表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/228

超人か、スーパースターか、いや、それほどでも

 ◇ ◇ ◇



 合否の通知は、翌日の夜にあった。

 

「詩音。連絡がきているわよ」


 母に教えてもらい、スマホを借りて、届いていたメールを開く。

 自信をもって、自分のできる限りのパフォーマンスを見せられたと思ってはいたけれど、実際に通知が届いているのを見れば、緊張もする。  

 結果だけを言うなら、心配は杞憂で、合格通知だった。


「おめでとう、詩音。よく頑張ったわね」


「ありがとう、お母さん」


 仕事で出かけている父にも、母がメッセージを送っている。

 

「お父さんとも相談したのだけれど、詩音もスマートフォンを持っていたほうが良いと思うの。今回みたいに、連絡がメールで届くことも多くなるでしょうし」


「それは嬉しいけど……いいの?」


 スマートフォンを持つのは高校生からと決めていたはず。

 

「私もアイドル、いえ、芸能界に詳しいわけではないけれど、いつ、デビューが決まるともわからないわけでしょう? 数年後かもしれないし、数か月後かもしれない。レッスンだって、遅くまでかかるようになるかもしれないわよね。お母さんとお父さんとしても、詩音が持っていて安全の確認ができるほうが嬉しいわ」


 さすがに、中学生で、それほど遅くまでレッスンが続いてなんてことはないと思うけど。せいぜい、夜の八時、九時、十時くらいだろうか。もちろん、確認するまでわからないわけだけど、母の言っている、安全の確認ができる、ということは大きいだろう。

 本当にデビューなんてことになったら、忙しくてそんな暇もなくなるかもしれないし。

 そんなわけで、買ってもらったスマートフォンを持って、私は所属することになった養成所へ向かった。

 今日が初日。

 どれだけの人が受かったのかは知らない。もともと、所属している人もいるだろう。

 しかし、そんなきらきらとする場所に、見る側じゃなく、私もその一員になることができるのだ。

 初日の今日は、説明だけ、それから、一応、この間もちらりとだけ見させてもらったけど、事務所の案内なんかをしてもらえるらしい。


「おはようございます。月城詩音です。今日からよろしくお願いします」


 つい、気が急いてしまい、約束の時間よりも大分早く来てしまった私は、さすがに、少し緊張しながら事務所のドアを叩いた。

 ここの養成所は、事務所とも併設された施設になっている。

 両方ともに挨拶をする必要があるだろうから、まずは、事務所のほうから、と思ったのだけれど。

 

「おはようございます、月城詩音さん。私はここで事務などを担当しています、篠原蓉子です。そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ、といっても、難しいですよね。私も緊張しています」


「えっと、篠原さんが、ですか?」


 篠原さんはここに勤めている事務の方、と言っていたけれど。

 髪をシニョンにまとめた、スーツ姿の篠原さんは、スタイルはいいし、顔も整っているし、私を緊張させないように、実はアイドルであることを黙っていて、ということも……ないとは言えないのではないだろうか。

 いや、さすがにアイドルがスーツでお出迎え、お茶汲み、なんてやらないか。

 

「はい。実は、私も最近ここへ就職したばかりなんです。あ、いえ、正確にはまだ就職していなくて、インターンという扱いなんですけど」


 篠原さんは、実は、まだ二十一歳で、パーソナルトレーナーだか、ジムトレーナーだかの資格を取得していて、ここでダンスや発声のトレーナとして、事務員としての仕事もこなしながら、働いているらしい。

 超人なのか? と思ったけれど、本人はいたって柔和な笑顔を絶やさずにいて。

 

「私からすれば、皆さんのほうが、私とは比べるまでもないくらいにスーパースターですよ」


 危うく、いただいたお茶を粗末にするところだった。

 

「えっと、すみません。顔に出ていましたか?」


「いえ、そんなことは。ただ、ちょっとだけ、そんな気がしただけです」


 もしかして、エスパーなんだろうか?

 冗談はともかく、そのくらいのことをしている自覚があるのか、あるいは、ほかの誰かに言われたことがあるのか。

 

「今日はもう二人いらっしゃいますから。すでに所属している方ではなくて、詩音さんと同じ、直近のオーディションで合格された方たちです」


「もしかして、如月奏音さん、それとも、藤朱里さん、ですか?」


 同じ、直近のオーディションと聞いて、その二人の名前が真っ先に思い浮かんだ。

 

「よくおわかりになりましたね」


 そして、どうやら、正解だったらしい。しかも、二人とも。

 そうだろうな。二人とも、すごいパフォーマンスだったから。今でも、鮮明に思い出せるくらい。

 

「もしかして、篠原さんも私たちのオーディションのビデオをご覧になったのでしょうか?」


 講師のほうで協議して審査するということは、ダンスと発声のトレーナーだという篠原さんが見ていないはずもないのではないだろうか。


「はい。拝見させていただきました。それから、私のことは蓉子でかまいませんよ」


 そうなると、当然、個人的な評価が気になるのが人間の性というものだろう。

 合否はすでにわかっていて、それなりに評価してもらえたということ、個人的な評価への概要もわかってはいるけれど、こうして、対面して直接聞くことのできる評価というのは、また別の新鮮さというか、発見がある、とつい、そわそわとしてしまう。

 

「詩音さんはアイドルのことが大好きなんですね」


「そうなんです!」


 つい興奮して、机に身を乗り出してしまって、すみません、と謝る。

 蓉子さんは落ち着いた調子で微笑み。

 これが大学生なのかあ。鬼も笑わないような話だけど、私もあと六年、いや、もうすこし正確には九年くらいだけど、そのくらいしたら、こんな落ち着いた雰囲気の美人になれるのだろうか。

 あと、スタイルとか。つい、自分の身体を見下ろして、無駄な肉はついていないはずだけど、ついてほしいところにもまだついていないというか。 

 はっと気がついて、さすがに失礼だろうと、頭を振った。 

 エスパーはともかく、蓉子さんが観察力に優れた人だったら、気づかれていてもおかしくないし、セクハラと言われても仕方がない。

 とはいえ、気になるものは気になるのだけれど。ないものねだりというか、なんというか。

 それはともかく。

 

「拝見したビデオからも、その気持ちがすごく伝わってきました。並大抵の努力では、あそこまでのパフォーマンスはできません。しかも、まだ十三歳だと聞いて、開いた口が塞がりませんでしたよ」


 今、こうして対面している蓉子さんからは、そんな雰囲気はまったく感じられない。これが、プロの仕事ということだろうか。いや、インターンということだったっけ? それなら、むしろ、さらにすごいのでは?

 

「ありがとうございます。でも、まだ、道半ばにも到達できていません。ようやく、こうして入り口に立たせてもらったところです」


 私の歌か、ダンスか、それとも容姿か、どこかを評価してもらえたということだろう。

 そもそも、これからアイドルとしてデビューするわけじゃなくて、アイドルとしてデビューするためにレッスンを積んでいく、という段階だ。もしかしたら、いくら積んでも足りなくて、延々とレッスンだけ、みたいな状態にもならないとは言い切れない。

 

「詩音さんは向上心が高いんですね。得難い資質だと思います」


 そうだろうか。むしろ、向上心なんて、アイドル(でなくても、どんな職業でもだけど)なら誰でも持っているものではないんだろうか。

 そんな話をしていると、扉のほうがノックされて。


「失礼します」


 二つ、重なった声が聞こえてきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ