超人か、スーパースターか、いや、それほどでも
◇ ◇ ◇
合否の通知は、翌日の夜にあった。
「詩音。連絡がきているわよ」
母に教えてもらい、スマホを借りて、届いていたメールを開く。
自信をもって、自分のできる限りのパフォーマンスを見せられたと思ってはいたけれど、実際に通知が届いているのを見れば、緊張もする。
結果だけを言うなら、心配は杞憂で、合格通知だった。
「おめでとう、詩音。よく頑張ったわね」
「ありがとう、お母さん」
仕事で出かけている父にも、母がメッセージを送っている。
「お父さんとも相談したのだけれど、詩音もスマートフォンを持っていたほうが良いと思うの。今回みたいに、連絡がメールで届くことも多くなるでしょうし」
「それは嬉しいけど……いいの?」
スマートフォンを持つのは高校生からと決めていたはず。
「私もアイドル、いえ、芸能界に詳しいわけではないけれど、いつ、デビューが決まるともわからないわけでしょう? 数年後かもしれないし、数か月後かもしれない。レッスンだって、遅くまでかかるようになるかもしれないわよね。お母さんとお父さんとしても、詩音が持っていて安全の確認ができるほうが嬉しいわ」
さすがに、中学生で、それほど遅くまでレッスンが続いてなんてことはないと思うけど。せいぜい、夜の八時、九時、十時くらいだろうか。もちろん、確認するまでわからないわけだけど、母の言っている、安全の確認ができる、ということは大きいだろう。
本当にデビューなんてことになったら、忙しくてそんな暇もなくなるかもしれないし。
そんなわけで、買ってもらったスマートフォンを持って、私は所属することになった養成所へ向かった。
今日が初日。
どれだけの人が受かったのかは知らない。もともと、所属している人もいるだろう。
しかし、そんなきらきらとする場所に、見る側じゃなく、私もその一員になることができるのだ。
初日の今日は、説明だけ、それから、一応、この間もちらりとだけ見させてもらったけど、事務所の案内なんかをしてもらえるらしい。
「おはようございます。月城詩音です。今日からよろしくお願いします」
つい、気が急いてしまい、約束の時間よりも大分早く来てしまった私は、さすがに、少し緊張しながら事務所のドアを叩いた。
ここの養成所は、事務所とも併設された施設になっている。
両方ともに挨拶をする必要があるだろうから、まずは、事務所のほうから、と思ったのだけれど。
「おはようございます、月城詩音さん。私はここで事務などを担当しています、篠原蓉子です。そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ、といっても、難しいですよね。私も緊張しています」
「えっと、篠原さんが、ですか?」
篠原さんはここに勤めている事務の方、と言っていたけれど。
髪をシニョンにまとめた、スーツ姿の篠原さんは、スタイルはいいし、顔も整っているし、私を緊張させないように、実はアイドルであることを黙っていて、ということも……ないとは言えないのではないだろうか。
いや、さすがにアイドルがスーツでお出迎え、お茶汲み、なんてやらないか。
「はい。実は、私も最近ここへ就職したばかりなんです。あ、いえ、正確にはまだ就職していなくて、インターンという扱いなんですけど」
篠原さんは、実は、まだ二十一歳で、パーソナルトレーナーだか、ジムトレーナーだかの資格を取得していて、ここでダンスや発声のトレーナとして、事務員としての仕事もこなしながら、働いているらしい。
超人なのか? と思ったけれど、本人はいたって柔和な笑顔を絶やさずにいて。
「私からすれば、皆さんのほうが、私とは比べるまでもないくらいにスーパースターですよ」
危うく、いただいたお茶を粗末にするところだった。
「えっと、すみません。顔に出ていましたか?」
「いえ、そんなことは。ただ、ちょっとだけ、そんな気がしただけです」
もしかして、エスパーなんだろうか?
冗談はともかく、そのくらいのことをしている自覚があるのか、あるいは、ほかの誰かに言われたことがあるのか。
「今日はもう二人いらっしゃいますから。すでに所属している方ではなくて、詩音さんと同じ、直近のオーディションで合格された方たちです」
「もしかして、如月奏音さん、それとも、藤朱里さん、ですか?」
同じ、直近のオーディションと聞いて、その二人の名前が真っ先に思い浮かんだ。
「よくおわかりになりましたね」
そして、どうやら、正解だったらしい。しかも、二人とも。
そうだろうな。二人とも、すごいパフォーマンスだったから。今でも、鮮明に思い出せるくらい。
「もしかして、篠原さんも私たちのオーディションのビデオをご覧になったのでしょうか?」
講師のほうで協議して審査するということは、ダンスと発声のトレーナーだという篠原さんが見ていないはずもないのではないだろうか。
「はい。拝見させていただきました。それから、私のことは蓉子でかまいませんよ」
そうなると、当然、個人的な評価が気になるのが人間の性というものだろう。
合否はすでにわかっていて、それなりに評価してもらえたということ、個人的な評価への概要もわかってはいるけれど、こうして、対面して直接聞くことのできる評価というのは、また別の新鮮さというか、発見がある、とつい、そわそわとしてしまう。
「詩音さんはアイドルのことが大好きなんですね」
「そうなんです!」
つい興奮して、机に身を乗り出してしまって、すみません、と謝る。
蓉子さんは落ち着いた調子で微笑み。
これが大学生なのかあ。鬼も笑わないような話だけど、私もあと六年、いや、もうすこし正確には九年くらいだけど、そのくらいしたら、こんな落ち着いた雰囲気の美人になれるのだろうか。
あと、スタイルとか。つい、自分の身体を見下ろして、無駄な肉はついていないはずだけど、ついてほしいところにもまだついていないというか。
はっと気がついて、さすがに失礼だろうと、頭を振った。
エスパーはともかく、蓉子さんが観察力に優れた人だったら、気づかれていてもおかしくないし、セクハラと言われても仕方がない。
とはいえ、気になるものは気になるのだけれど。ないものねだりというか、なんというか。
それはともかく。
「拝見したビデオからも、その気持ちがすごく伝わってきました。並大抵の努力では、あそこまでのパフォーマンスはできません。しかも、まだ十三歳だと聞いて、開いた口が塞がりませんでしたよ」
今、こうして対面している蓉子さんからは、そんな雰囲気はまったく感じられない。これが、プロの仕事ということだろうか。いや、インターンということだったっけ? それなら、むしろ、さらにすごいのでは?
「ありがとうございます。でも、まだ、道半ばにも到達できていません。ようやく、こうして入り口に立たせてもらったところです」
私の歌か、ダンスか、それとも容姿か、どこかを評価してもらえたということだろう。
そもそも、これからアイドルとしてデビューするわけじゃなくて、アイドルとしてデビューするためにレッスンを積んでいく、という段階だ。もしかしたら、いくら積んでも足りなくて、延々とレッスンだけ、みたいな状態にもならないとは言い切れない。
「詩音さんは向上心が高いんですね。得難い資質だと思います」
そうだろうか。むしろ、向上心なんて、アイドル(でなくても、どんな職業でもだけど)なら誰でも持っているものではないんだろうか。
そんな話をしていると、扉のほうがノックされて。
「失礼します」
二つ、重なった声が聞こえてきた。