『FLURE』のライブ
戻ってきてみると、すでに観客席は満員と言えるくらいに埋まっていた。
実際に、自分の目で見ると、また思いも一入というか、本当に『FLURE』の人気がうかがえるというか。
会場内は、ざわざわとした、緊張感というか、高揚感に満たされていて、それはもちろん、私たちも同じだった。
会場を眩く照らしていた天井のライトが消え、スクリーンに大きく『FLURE』のロゴが映し出されると、歓声も一際大きくなる。
ステージの上下から白色の光が照らされると、そこには『FLURE』のメンバーの姿が。
そして、そのままMCもなく、一曲目。
熱狂に包まれた中で一曲目が終わると、大きな拍手と歓声、声援の中で。
「皆さんこんにちわー! 『FLURE』です!」
MCは、『FLURE』に限った話じゃないけど、すべてのライブで全部の曲の間に必ず入るわけじゃない。
全部入る場合もあるし、まったくMCをやらないアーティストもいる。あるいは、ところどころで入ったり、やるときとやらないときがあったり、それぞれだ。
「はじめましてのお客さんも、何度も来てくださっているお客さんも、今日は最高の時間を過ごしていってくださいね」
再び大きな拍手と歓声、そして、それが鳴り終わるのを待つこともなく、二曲目のBGMが流れ始め、会場の熱気は、すでにこれ以上ないほど盛り上がっていたのに、一段とその勢いを増す。
冷静に考えたなら、MCの間少し落ち着いていたのが、再び曲に入って爆発したから、そう思えるだけなんだけど、理屈なんてものはこの場ではどうでもいい。ようするに、自分が熱くなることができているのかどうかだ。
そもそも、ライブなんて、冷静に参加するようなものでもないし。
もちろん、マナーとか、モラルとか、ルールとか、大事なものはあるけど、頭を空っぽにして、ただ、全身で浴びるようにパフォーマンスを享受する、そんな楽しみ方でも問題はない。
そのときによって多少、数が増減したりはするんだけど、今の『FLURE』のメンバーは、ステージに立っているのが二十一人。アイドルグループとしては多いほうだろう。実際、この中でも個別のユニットがあったりして、それぞれ分かれてステージに立つこともある。というより、『FLURE』のライブはほとんどがそれだ。チーム名は、捻りなく、『FLURE』のそれぞれからとった五文字を冠した、チーム○○みたいなものだけど。
もちろん、基本的には最初か最後、あるいは、その両方が多いけれど、こうして、メンバー全員でステージに立つこともある。
私は、各チームごとのライブも、全員が集まってのライブも、どれも大好きだ。
私たちがデビューするときはどうなるのかな、なんて、まあ、鬼も笑わないかもしれない話ではある。
私の所属させてもらっている事務所、全体では多分、数十人はいるはずだけど、今のところ、デビューしているのは二人だけで、まあ、新設? だからなのかもしれない(どのくらいから新設でなくなるのか、アイドル事務所の事情はわからないけど、蓉子さんが職員として採用されていて、その業務の多岐にわたる内容を考えると、そこまで日が経ってはいないということなんだろう)けど。
一人一人が目立ちたいなんてことなら、人数は少ないほうが良いのかもしれない。
少ないっていうのは、そこに所属している人が少ないということじゃなくて、厳しいライバル競争を繰り広げた結果であるとも言えるかもしれないから。
私は、一人のステージにも憧れるけど、やっぱり、皆で合わさるライブのほうが楽しいと思える。
もちろん、言うまでもなく、センターで。
今の私の実力だと、大分難しいけど。実力的に、一番の人が務めるはずだから。あるいは、人気とか。
それにしても、本当に笑顔が絶えない。
これだけ激しく、歌って、踊って、ファンサして、MCもやって、なんて、疲れないはずがないのに。
白鳥も、水面下での激しい動きは決して見せないと言われるけど、それは、アイドルでも――アイドルに限ったことじゃないかもしれないけど――同じだよね。そのことは、私自身でも体験して、実践しようとしていることだから、大変さはよくわかる。
ミュージシャン、バンドのライブなんかだと、途中で水分をとっている様子は見られるけど、アイドルのライブは、ステージ上では決してそんな姿を見せたりしない。ステージの縁にペットボトルやらが転がっている、なんてこともない。
アイドルのライブは、踊りがついているから、そんな足元が危険になるようなものを置いてはおけないということもあるんだろうけど。
ステージに立つメンバーの動きには、一糸の乱れも見られない。
いったい、どれほどのレッスンを重ねてきたんだろう。私と奏音、二人のライブの短いステージでも大変で、というか、無理があったことなのに。
テレビやネットの動画で見て、知っていたつもりだったけど、これがアイドルとしての最高峰のステージなんだ。実際の現場で見ると、感動も一入だ。
ここのパフォーマンスも最高なのは当然として、それが見事に合わさることで、何倍もの効果を生んでいる。多分、会場の効果まで考えられているんだろうね。
鳥肌が立ち、身体も震える。武者震いなのか、戦慄してなのかは、わからない。でも、決して、ネガティブな感情からのことじゃなかった。
声も良い。
これは、録音じゃない。マイクを通してではあるけれど、生の歌声が届けられている。
つまり、それだけのトレーニングを積んできている、ということだ。
ステージに立っているメンバーだけじゃない、音響、トレーナー、監修……ほかにも、さまざまな人の尽力によって成り立っているステージの魅力は、簡単には語り尽くせない。
本当に一人一人と目が合っているんじゃないかと思えるファンサービスも、これだけの激しい動きと声出しをしながら立ち続ける体力も、合間合間に挟まれる見事に笑いを取り、和ませるMCも。
どれも、今の私にはできない技術だ。それは、まだまだ、成長する余地が多分に存在しているということで。
終わったらなんてものじゃない、今すぐにでも、歌い出して、踊り出したい。
もちろん、思うだけで、実際にそんなことはできないけど。これを見ないで外に出るなんて、人生の損失だし、ここでやるのは迷惑が過ぎる。
私が初めて見たときの構成からは、メンバーも、歌も、パフォーマンスも、随所に変化が見られるけど、とくに、メンバーなんて、全員代わっているけれど、パフォーマンスの質は、下がるどころか、上がっている。
本当に、すごいという言葉しか出てこない。
私に、もっと表現力とか、語彙力があれば、千の言葉でも、万の言葉でも紡いで、この感動を表したいところだけど。
でも、アイドルという、一種の表現者をしていくのなら、そういう力も磨いていかないといけないのかもしれない。
アイドルのライブのレポをするとか、そういうことで必要だっていうわけじゃなくて。
歌でも、ダンスでも、表現力というのは、テストの審査基準にもなるくらいに重要なことだから。自分の感動を素直に外に発信するというのは、重要なことだろう。
きらきらと輝くそのステージには、まだまだ、手は届かない。
でも、近い将来必ず。ただ憧れるだけじゃなくて、今はそう思える。
ステージからは目が離せないけどいと、奏音も同じ気持ちだろう、と思っていたら、手を握られる。相手の顔は見るまでもない。
私も握り返す。きっと、同じ気持ちで。




