先輩アイドル 朝日奈由依 七海真雪
「案内と説明は以上になります。なにか――」
「おはようございます」
案内されて、説明を聞き終えたところで、またべつの人たちが顔を見せた。
今日、ここへ来るのは私のほかに二人だけだと聞いていたはずだけど。サプライズ? そんなわけはないか。
「あらあ」
制服を着ているから学生なんだろう――さすがにコスプレのグラビアでの撮影とか、そんなことはないだろう――けれど、なんというか、妙な色気を感じるというか。
「ひっ」
もう一人のほうも、同じように、スタイルは抜群なんだけど、その人を盾に、影に隠れるように私たちのほうを盗み見てくるような感じで。
「おはようございます、由依さん、真雪さん」
「おはようございます、蓉子さん。真雪ちゃんも、隠れてないで、新しい子たちが来ているわよ」
のんびりとした調子、それでも、悪い印象はなく、おっとりというか、ほんわかとした雰囲気の女性が、その人の影に隠れるような女性に声をかける。
真雪さん、と声をかけたということは、この人が、由依さん、なんだろうか。
「おはようございます。今日からここでお世話になります、月城詩音です。よろしくお願いします、由依さん、真雪さん」
多分、名前だよね? 名字がわからないから呼んでしまったわけだけど、大丈夫だろうか。年上の、先輩である人たちに。
「ひぅ、陽キャ、コミュ力強い、浄化される……」
「仕方ないわねえ。朝日奈由依です、こっちは七海真雪ちゃん。先輩ってことになるのかしら。困ったことがあったら、なんでも声をかけてね、詩音ちゃん、それから」
「如月奏音です」
「藤朱里です。よろしくお願いします、先輩方」
柔らかく笑う由依さんに、たしかに、浄化されそうな雰囲気はある。
いや、真雪さんが言っているのは、私たちのことかもしれないけれど。
「奏音ちゃんに朱里ちゃんね。本当は、新しい、若い子たちが入ってきたら焦らなくちゃいけないのかもしれないけど、一緒の事務所の仲間でもあり、ライバルでもあるものね。互いに刺激し合える、素敵な関係が築けたらいいわね」
ここへ来たということは、これからレッスンということなんだろう。
「蓉子さん。レッスン室は、誰か使っているかしら?」
「いいえ。今は誰もいらっしゃいませんよ」
じゃあ、鍵を借りていくわね、と由依さんは真雪さんを連れて、というか、背中を押して、更衣室のほうへ向かっていくみたいだ。
思いがけない展開だけれど。
「あの、今から由依さんと真雪さんはレッスンをされるということで、蓉子さんがトレーナーを担当されるんですか?」
もしそうなら、とても興味がある。
由依さんと真雪さんの実力ということもそうだし、実際に、この事務所のトレーニングを見学できるというのは嬉しい。
もちろん、これから、必ず経験していくことなんだけれど、一日でも、一分でも早くと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
「はい。興味がおありなら、見学されますか?」
「ぜひっ」
私の心の内を見透かしたような蓉子さんに、一も二もなく頷いて。
正直、今のはエスパーじゃなくても察されただろうな、とは思った。
興味がないわけがない。だって、同じ事務所にいる先輩アイドル――。
「あのおふたりはデビューはされているんですか?」
「はい。アイドルと一口に言っても多くの種類があることはご存知のこととは思いますが、今のところあのおふたりは、グラビアの方面での仕事が多いですね」
グラビア。なるほど、頷ける話だ。
いや、ふんわりとした知識しかないから失礼かもしれないけれど、なんとなく、雰囲気はわかるというか。
あとは、教育番組の司会とか、歌のお姉さんとか、そんな感じだろうか。
「こっちに見本誌がありますよ」
そう、蓉子さんが机の上に並べてくれた週刊雑誌の表紙に、色気の感じられる水着姿の由依さんの姿が。ほかのものには真雪さんの、こっちは季節もののコーディネイトを施されている。いや、水着だって季節のものには間違いないんだけど。
なんというか、こうして、雑誌とかに水着だったりで写真に撮られている人を実際見ると、いままで、どこか遠い世界の出来事だった話が、急に自分の身近に感じられるというか。
わかってはいたけど、歌って踊ってファンサするだけがアイドルじゃないんだよね。もちろん、グラビアのこういう仕事が嫌だとかってことじゃなくて、すごいと思うけど、なんとなく、こういうことには恥ずかしさがあるというか。
自分の身体をなんとなく見下ろして、私には務まりそうにないなと、小さくため息をつく。
いや、こういう仕事がしたいとかってことじゃなくて……べつに、したくないってことでもないけど。
「え? これ、由依さん? すっごいえっちじゃない、詩音?」
驚いたように目を見開いている奏音が同意を求めてくるし、言うまでもなく、私も同意見だ。
「高校生でもこういう仕事ってできるんですね」
なんとなく、大人がやっているものだと思っていた。とはいえ、高校生だって、私からすれば、十分に大人に思えるわけだけど。
「もちろん、条件はありますが。詩音さんもご興味がおありですか?」
蓉子さんがさらりととんでもないことを言ったみたいだけど……聞き間違いじゃあないみたいだ。
「え? いやいや、ないですないです。あっ、トレーニングには興味がありますけど、グラビアとか、そういうのは」
私は慌てて顔の前で手を振った。
ここに載っているとおりだとすると、真雪さんは私の一つ上、由依さんは四つ上ということだけど、とても私に務まるとは。
そのうえ、レッスン室の鍵をもらっていったということは、歌や身体のトレーニングも欠かさないということだよね。
たしかに、この体型を維持するのは、並大抵の努力じゃないだろうとは思うけど……それにしても、すごい。
いや、私だって。アイドルとしてデビューしたら、ここまでじゃなくても、メディアへの露出は増えるんだろうけど、というより、増えてほしいけど、すごいと言っているのはそのことじゃなくて。それもすごいのはもちろんだけど。
お金とか、払わなくていいんだよね? それとも、所属アイドルのことだし、言えば、この雑誌をもらえるとか? 雑誌もなにも、本人が今、近くの空間でまさにトレーニングをしている最中なわけだけど。
蓉子さんは、ふふっ、と笑って。
「おふたりが高校生だからグラビアモデルを務めているということではありませんよ。中学生、あるいは、それ以下の年齢であっても、雑誌の写真にグラビアとして載っている人たちがいるのは、見たことがありますよね? 事務所としても、所属アイドルのメディア露出、仕事が増えるのは嬉しいことですから」
たとえば、洋服屋の広告とか、そういう感じだろうか。
入学式のシーズンに合わせて、ランドセルを背負った子たちがスーツを着ているような。
でも、それと一緒にするのは、なんか、こう。もちろん、同じ広告で、毎年夏の水着のセールみたいな宣伝もあるわけだけど。
なにも、グラビアアイドルが水着だけだと思ってるわけじゃないんだけど、イメージというか、今、まさに目の前にある雑誌の印象が強いからだろう。もちろん、本質的にはどちらも同じ仕事だということはわかっているつもりではあるけど。
私たちが雑誌にひととおり目を通して、乗り出していた椅子に座り直したところで。
「それでは、そろそろ向かいましょうか。私も着替えがありますから」
蓉子さんは、今、スーツ姿だ。それはもちろん、とてもよく似合っているけれど、さすがに、その格好でトレーナーを務めることはないはずだ。