LADY STEADY GO
ただ、一つ問題があるとすれば、私たち自身、こんな衣装を着ていることで、他のステージを真正面から見られないことだ。
舞台袖みたいなところもないし、完全に、ステージの裏側で待機することになる。
「奏音。振りを確認しておこう」
「うん」
なにしろ、初めてのステージだ。
一応、あの段階からできる曲ということで、由依さんたちと合わせないほうはカバーだけど。
とはいえ、バックダンサーのような形での参加ということでもない。合わさったメンバーの一人という目で見られることだろう。
失敗は許されない。
私一人のステージなら私だけの失敗にできるけど、奏音と、それから、由依さんたちと一緒に立つステージだ。無様を晒して、台無しにはできない。
「始まったわね」
時間を確認していた由依さんが、スマホを鞄に戻す。
「あらためて、皆さん。おはようございます」
他のスタッフの人たちと打ち合わせやら、確認やらの作業に走り回っていた蓉子さんが戻ってきて、私たちを見回す。
「まずは、こうして無事にデビューに漕ぎつけられたことを、嬉しく思っています。私には、コーチ役くらいしか務まりませんでしたから、ここまでしっかり仕上げられたのは、皆さんの努力の結晶です。それは誇ってください」
それから蓉子さんは一人づつ手を握り。
「皆さん、指先まで冷たくなっていますね」
そう言って、ポケットからホッカイロを取り出して、手渡してくれる。本当に、準備が良い。
全員、お客さんの前に生で立つのは初めてだ。緊張していないはずもない。
「皆さんなら大丈夫です。自信をもって、落ち着いてやりましょう。本番というのは、今までの積み重ねを披露するだけのことですから」
蓉子さんは肩を竦めて笑顔を浮かべて。
「そんな、ありふれた言葉をかけたところで、針の先ほども役に立つことはないでしょう。結局、ステージに立つ主役は皆さんで、私は見ていることしかできないわけですから」
私にはそんな経験はないので想像ですが、と蓉子さんは続けて。
「ただ、私が自信を持っていることは、皆さんと一緒にレッスンを積み重ねてきた時間です。私もインターンではありますが、数か月、一緒に取り組んできたことには、自信を持っています。もちろん、ほかのスタッフも同じです」
「はい」
蓉子さんは、六花さんたちに向かって。
「六花さん、由依さん、純玲さん、真雪さん。皆さんは、うちの事務所の代表です。皆さんなら、こうしてプレッシャーをかけても、それを力に変えられると信じています」
「はい。新興であるうちの事務所が、今後、この業界でどういう立ち位置に収まるのか。それが、今日のこのファーストライブにかかっているということは、理解しているつもりです」
六花さんが引き締まった顔で答える。
他の三人の顔も揃っていて、格好良い。
「それに、後輩たちの前ですから。二人が実力をいかんなく発揮できるステージにしてみせます」
蓉子さんを含めて、五人の顔が私と奏音へ向けられる。
「詩音さん、奏音さん。おふたりには本当にご迷惑をかけたと思っています。こちらの都合に振り回してしまう、申し訳ありあません」
いきなり、頭を下げられて、私たちは慌てて。
「蓉子さんが気にすることはありませんから」
「ステージに立つことは、私たちが決めたことです。むしろ、機会をいただけて、感謝しています」
蓉子さんは機会をくれただけ。
それは、蓉子さんだけじゃなくて、私たちの参加を容認してくれている、他のスタッフの人たちも同じことだ。
成功も失敗も私たち自身のもの、とは言わないけど。大勢の人たちの尽力によって、私たちはこのステージに立たせてもらえるわけだから。
「たしかに、六花さんたちには及ばないかもしれませんが、私たちも、自分と、パートナーと、やってきたこと、それから、導いてくれた蓉子さんのことを信じていますから」
蓉子さんが、どれだけ、私たちに尽くしてくれているのか、事務所のことを考えているのか、それは、さんざん見てきた。
インターンだからとか、そんなことはまったく関係ない。むしろ、それにもかかわらず、一番かかわりが深かったのは蓉子さんだから。
「もちろん、緊張していないことはありません。でも、それも含めて、一度しか味わうことのできない、初ライブです。緊張も、興奮も、なにもかも、全部まとめて楽しむつもりでステージに立ってきます」
六花さんはそう言って、手を差し出す。
由依さんが、純玲さんが、真雪さんが、奏音が、私が、そこに手を重ねて。
「蓉子さん」
六花さんが声をかけて蓉子さんを導いて、蓉子さんの手も重ねられる。
「頑張るぞー」
「おー!」
シンプルなものだったけど、それでいい。
「そういえば、六花さんたちのユニット名はなんなんですか?」
「あれ? 奏音ちゃんたちは知らなかったっけ?」
六花さんに逆に聞かれて、奏音は首を横に振り、続けて視線の移された私も同じく。
「事務所のホワイトボードにメモされていたと思っていたけれど」
事務所のホワイトボードなんて、ほとんど見ないからなあ。
毎度、顔を出してはいるけど、挨拶くらいって感じで。
「『LSG』、二人はもう英語は習っているわよね。つまり『LADY STEADY GO』の略ね」
どうやら、ready steady go をもじった名前だということだ。
もとは、位置について用意どん、完璧に仕上がったとか、準備万端、なんていう意味らしい。
「じゃあ、ステージ温めてくるわね」
テントから由依さんたちがいなくなって、私と奏音は大きくため息を吐き出した。
「緊張したよ」
「ねえ」
緊張をほぐすためにいろいろと手は尽くしたつもりで、ステージに立つこと自体に問題はないだろう。
だけど、最初に感じていた分まで、なかったことになったわけじゃなくて、その分を今こうして吐き出すことができたということだ。
「事務所の動画チャンネルで、ライブ配信とかされていたりしないかな」
気になって調べてみても、残念ながら、そんなことにはなっていなかった。
「むしろ緊張しないで済むね。動画上げられてたら、何百万人にも見られることになってたし」
「それは言いすぎでしょ、奏音」
今すでに上げられている動画だって、せいぜい、数万とか、そんな再生数だよ。
ライブなら盛り上がるだろうって言うのはわかるけど、さすがに、そこまで爆発的にはならないと思う。
今はまだ。
「何百人だろうと、何百万人だろうと関係ないよ。今、目の前に集まってくれている人たちのために、私たちにできる全力を披露する。それが、まだまだ、ひよっこの私たちにできる最善だよ」
いや、ひよっこかどうかも関係ない。
いつ、どこで、誰とであっても、自分にできる最高を披露するだけだ。
「詩音、なんか、格好良いね」
格好つけたわけじゃないけど。
「私たちには私たちにしかできないライブがある。むしろ、即興ユニットなんて言わせない、このままデビューまで考えてくれるようなステージにしよう」
デビューまで、二年とか、三年とかなんて、言っていられないような。
「うん。私と詩音なら大丈夫だよね」
そんなことを話しているうちに、由依さんたちのライブが終わる。
大歓声が聞こえてきているから、フェスの雰囲気という盛り上がりはあるにしても、大成功だったんだろう。
これがおぜん立てということなら、それをしっかり引き継ぐだけだ。
「客席は温めておいたわよ」
「お手並み拝見ね」
そんな風に言葉をかけられて、バトンタッチを交わして、私たちはステージに出る。




