私たちのことを考えて勧めてくれたところだから
その中には、もちろんというか、芸能科のある高校も含まれていた。
文字どおり、芸能活動をしているような子が集まるところで、いろいろと融通がきくみたいだけど。
この国の中でも、そういう高校は少ないけど、家から登校するのにそこまでの苦労がなくて、この養成所に通える現実的な距離での場所となると、さらに候補は絞られる。さすがに、電車を乗り継いで一時間かかります、なんてところには通いたくない。通学が面倒だということもあるけど、時間がもったいないから。
電車の中で、歌とか、ダンスの練習はできないし。
実質的には、一つ、多少の無理に目を瞑るなら、ギリギリ、二つといったところかな。
「奏音はこの辺の高校のこと考えていたの?」
「ううん。具体的にどこなんてことはまだ、全然。小耳に挟んだような情報みたいな感じ?」
芸能科、なんて珍しいし、話題になりやすいよね。奏音の学校で、クラスメイトとかが話していた、みたいな感じなのかな。
「私は、芸能科のある高校である必要性はないと思うけど」
実際、由依さんも、真雪さんも、普通科(あるいは、コースの名前は違ったかもしれないけど、とにかく)に通っているわけだから。
蓉子さんもサポートしてくれると言ってくれている。
それに、どんなに頑張ってもアイドルの寿命は長くないから、きちんと勉強もしておいたほうが良いとは思う。
たとえば、将来的に、ダンススクールとか、それこそ、養成所みたいなところで、指導員になりたい、なんて考えているようなことがあれば、話は変わってくるかもしれないけど。
「ううん……」
奏音はまだ迷っている感じで。
「奏音。遅くなるから、悩むのは家にしてよ。蓉子さん、相談に乗ってくれてありがとうございました」
「いえいえ。いつでも、どんなことでも、気軽にご相談ください」
さすがに、蓉子さんの通っている大学は、気軽に目指そう、なんて言えないから。
それに、二年の間に学校だって、新設されるかもしれないし。
それか、芸能科だのなんだのなんて、まったく関係ない、普通を選ぶことになるかもしれない。
たしかに、芸能科っていうくらいだから、芸能界で勝ち抜いていくために必要な技術、知識を学ぶことができるんだろうけど、それは逆に、普通の高校で学ぶようなことを学ぶことができないということでもある。
もちろん、芸能科という場所でしかできない体験、味わうことのできない空気というものはあるだろう。
でも、それはきっと、この道の先に続いている芸能界という場所と同じようなもの(むしろ、意図的に似せているということまであるだろう)で、順当にいけば、私たちにはこれから体験できることである、とも言える。
アイドルにとって、いろいろな経験を積むことが重要だというのなら、一般の高校に通うという体験もしておくべきかもしれない。
「そうだ、由依さんとか、真雪さんと同じ学校に通うっていうのは」
「奏音。思いついて喜んでいるところ悪いけど、私たちが高校に入学するころには、由依さんは大学生だよ」
進学するのなら、だけど、あの様子で進学しないということもありえないだろう。
しかし。
「それはわかってるよ。でも、それほど大きく学校のスケジュールが重なってくるころもないだろうから、参考になるんじゃないかなって」
それは確かに、一理ある。
由依さん、真雪さんの忙しさがどれほどのものなのか、私たちは、事務所に張られたボードをちらりと見た程度にしか、わかっていない。
事務所に張られているボードっていうのは、所属アイドルの名前が入れられた、罫線――表計算ソフトのような線が入れられた紙が貼られている物のことで、その、由依さん、真雪さんのところを見れば、いつ、どこに、どんな仕事が入っているのかということが確認できる。
でも、所詮そこに書かれているのは、時間、場所、事案、くらいのもので、大変さっていうのは、本人にしかわからないものだから。
一の仕事を大変だと思う人もいれば、十の仕事を余裕だと感じる人もいるし、そもそも、仕事自体のやりやすさということを考えても、本人の受け取り方、感性によるところも大きい。好きな仕事や得意な仕事があれば、嫌なって言うとあれだけど、得意ではない仕事とかもあるわけで。
「私は、蓉子さんに勧めてもらったところっていうのは、外れはないと思う」
私たちのこと、それから、仕事のこと。
その両立というか、両方の事情をある程度わかっているうえで、勧めてくれたところだから。
いくつかあったけど、それは、これから、学校説明会なんかにも行って、考えてみればいい。
「どこも、芸能科みたいなコースがあるよね。名前は違うけど」
奏音が、プリントしてくれたものにざっと目を通して、一息入れてから、それらをファイルにまとめる。
蓉子さんからもらったものだけど、高校の名前は覚えたし、それなら、これから同じような質問をしに来るかもしれない、未来の生徒のために、ここに置いておいたほうがいい。ファイル名とか……そのへんは、蓉子さんがやってくれるだろう。
「蓉子さん的には、どちらも大切にしてほしいっていうのは、本音だろうからね」
だから、仕事との両立のしやすいコースのある高校を選んでくれたんだろう。
私としては、距離とか、いろいろな面から考えたとき、選択肢は一つか、二つくらいだと思っていたけど、蓉子さん的には、これだけの数の高校のどこを選んでも問題ないとみなしているということなんだろう。
多分、蓉子さん個人のバイタリティ的なことじゃなくて、ちゃんと、私たちの普段の様子なんかを見たうえで、選んでくれているということで。
片付け終えて、奏音と一緒に、事務所を出る。
「よかったね、まだ、雨降ってなくて」
「予報だと、今日の夜から雨だったけどね」
だから、私も、奏音も、傘を持っている。
結局、無用なものになったわけだけど。
「授業に出られなくなるくらい、忙しくなればいいのにね」
「奏音、それは……」
奏音は笑っているけど。
たしかに、それくらい忙しくなってくれたら嬉しいという思いはあるけど、なんとなく、奏音が言っているのは、授業を受けたくないからなんじゃないかとも疑ってしまう。
「なんか、仕事で遅れました、みたいに言うのって、格好良くない?」
「いや、格好良くはないと思うよ」
変に注目されるだけだと思う。
いくら、そのために設立されているコースとはいえ、なんというか、鼻につく感じというか。
「それじゃあ、またね、詩音」
私はここの近所――と言えるほどかどうかは微妙だけど――に済んでいるけど、奏音は電車で通っているから、一緒にいられるのは、事務所を出るまでだ。
電車の時間ということもあるし、そもそも、まだ中学生の私たちは、夜遅くに外に出ていると、警察に声をかけられたり、面倒をかけかねない。まだ、夜遅く、なんていう時間帯ではない――なんだったら、この後の時間帯でも、養成所ではレッスンがあるくらいだ――とはいえ。
「うん、またね、奏音。学校は、ちゃんと考えないとだめだよ」
近いから、なんて理由で養成所を選んだ私に言えることなのかな? とは思うけど。結果的には、正解だったとはいえ。
一応、時間を大切にするという意味では、近さっていうのも、十分な選択の理由だとは思っているけどね。
「わかってるよ」
学校選びは、ご家族とも話し合いがあるだろうから、そこまで心配しているわけじゃないけど。
私も、お母さんとか、お父さんに話をする必要はあるだろうね。




