見え透いた企みと挑発
そうだろうとは思った。
さすがに、自分の所属している事務所の先輩たちがユニットを組んていて、それを知らないということはないだろうと思っていたから。
「六花さんと純玲さんも表に出られるのは初めてですよね?」
二人とも、ネットにはライブの動画を上げている。もちろん、この事務所のチャンネルで。
それはすでに、桁も収入を見込めるくらいには再生されていて、もちろん、私も何度も見て、聞いている。
「ええ。人は大勢集まってくれると嬉しいけれど、私たちのやることは、このレッスン室だろうと、フェスのステージの上だろうと、変わらないわ」
純玲さんが、緊張していないことはないんだろうけど、そんなことはわずかにも滲ませずにさらりとした調子で言い切る。
おそらく、それは、ネット上だろうと、リアルだろうと、という、そんな意味も込められているのだろう。
昨今では、ネットでデビューして、主な活動の場としている(Vチューバ―ということではなくて)アイドルも相当数いるし、それで収益が出ているというのであれば、すでにプロとして活躍していると言えなくもない。
私たちが前に由依さんに撮られたような、ただの日常のレッスン風景とか、そんな感じでは、デビューとは到底言えないけど。
「詩音ちゃん、奏音ちゃん。二人とも、せっかく早く来たんだし、一緒にレッスンしましょう?」
「よろしくお願いします!」
由依さんからいきなりそんな誘いを受けて、考えるより早く、私の口は答えてしまっていた。
しかし、こうして由依さんたち四人が集まっているのは、ただの長期休暇を利用した朝練ということではなくて、今度のフェスに出場するためのレッスンでもある。
そこに、今回の件に関しては、ほとんど部外者だと言える私たちが邪魔してしまうのは、いかがなものだろうか。
などということを考えて、普通なら、邪魔するわけには、と断るところだろうけど。
四人の雰囲気に流されたというか、当てられたというか、こんな機会は逃せないというか。
「あ、すみません。決して、お邪魔するつもりではなくて」
「どうしたの、詩音ちゃん。ふふっ、私から誘ったのに」
由依さんは楽しそうにしているけど、私のほうは、完全に緊張していた。普段のレッスンとか、発表だと、そんなことはないのに。
まさか、勝負弱かったとか、そういうことなのかな?
そんな気持ちで、気後れしているようじゃだめだよね。
もちろん、本番を控える先輩たちの邪魔をしたくないというのは、本音ではあるけど、せっかく、成績の上位者とほとんど個人レッスンに近い形で一緒にできるんだから。こんなチャンスを逃す手はない。
「由依さん。さすがに、いきなりオリジナルの楽曲でステージに誘うのは無理だと思いますよ」
純玲さんがすこし呆れの含まれているような調子で肩を落とす。
「奏音なら、一度聴いた曲なら歌えるとは思いますけど、私は、あと何回かは見て聞かないと」
「詩音なら、数回見て聞けば歌って踊れますけど、私は、踊りのマスターは少し遅いので」
それでも奏音も、十数回程度、見て、踊れば、マスターするよね。
「え? 奏音ちゃんは一回聞いただけで耳コピできるの?」
「詩音ちゃんも数回で? 毎日、ずっと見て聞き続けてとかってことじゃなくて?」
六花さんと純玲さんが確かめるように由依さんたちを振り向いて、由依さんたちは変わらない笑顔だったけど。
なにか、変なことを言っただろうかと、私は奏音と顔を見合わせる。
それに、ただ歌って踊ることができるというのと、皆と一緒にステージに上がってライブを成功させるということとでは、大分隔たりがあるというか。
一緒にステージに立つ人のリズムとか、呼吸とか、そういったことまで合わせる必要があるから。
それを、この段階で飛び入りして乱してしまうなんていうことはできない。
それこそ、身体の角度とか、タイミングのわずかなずれでも、見ている人たちに伝わってしまうようでは、ステージのクオリティを下げてしまうから。
それに、本番前に、いきなり余計な変更をして、もちろん、皆の実力であれば、その程度なんてこともないのかもしれないけど、少しでも、不確定要素は入れたくない。
「へぇ。面白いわね」
六花さんは、相変わらず、柔らかな笑顔を浮かべていたけど、なんというか、瞳の奥にこちらを見定めるというか、推し測るような光が灯っている感じだったのは、気のせいではないと思う。
四人はその後、一瞬、アイコンタクトを交わしていたように見える。
なんとなく、嫌な予感がするというか。
「タイムテーブルって、結構しっかり決まっているのよね?」
「ええ。でも、そういう場合に備えて、フリーのスペースがあるのよ」
「普通に考えたら、ロスにしかならないでしょうに、業界の未来をしっかり考えているということですよね」
「えっと、あの……」
真雪さんだけは、おろおろとした感じに私たちへちらちらと視線を向けていたけれど、基本的に、声を潜めて、頭を合わせて話し合っている由依さんたちの声は私たちには聞こえない。
「奏音ちゃん、詩音ちゃん」
しばらくして、由依さんが振り返る。
この段階で声をかけられても、企みしか感じない。悪いものではないと思うんだけど。
「六花ちゃんと純玲ちゃんにも、二人のパフォーマンスを生で見てもらいたいから、お願いできるかしら? これからやる私たちのリハーサルを見るのだから、良いわよね? お願い」
「えっと、由依さん?」
奏音がおろおろしている。
私だって驚いているというか。
私たち二人のパフォーマンスを生で見たいって、どういうこと? いや、同じ、アイドルを志す者としてという意味では、他の人のステージが気にならないということはない、それはわかるんだけど。
しかし、由依さんたちがなにかを考えていることは明白だとしても、同じ事務所の実力者、先輩に、私たちのパフォーマンスを見てもらって、評価もしてくれるかもしれない、私たちにとっては都合も良い機会だろうということは事実。
「わかりました。ですが、私たちには、オリジナルの楽曲というものはないですし、振り付けを合わせる時間もありませんから、以前のテストで披露したものでもかまいませんか?」
今、この場で即興で合わせられるものじゃない。
一人ならともかく、二人のステージということだし。
「もちろん」
由依さんは楽しそうに頷いてくれる。
「ちょっと、詩音」
なに言ってるの、と奏音に袖を引かれる。
「奏音、前のテストで合わせたやつなら大丈夫でしょう?」
「それは、大丈夫だけど……そうじゃなくて」
奏音の言いたいことはわかるけど。
「でも、由依さんたちが言ってきたことだし、話し込んでいたし、なにか考えがあってのことだと思う。ここで乗らないっていう選択肢はないよ」
伸るか反るかはともかく、私たちにとってマイナスじゃなくて、相手側からでも迷惑でじゃなく、むしろ、求められるなら。
なにか企みがあることは明らかだろうけど、私たちにだって、上手な人に見てもらって、アドバイスまでもらえるかもしれないという、メリットはある。むしろ、デメリットがない。
ちらりと由依さんたちのほうを見てから、小さくため息をついて見せて。
「上位の人たちに直接見られて恥ずかしいとかっていうことなら、べつに奏音はやらなくてもいいよ。私だけでやるから」
それだと、意味はないんだろうけど。
とはいえ、多分。
「見え透いた挑発だね、詩音。でも、乗ってあげる」
「だよね」
奏音なら、そう言うと思った。




