コール&レスポンス
「そういう建前で、とは言わないわよ」
「由依さん……」
思わず、ため息でもつきそうになるけど、堪えて。
「それに、私だけじゃなくて、しっかり、詩音ちゃんと奏音ちゃん個人のことも、認識されてきているみたいじゃない」
それは、視線を向けられているのは、それも、由依さんに向けられたついでにというわけではなくて、最初から私たち個人に向けられているものだということくらいはわかるつもりだけど。
「それがわかっていたなら、少しは変装しようなんていうことは考えたりしなかったんですか?」
混乱にならなかったというのは、結果論だ。事実、由依さんのことは、午前中のステージのことも含めて、結構知られていたわけで。
「詩音ちゃんはそっちのほうが良かった?」
「……いえ」
より目立つために、というのは、当然だから。
これはフェス――祭りであると同時に、競争の場でもある。持ち得るすべてを――それが、外見だろうとなんだろうと――利用するくらいの気概は必要だ。
そもそも、こうして芸能界へと向かっている時点で、容姿を利用することに対する躊躇はほとんどない。正確には、それも武器、あるいは、手札の一つだと思っている。
実際、こうして歩いていても、おそらくは参加しているアイドルだろうという人たちとすれ違う――よっぽどそっくりの別人という可能性を考えなければ――けれど、誰も、変装なんてしていない。せいぜい、帽子やら、サングラスやらをかけているくらいで、それだって、ファッションの一部と言える範囲だ。
ルックスを武器にする覚悟なんていうものができているとか、それ以前の問題だ。
「むしろ、そうした仮装でもしたほうがより目立つことはできたかもしれないわね」
「冗談ですよね」
ある意味、見せ物になりにきたわけだけど、そういう意味で目立ちに来たわけじゃない。
ルックスも武器とは言ったけど、それは、自然のままでいることを躊躇わないという意味であって、わざわざ、人目を惹くような装いをしようなんていうことじゃない。
アイドルとしてのステージ衣装はそれに当たらないのか、と言われると、反論もないんだけど。
「仮装というのなら、由依さんたちは衣装だけでも十分だと思います」
「あら。なんだか悪いわね」
由依さんはまったく悪びれずに、朗らかに笑う。
「詩音、由依さん」
「着いたみたいね」
奏音に声をかけられて立ち止まる。
人だかりができているのは、ステージでパフォーマンスを披露しているアイドルを観ようとしているから。
もっとも、人だかりとはいっても、通行の邪魔になるほどということでもなくて、与えられているスペースからははみ出るようなことになっているわけでもない。
「二人とも、大丈夫? 見えている?」
「はい」
私と奏音の身長は同じくらいで、二人とも揃って頷きを返す。
人だかりができていて、視界を塞ぎがちであることには違いないけれど、由依さんほど身長がなくても、ステージの様子を見ることはできる。もちろん、歌を聞くことにも支障はない。
「私たちのステージに集まっていた人たちと同じくらい、あるいは、少し少ないくらいでしょうか」
客席の埋まり具合から考えて。
いや、もちろん、席というのは、観客スペースのことで、実際に椅子が準備されていて、なんていうことはない。
その、集まっている人だかりの大きさ――つまり、現状の最後方である私たちの位置から、ステージまでの距離から考えて。
「詩音、客席の人数まで把握してたの?」
奏音は驚いた様子だけど。
「ううん。ステージに立ってパフォーマンスをしていたときにそこまで数える余裕があったっていうことじゃなくて、後で蓉子さんにどのくらいまで埋まっていたのか聞いたし、由依さんたちがステージに立っているときに客席のほうもちらっと見たけど、その概算くらい?」
あらためて言うまでもなく、概算というか、感覚的な話だけど。
いくらなんでも、こんな人だかりの正確な人数を目視だけで確認できるはずがない。
「――ていうか、埋まっている人たちを見にきたんじゃないんだから、しっかりステージ見ようよ。時間がもったいないよ」
人なら、後からでも、いくらでも見られるでしょう。数字が気になるのはわかるけど。
午前と同じような感じなら、午後のステージにだって、同じくらいの人が集まってくるわけだし。
あるいは、一度見たからもういいや、なんて思う人も、動画で見たからべつに、と考える人もいるかもしれないけど、それと同じくらい、もう一度見てみたいとか、動画だけじゃ物足りないから現地まで見に行こう、なんて考える人がいても、おかしくはない。
むしろ、そこまで思ってくれるなら、御の字というか、パフォーマンスの披露のしがいがあるというものだよね。
私たちは、観客のまとまりから一歩引いたくらいの位置で足を止めて。
「これ、コール&レスポンスっていうやつですよね?」
ステージ上のアイドルの身振り手振り、あるいは、口上と、客席のファンとが一体となって、ステージが作り上げられる。
「ええ。さすがに、こっちは今日がデビューというわけでもないんでしょうね」
由依さんはいつもと変わらない笑みを浮かべていて、一際、沸き立っている観客とステージを見ていても、頼もしく見える。
「心配するようなことじゃないわ。さすがに、初ステージからこんな風に観客と一体になって盛り上げるなんてことは不可能だもの」
由依さんの言うとおり、ある種、信頼関係というか、それなりに互いを知り合っていないと、こんな関係は成立しない。
訓練されていると言うと、捻くれているような言い方に聞こえるかもしれないけれど、私たちは、ついさっき、初めて、公のステージに立って、名前を知られたわけだから。
こんな、パフォーマンスも練習したりはしていない(そもそも、これも練習するものなのかどうかはわからないけれど)し、現状、カバー曲しかない私たちには不要なものだとも言える。
「実際、こういうのって、どうやって作り上げられるんでしょうか? 歌の中に、たとえば、歌詞として組み込まれているわけではないですよね?」
奏音が興味深そうに眺めている。
「そうね。答えてあげたいけれど、私も奏音ちゃんたちと同じで、アイドルとしてのステージという意味では、さっきが初めてだったから、わからないわね。後で、調べるか、もしくは、蓉子さんに聞いてみましょう」
「あ、そうですよね。すみません」
奏音が恐縮したように頭を下げて、由依さんは、気にしていないわ、と笑う。
実際、事務所で課題曲としてもらっていた歌でも、観客の盛り上がりまでが組み込まれているものはなかった。
「もしかして、詩音は知ってる?」
奏音の顔に期待が広がっているのは、私がアイドルについて深い興味を持っているということを知っているからだろう。
「うーん。たとえば、推しの名前を叫んだり、リズムに合わせたり、ソロパートとか、MCの最中にその人の名前を呼んだりっていうのはあるよ。それから、曲ごとに決まったコールとか、ファンの間で自然に広まっている場合もあるし」
ようするに、アーティスト側から先導される場合もあるし、ファンの中で先導されて作りげられて定着する場合もある。
結局、ケースバイケースかな。
「細かいことを言えば、無限にあるけど、だいたい、そんな感じだと思うよ」
奏音は、わかったような、わかっていないような顔で頷いて。
「ふーん。じゃあ、曲の最中に私が詩音の名前を勝手に呼んで、それが定着する場合もあるとかってこと?」
「えっと、同じステージの出演者が他の出演者の名前を呼ぶのはどうなんだろう? 自分の名前を呼んだほうが良いんじゃない?」
そのあたりはどうでもいいというか、好きにすればいいことだと思うけど。




