いつだって全力で
◇ ◇ ◇
フェスの当日は、事務所と養成所は臨時的に休業になるみたいだ。
スタッフの人たちがほとんど、由依さんたちのデビューライブにかかりきりになるということで、自主練のためにレッスン室を利用することもできない。
とはいえ、今日は、暇があるなら、養成所の生徒であれば、由依さんたちのライブを観るために会場のほうに来るだろうから、結局、誰もレッスンを入れなかった可能性はある。
「なんだかドキドキしてくるね」
奏音が興奮を抑えきれない様子でチラシを眺める。
私は奏音と一緒に会場に来ていて、今は、蓉子さんたちと合流しようと、目的のステージへ向かっているところだ。
まだ開場前だというのに、会場である公園の前には人の列ができていたり、整理しているスタッフの人たちが拡声器を片手にその列の整理をしていたりしているのが見えて、なんとなく、申し訳ない気持ちになりながら、その前――と言っても、結構距離があったり、柵があったりして、向こうからはよっぽど注意していないと、私たちのことはわからなかっただろうけど――を通り過ぎる。
「まだ、夢みたいだけど」
先日のテスト、私たちはギリギリで十番と九番に滑り込んだ。
点数自体が公表されるわけじゃなくて、評価シートによるチェックだから、どれほどの差なのかっていうことはわからないけど。偏差値なんてものが出るわけでもないし。
でも、嬉しいことは嬉しい。満足はしてないけど。
「夢じゃないよ」
「ひょっと、かゃのん」
なんで、私の頬っぺたを引っ張るの。それって、普通、自分の頬っぺたで確かめるものじゃない?
「とにかく、夢見心地でなんていられないから」
頬をむにむにとして、調子を戻す。
「ねえ、詩音。やっぱり、今日って、私たちもデビューってことになるのかな?」
「私は、デビューとは思ってないけど、全力でやることには変わりないよ」
だって、ユニット名も決まってないし、そもそも、ステージの進行予定にも含まれていない。ほんの隙間時間に挿しこまれる感じだから。
それでも、聴きに来てくれているお客さんには関係ないし、残念な空気にもしたくない。
当然、新曲なんてないし、ダンスも歌も、既存のもののカバーだけど。
「ユニット名とか、どうする? 決める?」
「普通に『奏音&詩音』とかでいいんじゃない? どうせ、仮だし」
まあ、それもそうか。
「それとも『K&S』とかにする?」
「えっと、奏音の名前的には、KじゃなくてCだと思うけど……まあ、なんでもいいよ」
奏音は首を傾げるけど、もう少し、勉強もしたほうが良いと思う。
この間の期末テストだって、ギリギリだったみたいだから。
とはいえ、ローマ字ならそれでも間違っているわけでもないし。
「とりあえず、早めに由依さんたちに合流しよう。当日の準備とかもあるかもしれないし」
もしかしたら、着替えだってする可能性がある。
今、私も奏音も思いっきり普段着の私服なわけだけど、このままとか、運動着とかで、ステージに立ってくれっていうことでもないだろうし……それはそれで、需要はあると思うけど。
「あ、詩音ちゃん、奏音ちゃん、こっちこっち」
由依さんたちが登場するステージの近くに到着して、どこだろうと探すまでもなく、ステージの上から呼びかけられた。
「おはようございます。皆さん、とっても素敵ですね」
由依さんたちはおそろいの衣装で、白いワンピースドレスに水色のラインが入っている感じのものだった。
まさに、アイドルっぽい、フリルをふんだんにあしらった装飾で。
「ありがとう、詩音ちゃん。さすがに、ちょっと、恥ずかしいのだけれどね」
由依さんははにかみながら頬を掻く。そんな様子も、可愛らしいっていうのは、年上の先輩に対する言葉じゃないかもしれないけど、点数をつけるなら五百万点はあげたいところだった。
それはともかく。
「あの、着替えられるところってありますよね?」
まさか、由依さんたちも家からこの格好で来た、なんてことはないだろうし。
「ええ。衣装も用意があるわよ」
そう言われて、少し、緊張したのは内緒だ。
由依さんたちの衣装が、そのまま、私たちに着られるということでもないだろうから。
そう思ったのだけれど。
「えと、これって」
「さあ、着替えて。サイズは合っているわよね?」
ステージの裏にある、簡易テント(もちろん、外からは見られないようになっている)に案内されて、渡されたのは、由依さんたちと同じデザインの衣装だった。
サイズが合っているのは、まあ、わかる。
事務所にプロフィール的なものを提出しているし、そのときに、身長とかも記載してあったから。
でも、これって、昨日今日で、即興で準備したものじゃないはずだし。
「もしかして、私たちが言い出す前から……?」
「わかんないけど、少なくとも、ある程度は、衣装も前もって準備してあるんじゃない?」
奏音も不思議ではあったらしい。
もし、私たちが言い出さなかったら……それは、次の機会に回されることになるんだろうけど。
「一応、私たち、成長期なんだけどね」
「多分、私たちがこのサイズを着られなくなったら、クリーニングか、手直しするとか、べつの、次に入って来るかもしれない、私たちの後輩に回されるんじゃない?」
私も、もうすこし、いや欲を言えば、十センチとか、ニ十センチとか、それ以上でも、身長が伸びてほしいと思っている。
中学生くらいまでのうちは、小さくても人気は出るかもしれないけど、個人的にはもう少し、由依さんたちと同じくらいには身長も欲しい。
まあ、欲しいのは身長だけじゃないけど。
「詩音、なんというか、お姫様みたいだね。すっごく可愛い」
「ありがとう。奏音も良く似合っていて、素敵だよ」
普段、こんなにフリフリとした服なんて着ることはないから新鮮だし、余計にね。
「お姫様みたい、は子供っぽすぎたかな?」
「そういうのを気にするほうが子供なんじゃない?」
私と奏音は見つめ合って、笑い合う。
「準備できました」
「二人とも素敵よ。メイクさんが来てくれているから、次はそっちにお願いね」
由依さんたちに連れられるまま、ほんの軽くだったけれど、メイクもしてもらう。
曰く、ほとんど必要ないとかってことだった。
自分ではまだ、全然、やったこともなかったから、少し大人になったような気がして、嬉しかったけど。
メイクさんにお礼を告げて。
「メイクって言われてもよくわからないよね」
「うん」
私と奏音は、お互いを観察でもないけど、確認し合ってみたけど、いまいち、ピンとはこなかった。
「いいわね、中学生」
「若いって素敵ね」
「由依さんたちだって、まだまだこれからですよ」
高校生のお姉さま方がなにか言っているけど、皆さんも十分、お綺麗ですよ?
「じゃあ、奏音ちゃんと詩音ちゃんの準備も済んだところで、今日の流れを確認しておきましょうか」
「はい」
六花さんがリーダーのような立ち位置で、私たちは今日のステージの流れを確認しておく。
私と奏音が出るのは、午前と午後で、ともに二回づつ。
そのうち、午前も午後も、後のほうの一回づつは、由依さんたちと一緒のステージに立つ予定だ。
レッスンはきちんと積んできて、実力も認められたからこうしてステージに参加する資格をもらえているわけだけど、それでも、緊張はしないはずがない。
このステージを使うのは私たちの事務所だけじゃないから、いろんなグループ、あるいは、個人が集まっていて、私の興奮は高まりっぱなしで。
だって、こんなにたくさんのアイドルに囲まれているんだよ? 心臓が破裂しないかとか、鼻血でも噴かないかと、そっちのほうが心配だった。




