至れり尽くせりのその後で
ステージの上から特定の誰か――沙織さんを見つけることは、ほとんど不可能に近い。
たとえば、一人離れたところで、目立つパフォーマンスをしている、なんてことでもない限りは。
あるいは、たまたまということであれば、可能かもしれないけど。
何百人、あるいは、何千人とひしめき合う中で、歌と踊りとパフォーマンスとMCとを披露しながら、観客席の個人個人の顔を見分けるなんて、それこそ、特殊能力でもない限り無理だろう。
だから、今回も、沙織さんを直接狙い撃ち、みたいなことはできない。
それでも、私たちがステージで見せたかったもの、込めようとした想いは伝わると願って。
感覚を研ぎ澄まし、流れてくる音楽に集中する。
振り付けも、歌詞も、動線も、すべて頭と身体に叩きこんでいる。
練習する時間が足りていたとは思わない。それでも、不安はステージの上に持ち込まない。
客席に集まっている人数は、数百人もいるかどうか。そのほとんどは、由依さんと真雪さんのファンの人たちだろう。
それでも、ここまで帰らずに残ってくれているということは、少しは私たちのステージも楽しんでくれているのだと信じて。
「――次が最後の曲です」
六花さんのMCが入ると、客席から少なくない、惜しむ声が聞こえてくる。
「最後は、さっきも素敵なステージを見せつけてくれた、私たちの後輩も一緒にステージに立ってくれます。私たちも今日が初ステージなんだけど、二人も同じ。まあ、急にねじ込んだのは私たちなんだけど、これだけ年の離れてる子たちが私たちと同じ日にデビューってことになると、時代を感じる――なんていうほど、歳はとってないつもりだけどね。私と五歳くらいも離れてるの」
世間的には、高校生でデビューっていうのも、十分早いとは思うんだけどね。
とはいえ、アイドルの全盛期を考えたなら、早すぎるとは言えないわけで。
「そんな、彼女たちのフレッシュなパワーも合わさって、もっと盛り上げてみせるから、皆、最後までお付き合い、よろしくお願いします!」
すでに会場の空気を掴んでいるような六花さんのMCで、客席が沸き上がる。
今から歌うのは、私たちにとっては今日初めての、新曲。六花さんたちは全部新曲で、ほかの私たちのステージはカバーだけど、午前と午後の、最後の一曲づつだけは、新曲に混ぜてもらっている。
練習期間、いや、練習時間とも言えるほどに短かったから、本当に大変だった。
それでも、このステージにも混ざれない、みたいな発破をかけられたら、マスターしないわけにもいかなかったからね。
夏休み期間中じゃなくて時間のない時期だったら、多分――プライドにかけて、絶対とは言わないでおくけど――無理だったと思う。
いや、もちろん、他人のデビューステージに邪魔をするなんて、迷惑にしかならないだろうっていうことはわかっているつもりなんだけど、それでも、相手から望まれたなら話は違うから。
もしかしたら、私たちが断ることも考えていたかもしれないけど、即答したにもかかわらず、すんなり受け入れられたし。一応、由依さんや真雪さんみたいに、普段のレッスンがほとんど被っているわけじゃなくても、私たちのことはチェックしてくれた、みたいなことは言ってくれたけど。
ともあれ、今はそんな事情はどうでもいい。
イントロが終わって、歌詞が入り始めたら、そんな欠片程度にはあった余裕もなくなる。
由依さんたちは気にしないで、いつもどおりに、もっと大胆にやってくれていい、みたいなことを言ってくれるけど、私のつまらないミスでステージを失敗、とまではいわずとも、完璧に近かったからこそミスが目立ったな、みたいな印象にはさせられない。
午後にもステージに立ったし、直前にもあったわけだから、少しは緊張とか、身体もほぐれてきてはいるけど、気張らないでいるというほうが無理な話で。
とはいえ、やっぱり、最初よりは周りを見たり、聞いたりする余裕も出てくる。
慣れって言えるほどじゃないんだけど、なんだろうね、空気に馴染んできたとでも言うのか。
これがステージの上から見る景色か。
たまたま、あの日、レッスンに早く行ったら、偶然、同じ事務所の先輩たちがステージのデビューの準備をしていて、気まぐれのように、私たちもそこに参加させてもらえることになって。
たしかに、降って湧いたような幸運だけど、こうして今、ここで体感できている。
本来なら、由依さんたちはともかく、私はこんなステージに立つことができるようなレベルじゃないと思う。夢みたいなものだ。
もちろん、今度は自分たちの力で、もっとたくさんのファンを集めてみせるけど。ステージだって、私たちの中心のものを。
自分たちのためのステージで、この景色を、もっとすごい景色を見てみたい。
「ありがとうございます」
曲が終わり、客席からの歓声や拍手がひときわ大きくなり、私たちは頭を下げてから、手を繋いだり、振ってみたりしながら、ファンに応える。
ここでの評価が次のステージに繋がるとか、今は、そこまで考えられない。
とにかく、今の私にできるすべてを出し尽くしたステージで、次のステージどころか、今日のこの後のことだって、考えられない。
午前中は、まだ、午後にもステージがあったから、無意識のうちにか、セーブしていたみたいだけど、今回は、掛け値なしの全力、一休みさせてもらわないと、口を開く体力も残ってない。
この後、物販やら、握手会やらは、なくてよかった。やるとなれば、笑顔でこなしてみせるけど、正直、体力的にはいっぱいいっぱいだから。
それとも、スタッフの人たち、事務所的には計画しているんだろうか。まあ、急遽入れてもらうことになった私たちの分はないにしても。
「皆さん、本当にお疲れ様です」
蓉子さんが、蓋の開いたスポーツ飲料のペットボトルを持ってきてくれる。
もちろん、古くなっているものとか、不良品なんていう意味じゃなくて、目の前で蓉子さんが蓋を捻ってくれたものだ。
「氷砂糖と塩飴もありますよ。どちらになさいますか?」
と、うちわで扇いでもくれる。当然、身体を冷やしたりしないようにと、上着を渡してくれるのも忘れたりしない。
まさに、至れり尽くせりとはこのことか。
そんな感じで、小一時間ほども休憩して。
「さて、皆さん。お疲れのこととは思いますが、この後、もうひと仕事、やってみるつもりはありますか?」
やってみるかと言われたら、当然やる、と反射的に答えてしまうもの。
仕事だというのならなおさらで、それはつまり、今日のステージの後、さらに、認知を浸透させていこうという作戦だろうから。
「なにをするんでしょうか?」
六花さんが最初に口を開く、というより、皆、六花さんを待っていたようなところはあったけど。
一応というか、正真正銘、今の養成所の一位なわけだから。
「物販です。物は、今から撮影する写真になりますね」
午後とはいえ、まだまだ、このフェスは続く。
今から撮影して、プリント、加工するくらいの時間はあるだろうね。そのつもりなら、事前に撮影しておいたほうが良かったんじゃないかとは思うけど……まあ、そのおかげ? で私たちも入れてもらえるわけだし、なにか言うのはお門違いだ。
さっきは、もう動けないと思っていたけど。
「もちろん。喜んでやらせていただきます。いいよね、皆」
六花さんは、私と奏音にも確認してくれる。
もちろん、断る理由はない。
たとえ、疲れていようとも、カメラを向けられたら、プロ(と言ってもかまわないだろう)の仕事をする。
「では、時間もありませんし、さくさく進めていきましょう。丁度、皆さん、衣装を着ていらっしゃることですから」
そして、一人づつとか、ユニットごととか、メンバーシャッフルしたりとか、人数は全部で――同じ事務所所属のこの場にいるアイドルという意味では――六人しかいなかったから、それほど、バリエーションがあるわけでもないけど、一緒の撮影はかなり楽しかった。
見てくれていただろう彼女の眼には、どう映っていたんだろう。




