アイドルフェスへの誘い
「詩音。アイドルフェスに行かない?」
夏休みに入ってからの初日のレッスンで、奏音からそんな誘いを受けた。
アイドルフェスというのは、文字どおり、多数のアイドル(個人でも、グループでも)が集結して、パフォーマンスや特典会と呼ばれるアイドルとの交流を楽しみ、そして、新しい推しと出逢う、アイドルの魅力を存分に味わうことのできるイベントだ。
去年まで小学生だった私は、もちろん、参加したことはない。
「それ、いつのこと?」
「来月の初め」
つまり、約二週間後ってところかな。
それなら、問題はない。
母方の祖母の実家なんてところには、とても、長期休暇だろうと『気軽には』行けないけど、今暮らしているところとか、父方のほうであれば、日帰りくらいの日程でも、頑張れば行けないこともない距離だ。
そして、今のところ、母方の祖母の実家に行くなんて話は聞いていないし、父方のほうは、毎年冬の帰省くらいのもので、ほかに長期休暇で決まった予定はない。
「それなら、大丈夫だと思う」
とはいえ、もちろん、両親に確認は必要だけど。
「それって、奏音の御両親はいらっしゃるの?」
「え? ううん。中学生になったんだし、遅い時間でもないし、私たちだけで大丈夫じゃない?」
まあ、大丈夫なのかなあ。
もちろん、行きたいことは行きたいけど。
「やっぱり、私の一存じゃ決められないから、また、夜に電話するね」
この間のライブと同じ。
ただし、今回は夜中じゃなくて昼間だし、許可はもらえると思うけど、一応確認は必要だ。
そして夜。
「もしもし、詩音、どうだった?」
待ちきれなかったのか、奏音のほうから電話がかかってきた。
「今電話しようと思ってたところ。大丈夫だって、許可もらったよ」
「やったあ!」
通話口越しでも、奏音の喜びが伝わってくる。今回は簡単な報告だけだから、普通の通話だけど。
「ネットで情報も確認したよ。一部アイドル以外、参加するユニットは伏せられてたけど」
私だって、国内すべてのアイドルグループを網羅しているわけじゃないから、知っているグループも、知らないグループもたくさんあった。
全部で十個ステージがあって、そのそれぞれに出演するアイドルが十組くらいづつ。だいたい、百組くらいのグループが出場するらしい。
もちろん、全部が全部、表舞台のというわけじゃなくて、いわゆる、地下アイドルと呼ばれているような人たちも出演するからみたいだけど。
それより、一番驚いたのは。
「ていうか、詩音これ見た?」
奏音は滅茶苦茶興奮していて、もちろん、私もだったけど。
「由依さんと真雪さんも出るんだね」
いや、その二人だけじゃなくて、私たちはきちんと話したりしたことはないけど、六花さんと純玲さんも。
つまり、私たちの事務所も一枚噛んでいることになる。
この間のテストでも、その四人は相変わらず、上位だったから選ばれたんだろう。
「ちなみに、奏音。チケットは?」
「蓉子さんに話したら、わりとあっさりくれたよ。これも、アンテナを張ってる人の有利ってやつなのかも。むしろ、私からしてみれば、詩音が知らなかったことのほうが驚きだったんだけどね」
奏音としては、誘った段階で、すでに、私も行くことに決めていると思っていたらしい。
「夏休みだし、イベントがあることはわかっていたんだけど、最近はレッスンのほうに集中したい気持ちが強くって。もちろん、この間のライブの熱を忘れたわけじゃないし、現地でっていうことにも、相変わらず、夢はあるんだけど」
今は、自分で身体を動かすほうに熱が入っているというか。
「奏音、明日、養成所行くよね?」
「うん。由依さんたちが来てたら、話を聞かせてもらおう。もちろん、暇があったらだけど」
私の言いたいことは、奏音も考えていたらしい。
二週間前っていったら、すでに、かなりギリギリと考えてもいいかもしれない。それにしても、出演するなんて全然気がつかなかったけど……基本的には、養成所にはレッスンに行っているだけだし、時間が合うかどうかもわからないから、そんなにうまく聞くというか、話すタイミングなんてないよね。
翌日。
夏休みだし、自主練習にも積極的に来られるのが嬉しい。
蓉子さんにトレーナーとしてついてもらうのではなく、あくまで、自主練習という形なら、レッスン料もかからない。
そのついでというか、今日はそちらも本題なんだけど、由依さんたちが来ていたら、少しくらいは話もできるかな、なんていう打算も多少あったりする。
それで、私はかなり早く来たつもりだったんだけど、レッスン室にはもう四人とも揃っていて、汗を流していた。
なんとなく、扉の影からそっと見るだけにしていたんだけど。
「おはよう、詩音。そんなところでなにしてるの? 中入らないの?」
奏音に声をかけられて、中でレッスンをしていた由依さんたちにも気づかれてしまった。
「あら、詩音ちゃん、それに、奏音ちゃんも」
「おはようございます」
奏音は気にする様子もなく、元気よく挨拶をしている。
もちろん、私も遅れて頭を下げた。
「おはようございます。すみません、レッスンの邪魔をしてしまって」
今度のステージでの振り付けや歌を四人で確認していたんだろう。
「気にしなくて大丈夫よ。今は自由時間だし、誰が使っても問題ないことになっているから」
由依さんが微笑みを浮かべて。
「一応、二人はきちんと話すのは初めてよね。こっちのベージュカラーの髪の子が一色六花ちゃん。こっちの黒髪の子が長瀬純玲ちゃんよ」
こうして会って、顔を合わせて話すのは初めてだけど、少なくとも私たちのほうは、六花さんのほうも、純玲さんのほうも、認識するのは初めてじゃない。
すでに何度かテストの場は設けられているし、二人のパフォーマンスも見たことがある。
順位としては確かに、一位から四位までと決まってはいるけれど、そこまでの差はない、といった印象だ。すくなくとも、上位四人に関しては。
「六花ちゃん、純玲ちゃん、こっちの二人は」
「如月奏音ちゃんと、それから、月城詩音ちゃんね。はじめまして、一色六花です」
微笑みかけられ、握手を求められるかのように、手を差し出される。
相手は一位。すくなくとも、私がここに入ってからは、ずっと。
ベージュカラーの髪を左右で二つに結んでいて、私が言うのもあれだけど、どこか、幼い印象を受ける。由依さんと同じくらいなら、私たちより、三つか四つくらいは年上のはずだけど。
「ほら、純玲ちゃんも」
「長瀬純玲よ、よろしく」
純玲さんのほうはクールな印象を受ける。
朱里ちゃんと似たタイプなんだろうけど、朱里ちゃんよりもさらに尖っている感じだ。
「はじめまして、月城詩音です」
「はじめまして、如月奏音です」
だからって、私も奏音も、臆するなんてことは、あるはずもなかった。
差し出された手はしっかり受けたけど、もちろん、強く握り返したりはしない。
「なるほど。この子たちが由依さんのお気に入り?」
「あら、私は皆のことが大好きよ、六花ちゃん」
由依さんは、六花さんや純玲さんに、私たちのことをなんて話しているんだろう。
それは気になるけど。
「それで、あの、由依さんたちはこのイベントに出演するという話を聞いたのですが」
奏音がチラシ――事務所のほうに置いてあるらしい、私も後でもらってこよう――を取り出して掲げる。
「あら、耳が早いのね」
こうして集まっているのも、このイベントのレッスンということなんだろう。
つまり、四人でステージに立つという。
「皆さんは、ユニットを組んでいらっしゃるんですか?」
「今回のフェスに関しては、そうね。普段からユニットとして活動しているわけじゃないわ。もっとも、これを機に、そういう呼ばれ方をするようになるかもしれないけれど」




