母から許可をとる
帰ってから、夕食の折に切り出してみた。
「お母さん。ちょっと、聞きたいこと、ううん、頼みたいことがあるんだけど」
父はまだ仕事で家にはいなかったから、とりあえず、母にだけ。
「どうしたの、詩音」
母――月城香子は箸を持っていた手を止める。
母はハーフではあるけれど、生まれたころには祖父母は日本にいて、永住とは言わずとも、拠点、あるいは、生まれてくる子の故郷にするとは決めていたみたいで、日本人的な名前をつけてもらったのだとか。
私の白い髪も、青い瞳も、母が祖母から受け継いだものを、受け継いだものだ。
「実は、奏音から『FLURE』のコンサートに一緒に行かないかって誘われたんだけど」
奏音のことは、もちろん、家族に話してある。
私が、自分から、友達の話をするのは珍しいことだったから、嬉しそうに聞いてくれた。
「そうなの。いつの話?」
「来週末の、その、終演が二十時なんだけど」
そのくらいは、時間だけなら、今も養成所の終了時間で外にいることが多いから、大丈夫だろう。
ただ、今回は養成所のような近場ではなくて、武道館だから、少し距離がある。
「開場は十五時で、学校が終わってからでも間に合う時間、だと思う」
学校を休んでアイドルのライブに行く、なんてことだと、多分、厳しい顔をされただろうけど、土曜日の学校は午前授業だから、それから向かっても、間に合うはずだ。よっぽど、事故とか、そんなことがなければ。
「少し、如月さんとお話しさせてもらってもかまわないかしら?」
母はやっぱり、少しだけ顔を顰めた。
終演が二十時だと、帰ってくるのは、早くても二十二時を過ぎるだろう。まだ、どの交通機関を利用するのかなんてことは、決まっていないけど。決まっていないというか、そのあたりは奏音に任せているから、私は結果を受け入れるしかないんだけど。
幸い、乗り物酔いなんかはしない体質だ。
「うん。私が奏音にかけるから」
いきなり、母が如月家へと電話をかけても困るだろう。そもそも、如月家の電話番号を知らない。知っているのは、奏音のスマホの番号だけだ。
「もしもし」
「もしもし、こんばんは、奏音」
後で連絡するといったような旨は伝えてあったので、話はスムーズに進んだ。もちろん、私と奏音の間の話だけど。
「夜分遅くに申し訳ありません。私、月城詩音の母の香子と申します」
そんな感じで、母と奏音のお母さんとの話しが続けられる。
私に聞こえるのは、母の喋っている言葉だけだけれど、それほど悪いように転がってはいないと思う。
「――はい。はい。こちらこそ、今後とも、よろしくお願いいたします」
そんな感じで、それほど長く会話は続かず、母親たちの会話は終了して。
「どうなったの?」
声の調子からは大丈夫そうだと判断していたけど、恐る恐る、聞いた。
「行ってもかまわないわよ」
先に結論だけを聞いて、私は喝采を上げかけた。
「ただし、子供たちだけで、というのは認められないわ。終わりの時間が終わりの時間ですから。チケットは、詩音と奏音ちゃんの二人分しかないのよね?」
「私も奏音から聞いて、見せてもらっただけだから、詳しくはわからないけど、多分、そうだと思う」
実は、一枚で二人入ることのできるペアチケットで、なんてことはないはずだ。チケットはしっかり確認したから、見落としてはいないだろう。
ともあれ、最初から、私たちだけで参加することが許可されるとは思っていない。
たとえ、チケットの都合上、会場内に入ることのできる人数に限りがあっても、会場のすぐ外くらいで待っていてくれることにはなるだろうと。
むしろ、そっちのほうが私的にも安心だと思える。
待ちぼうけさせてしまうのは心苦しいと思う気持ちはあるけど。
「会場で落ち合うというのは難しそうなのよね?」
「行ったことがないからわからないけど……奏音は、もし、行くのなら、車を出してもらうつもりだって言っていたから、向こうで会えない、みたいな心配はいらないと思う」
はぐれる心配はあるかもしれないけど、手でも繋いでおけば問題ないだろう。そもそも、そんなに歩き回ることもないだろうし。
会場内でどのくらいスマホが通じるのかわからないけど。
問題があるとすれば、お手洗いのときとか……? それも、まあ、一緒に行けば問題ないはずだ。
「奏音ちゃんのお母さんとすこし話をさせていただいて、私と詩音も同じ車で送っていただけることになったのよ。私が車は出しますと言ったのだけれど、ご厚意に甘えさせていただこうと思って」
それはありがたいんだけど。
ただ、車は、当日の混雑具合がわからないという難点はある。電車にも事故とかはあるかもしれないけど、それでも、渋滞よりは少ない確率だろう。
回避するために早めに行こうにも、私も奏音も、土曜日は学校があるから、どうしても、それが終わってからになってしまうわけで。
なにもなければ、余裕をもって間に合う時間と距離ではあるはずだけど。
「ありがとう、お母さん」
「その代わり、勉強はしっかりするのよ」
アイドルをする――今はまだ、養成所だけど――にあたって、成績はしっかり優秀なものを修めることを約束している。
とりあえず、中学に入学して初めての中間テストは問題なかったと思う。どの教科も、音楽や家庭科、体育、美術なんかの実技教科まで含めて、平均点より十点は上だったから。
「うん」
ただ、これから、勉強についてはどんどん難しくなるはずだ。
私は学校で部活に入ってはいないから、聞くことのできる先輩はいないけど、事務所には由依さんや真雪さんがいるから、勉強の方法なんかの相談をできるかもしれない。なんといっても、現役高校生だから。少なくとも、私たちの今いる場所は通過しているわけで。
あるいは……そんなことまで相談していいのかわからないけど、多分、一番優秀なのは蓉子さんだとも思う。これも、アイドル活動に集中するためなんですと言えば、もしかしたら、教えてくれる可能性はある。
蓉子さん自身は、大学の卒業に関してはすでに問題ないということだったし。
その大学は、まあ、誰でも知っているくらいくらいには、あるいは、この国でも一番目か二番目くらいには有名だろうというところで。
本当に、なんでアイドル事務所の事務兼トレーナー兼マネージャー兼……なんて仕事についているのかわからない。もちろん、蓉子さん自身が好きだからだっていうのは、聞いているけど。
普段のレッスンのことを考えたら、きっと、教えるのも上手なんだろうし。
いや、自分でお世話になっている、これからもっと踏み込んでいこうという世界に対して、なんて、なんて言い方は悪かったかな。
蓉子さんは多岐にわたる業務を一手にこなしている。優秀じゃなければ務まらない、大切な仕事だ。むしろ、蓉子さんがいなければ、あの事務所でのアイドル活動はままならないとも言えるだろうね。
もっとも、社長さんだか、プロデューサーさんだかは、べつにいるわけだし、コーチだって、蓉子さん一人ということでもない……それほど多いわけでもないけど。
でも、事務的な仕事をしているのは蓉子さんしかいない。
蓉子さんが優秀だからほかに人が必要ないのか、それとも、ほかに足りえる人が見つからないからなのか。
「今から楽しみだからって、眠れないで、風邪ひいた、なんてことにならないように、早く寝るのよ。アイドルの動画を見るのもほどほどにね」
「はーい」
約束どおりというか、その日の勉強と風呂を――もちろん、ストレッチとかも――済ませて、早めにベッドに入った。




