に、そわそわした気持ちになるんだろう。
今日は動画を撮ったりするわけじゃないけど。
さすがに、こんな時間に、家で騒がしくダンスだったり、歌ったりをするわけにはいかない。せめて、日が高いうちなら、大丈夫だけど。
「ただいま」
「お帰りなさい、詩音。奏音ちゃんは一緒じゃないのね」
エプロンをしたままの母がキッチンから顔を覗かせる。
いつものことだけど、父はまだ仕事で、帰ってくるのは、おそらく、日付が回ってからのことになるんだろう。
「うん。奏音は急に決めるから、着替えとかを準備してからうちに来るから」
「お父さんは残念がっていたわよ」
それは仕方がないというか、たしかに、急に決めたのは私たちだけど、娘の友人が泊まりにくるから、なんて理由で仕事から早く帰るなんていうわけにいかないだろうし。
「じゃあ、夕食の準備、手伝ってくれる?」
「うん」
今はまだ、夏休み期間で、養成所にも私服で通えているから、皺になったりということを気にして、着替える必要はない。
とりあえず、手と顔を洗って、うがいを済ませておけば、お風呂も後回しでかまわないだろう。というか、まだ沸いていないから、沸かしておこうかな。
「詩音がうちに招待するくらいに仲の良いお友達ができて、お母さんも嬉しいわ」
「奏音は前にも来たことあるでしょ」
そのときも、同じようなことを言っていたけど。
まあ、泊まりにくるっていうのは、奏音が初めてだけどさ。
そうこうして、食事の準備が整うころに、チャイムが鳴らされる。
「はい」
「如月奏音と申します。本日は無理を聞いていただいてありがとうございます」
インターホン越しに奏音の姿が確認できて、私は扉を開けて、奏音を出迎える。
「いらっしゃい、奏音」
「お邪魔します。やっぱり、詩音の髪、ストレートにしてるのも新鮮でいいね」
最初に気にするところってそこかな? 家にいるんだから、髪を結んだりする必要もないし。
「ありがとう。奏音も素敵だよ」
そういう奏音は、低めのツインテールにしている。
「とにかく、あがって」
「うん。ありがとう」
いつまでも、玄関で話し込んでいるわけにもいかないし。
そのまま、私の部屋に案内する――前に、キッチンによって。
「お母さん。やっぱり、奏音だったよ」
「いらっしゃい、奏音ちゃん。また来てくれて嬉しいわ」
母はコンロの火を止めて。
「もうすぐご飯になるけれど、奏音ちゃんは先にお風呂のほうが良いかしら?」
「あ、いえ、お手伝いさせてください」
一瞬、呆けたような感じになっていた奏音は、手を引くとすぐに気を取り戻して。
「やっぱり、詩音のお母さんって、滅茶苦茶美人だよね。詩音も成長したらあんな風になるのかな。あ、もちろん、詩音は今でもすっごい美人、いや、美少女だけど」
どうやら、母に見惚れていたらしい。
「何回か会ってるでしょ」
身内が褒められて、嬉しいのは、そのとおりだけど。
「詩音。美人は三日で飽きるって言うけど、あれは嘘だよ。本当の美人は何度会っても飽きたりしないし、飽きたなんて言ってる人は、本当の美人に会ったことがないだけだよ」
それは知らないけど。
「だから、私は詩音に飽きたりしないし、毎日新鮮だな、綺麗、可愛い、好き、ってなってるよ」
「そうなんだ」
奏音の荷物を私の部屋に置いて戻ってきて、手を洗ったりを済ませて、一緒に夕食の手伝い、といっても、もう、食器を運ぶとか、その程度しかやることは残っていなかったけど。
「夕食はもう作ってしまっていたのだけれど、奏音ちゃん、食べられないものとかあるかしら?」
「いえ、大丈夫です。あ、一応、油ものとか、カロリーとか、栄養バランスとか、そういうのは考えていますけど」
アイドルだからね。身体が資本なのは、そのとおりで。
普段から、鳥のささみとプロテイン、なんて食事ではもちろんないわけだけど、体型とかには気を使わないといけないから。
でも、それは私も同じだから、気にしてくれている母には感謝しかない。
「いつも、詩音と仲良くしてくれてありがとう、奏音ちゃん」
「いえ。私のほうこそ、詩音と一緒にレッスンしたりするの、楽しんでいますから」
食事の席でも話すのはもちろん、事務所とか、養成所のことだ。
「この間、詩音とも一緒に、ステージにデビューしたのよね。おめでとう」
「えっと、その、ありがとうございます。でも、詩音から聞いているかもしれませんけど、偶然だったので。それを偶然で終わらせないように、気を引き締めていきますから、今後とも応援よろしくお願いします」




