初めてのステージ
覚悟はしていたつもりだったけど、生のステージは、私の想像を遥かに越えていた。
どこまでも見渡せそうな、人、人、人。
手を挙げていたり、タオルを振っていたり、帽子をかぶっていたり……フェスなんだから、もっとまばらで、客席にも、空白が見えるかと思っていたけど、そんな隙間、わずかにも見当たらない。
隣に奏音がいなければ、圧倒されて、その場でへたり込んでいたかもしれない。
こうして、ステージに立つことを夢に見てきたっていうのに、なんて、情けない。
でも、反省は後だ。
今は、と奏音のほうを向き、同じように私を見ていた奏音と視線を交わして、頷き合って。
「こんにちは、奏音です!」
会場の声に負けないような大声で、奏音が叫ぶ。まあ、実際には、頭に装着するタイプのマイク――コンデンサーマイク――をつけていて、スピーカーから増幅された声が流されているんだけど。
「こんにちは、詩音です!」
とはいえ、私も負けじと、大声を出す。
会場の熱気にあてられた部分はあるけど、せっかくだから、盛り上げないと。
「実は、私たちは今日、こうしてステージに立つ予定はありませんでした。皆さんと同じように、出演する先輩のステージを見ているだけで。ねえ、詩音」
「うん。それが、つい先日、たまたま、夏休みだからとはしゃいで朝から練習していたところで、声をかけられて」
またとない機会だった、かどうかはともかく、好機だったことは間違いないから、全力で乗ったまでのこと。
「ですが、こうしてステージに立っている以上、さっきまでステージに立っていた四人が同じ事務所の先輩なんですけど、先輩たちのファンまで全部虜にするつもりです」
「ユニット名もまだ正式には決まっていない、曲もカバー曲を歌う私たちですけど、それでも退屈させたりはしません。皆さん、楽しんでいってください」
曲が流れ始める。
さて、ここからが勝負所。
由依さんたちのお陰か、それとも、他の出演者のお陰か、客席は、満員とは言わずとも、それなりに数がいて、空白地帯はほとんど見られない。
しかし、それも私たちのライブの出来次第。
面白ければ、お客さんはずっと見てくれるだろうけど、つまらないステージを披露したなら、すぐに離れて行ってしまうだろう。
この会場には、私たちだけじゃない、無数のアイドルが来ているんだから。
そして、カバー曲ということは、本家と比べられるということ。ただでさえ、人数が二人しかいないのに。
準備も、技量も、曲も、なにもかも足りないものばかりの私たちのステージだけど、見てくれている人たちには、ファンになってもらいたい、思わず、ファンになってしまうような、パフォーマンスを披露したい。
頭の先から足の先、指先まで、全身の神経を集中させる。
私たちに誇ることができるとすれば、パートナーとの練習量だ。
この半年ほど、実際には、半年は経っていないけど、奏音との合わせは、数えきれないほどに達している。
レッスン然り、発表然り、個人練習然り。
そんな、二人の息の合わさったパフォーマンスだけは、自信を持てる。
ステージに立っているんだから、自分が一番うまくて、可愛くて、格好良いと、そう思わないとね。一人だと、さすがに、押しつぶされていたかもしれないけど、今は隣に奏音がいてくれるから。後ろでは、由依さんたちも見てくれている。無様な真似は晒せない。
ステージの上からでも、自分のパフォーマンスに集中していても、お客さんのことはよく見える。
まだ、私たちのファンとは言えない。私たちのレッスンだとか、テストの様子なんかは、事務所のチャンネルのほうで上げられているから、もしかしたら、見て、知ってくれている人もいるのかもしれないけど、ほとんどは、ほかのユニットのファンだろう。
でも、そんなことは関係ない、急遽の出演になった私たちにも、温かくも、熱い声援を送ってくれる。
だから、少しでも感動を。
頭の中は次第に真っ白に――熱中症とかってことじゃなくて――なり、それでも、何回、何百回、それよりもっとたくさん練習してきた振り付けは、身体が覚えている。
歌詞だって、考えるまでもなく、勝手に口からこぼれてくる。
プロとしては、もっとパフォーマンスをコントロールできないといけないのかもしれないけど、空気に呑まれる。
隣の奏音のことなんて、気にしていられない。
でも、合っていることはわかる。もしくは、奏音ならきっと同じ感覚だろうと、信じているからなのかもしれない。
ほんのわずかに残っている思考能力だけで、こうしてステージを保たせていられるのは、奇跡のようなものかもしれないけど、その奇跡を呼び寄せたのは、普段からの練習量だ。
歌だって、終われば自然とポーズをとってしまう。
そうして、奏音と身体が触れ合い、ようやく、観客席をしっかり見渡す余裕ができる。
ああ、そうか、曲が終わったのか。次の歌詞も、振りも、出てこないから。
それでも、まだ、このステージの上では、笑顔でいなくちゃいけない。
「どうもありがとうございました!」
観客席からの爆発するような声援に応えて、ステージの袖に下がる。
階段を下りて、裏に回り、ようやく汗が吹き出してきて、破裂しそうな心臓の音が響く。
今、また、由依さんたちか、それとも、他のアイドルがステージに立っていて、さっきすれ違っていたんだろうけど、全く、頭に入っていなかった。
「お疲れさまです、詩音さん、奏音さん」
蓉子さんが引いてくれた椅子になんとか座り、蓉子さんが蓋まで開けてくれたペットボトルを口にして、蓉子さんが差し出してくれたタオルをかける。
蓉子さんさまさまだ。
私も奏音も、本当に感謝していたんだけど、ありがとうございますの一言だって、口を開く体力が残っていなかった。
たった、一回だけのステージなのに、これほど消耗するとは思っていなかった。体力が足りていない証拠というのは簡単だけど、覚悟も足りていなかった。
冷たいスポーツドリンクが、喉を痛いくらいに潤す。
「あり、がとう、ござい、ます、蓉子さん」
うちわまで準備していて、優しく扇いでくれている蓉子さんに、なんとか感謝の言葉を捻り出す。
今日食べた分のカロリー、全部消費してきてしまったんじゃないだろうか。
「おふたりとも、素敵なステージでしたよ。客席の盛り上がりは、全く衰えを見せませんでしたし、途中でその場を離れられるような方も見受けられませんでした」
蓉子さんは、こっちで、由依さんたちの手伝いをしていたはず。
それなのに、客席の様子まで気にかけてくれていたということだろうか。
「六花さんたちが、自分たちのほうは大丈夫だから、客席の様子を見て、後で二人に伝えてあげて、とおっしゃられたんですよ」
考えるまでもなく、こうして、初ステージを終えて、戻ってきた後の私たちのためだろう。
「おふたりとも、反省も、後悔も、たくさんあることでしょう。ですが、そんなおふたりに朗報です。なんと、本日は、午後にもおふたりの立つステージが予定されています。今終えたステージと同じ構成になるかとは思いますが。もちろん、MCは好きにしてくださってかまいませんよ」
一瞬、呆けてしまったけれど。
そうだ。これは、午前の部。
午後にももう一度、今のステージの反省を活かすための舞台が、すでに用意されている。
なんなら、午前にだってもう一度、今度は由依さんたちと一緒にだけど、私たちも立つことのできるステージがある。
私と奏音は同時に吹き出して。
「蓉子さん。今のステージ」
「はい。もちろん、べつのスタッフの撮ってくれた動画があります」
後ろを向いてはいられない。
由依さんたちのステージだって、気になることは違いなかったけど、それより、私たちの視線は、今の自分たちのステージの動画に釘付けだった。




