蓉子さんからの課題
レッスンが始まるから、というわけじゃなくて、蓉子さんが来てくれたことで、私たちの苦労もなくなった。
皆の質問とか、疑問とか、そういったことを、全部、蓉子さんが引き受けて答えてくれたから。
「詩音さん、奏音さん。この後、少しお時間いただけますか?」
蓉子さんに引き止められたのは、レッスンが終わってからのことだった。
私たちとしても、蓉子さんに確認したいことはあったから、喜んでお誘いにのらせてもらう。
「急にお引止めして申し訳ありません」
「いえ。私たちも話をお聞きしたいと思っていましたから」
むしろ、私のほうから話を聞きに行こうと思っていたくらいだ。多分、奏音も。
「お察しのとおり、今日お話ししたいのは、おふたりのお披露目になった先日のステージからの話です。事前にある程度準備もしていた『LSG』とは違い、なんのプロモーションもかけられていなかったおふたりの情報を求める声が殺到しています」
それで、事務所のほうは非常に忙しいという。
蓉子さんだけでは手が足りず、ほかのコーチ陣まで対応に追われているというから、よっぽどだ……まあ、普段の蓉子さんのバイタリティが尋常じゃないっていうのが本当なんだけど、それをもってしても、ということだし。
「現状、ファン目線で見れば、おふたりの情報は、外見など以外には、名前と、『LSG』と同じ事務所の後輩である、ということ以外にはありませんからね」
由依さんたちみたいに、モデルを兼業している人が所属しているとか、そういうこともない。
今、由依さんたちが作成しているだろうPVなんてものも、そもそも、自分たちの曲自体がないからね。
「でも、由依さんたち『LSG』はすでに、番組への出演とか、仕事が決まっていますよね? スケジュールにもそう書いてありましたし」
奏音が事務所のボードに目を向ける。
そこには、日を空けることなく、ぎっしりとスケジュールが書き込まれていて、そこには個人的な、たとえば、グラビアなんかの仕事も含まれて入るけれど、もちろん、全部『LSG』のものだ。
現状、この事務所の看板であり、唯一の所属プロアイドルだから、当然だけど。
「はい。『LSG』にも当然、おふたり以上に注目が集まっています。ですが、偶然であれ、なんであれ、この機会を逃すつもりはない、ということです。もちろん、おふたりの気持ち次第ではありますが」
プロモーションを仕掛けるには、絶好の機会だってことは、なんとなく、理解できる。
「具体的にはなにをするとか、決まっているのでしょうか?」
「まずは、おふたりのデビュー曲の作成依頼ですね。それに伴って、PVの撮影なども計画しています。もちろん、学業には支障をきたさないよう、できる限りの配慮をさせていただきます」
蓉子さんが見せてくれる計画書には、大まかなものとはいえ、しっかりと、枠組みはできていて、時間的にも、日を跨ぐというこうなことにはならなさそうに思える。
一応、今は夏休みだから、登校日なんかとの兼ね合いは気にする必要がないわけだけど。
とはいえ、夏休みだって、あと半月程度で、事務所で考えているデビュー計画を実行するには、最低でも、ひと月かふた月程度はかかるだろうから。
「作曲を依頼するのは、『LSG』と同じところです。期間を考えたなら、一か月、もしくは、二か月後くらいに、デビュー曲ができあがってくると思います。そこから、練習をして、振り付けを考えて、プロモーションを仕掛け、収録などと考えると、今から準備しても、早くても一年後くらいにはなってしまうかろ」
「そんなに早く?」
奏音が興奮を隠しきれない様子で、口を開く。
私たちは、養成所に入ってから、まだ半年も経っていない。
もちろん、実力があれば、期間なんて関係ないというのがこの世界だけど――。
「詩音さんは不安ですか?」
見透かしたような蓉子さんに、私の身体が一瞬、硬直する――いや、させてしまった。
「いえ。そんなことは――」
私は反射的に言い返した。
ずっと憧れてきた場所だ。その夢が叶うというのは嬉しい。だけど、まだ、私の中では、このままデビューしてしまっていいのだろうかという気持ちがあることも確か。
他のアイドルの事情はわからないけど、一年にも満たないレッスン期間で、デビューする、そして、芸能界で戦っていけるだけの実力が、私にあるんだろうか。
「詩音。もしかして、ビビってるの?」
隣に座る奏音が、なんというか、こう、意地の悪そうなというか、玩具を見つけた、みたいな顔で笑う。
それでも可愛く見えるのは、元の顔立ちがいいからだろう。
「まさか。ステージに立つときも、自分でやるパフォーマンスのときは、いつだって、自信しかないよ」
自信なさそうに、下手くそですみませんとか、失敗したらすみませんとか、そんな風に考えながらの人のパフォーマンスなんて、見ているほうだって、面白くもなんともないだろうから。
「だよね」
とはいえ、アイドルとしてのデビューを果たした六花さん、由依さん、純玲さん、真雪さん以外にも、私の上に、まだ、五人くらいはいることは事実で。
「詩音さん。はっきり言わせてもらいますが、養成所内での順位というのは、純粋に、歌とダンスの技量や表現力といったものだけでつけられているものです。それはおわかりですよね?」
「はい」
それはそうだけど、それが、アイドルにとっては一番の資質だと、ここの事務所では考えられているからなんじゃ?
いや、この事務所だけという話じゃなくて、この業界全体で考えても――。
「アイドルに求められる要素として、歌やダンスの比重が大きいことは確かですが、それよりも重要なものがあります。ルッキズムと呼ばれるものです。つまり、容姿、見た目、ヴィジュアル、まあ、表現方法はいろいろとありますが」
あけすけに言うよね。
ここで隠しても意味はないことは、そのとおりなんだけど。
そして、私自身、そのことは十分にわかっているつもりだけど。
「詩音さんにも、奏音さんにも、それだけの華はあると、私たちも確信しています。それは、私たち、つまり、この事務所の身内だけということではなく、先方もそういう認識だということです。私が言うのは違うかもしれませんが、私たちはプロですから、稼げると感じたことに対して、その嗅覚は優れているつもりです」
蓉子さんは笑顔だけど、逃がさない、っていう感じの圧を感じるんだよね。
「もっとも、ダンスと歌だけをとってみても、おふたりの技量を考えたなら、水準までももう一つ、と言ったところだとは思いますが。あとは、ここで自信のほどを確認するつもりでしたが、それもクリアしているようですから」
自信を持てるのは、ステージに立つときだけだけど、結局、ファンの人たちに見せるのは、そこでしかないからね。
一応、事務所の動画チャンネルには、練習の様子、みたいなところも投稿されているけど、それは、そういうコンセプトだから。
「そのもう一歩は、デビューまでの一年間で、おふたりなら埋めることはおできになりますよね?」
笑顔からプレッシャーを感じる。
とはいえ、ここで「できない」なんて答えるような人は、この世界に来ようとは思わないだろう。
「はい。できます」
「もちろんです」
私と奏音は揃って返事をする。
「では、そのための課題をお出しします。おふたりとも、今月末のテストで、五番以内に入ってください」
ただし、その課題には、簡単には頷けなかったけど。




