ライブに行こう
◇ ◇ ◇
私と奏音に続くように、養成所の所属メンバーの中での対決が流行る、なんていうことにはならなかった。
そもそも、私と奏音が勝負をすることができたのは、他の人たちよりも早く来て、隙間時間のレッスン室を使うことができたおかげだから。
レッスンの前に全力で勝負しよう、なんて思う人も稀みたいだし、実際、勝負するとなったら、見てくれる人もいたほうが良いに決まっているわけで。皆、それぞれの時間で通ってきているのに、誰しも、そんな風に時間に余裕のある人ばかりじゃない。
勝負の中でしか見えてこないもの、吸収できるものもあると思うから、暇があるなら、私は誰とだってやってみたいと思うけど。
それに、奏音との勝負は楽しかったし。二人でするライブみたいで。
とはいえ、次回のテストは、可能であれば――というのは、テストの形式的にという意味だけど――私と奏音はべつべつに、それぞれソロでパフォーマンスをしようと思っているわけだけど。今度は、しっかり、プロの第三者に見てもらいたい。
もっとも、それは、奏音との勝負の熱がまだ残っているから、という部分が大いに関係していることだ。あの興奮をもう一度、となるのは、むしろ、必然ともいえる。
まあ、でも、勝負ができるのは奏音とだけじゃない。言ってしまえば、この養成所の皆がライバルなわけで。
奏音とは、二回も本番でペアを組んでやったから、より近くに感じていて、相対するっていうシチュエーションに燃えたわけだけど、まだまだ、所属者の中では一番新人でもある私にとっては、誰でも皆、尊敬、そして、目指すべき先達でもある。順位がどうとか、そういうのは関係ない。誰からだって、学ぶものはあるから。
「詩音ー」
後ろから抱き着かれる。
もちろん、声で誰なのかはわかっていたし、変質者とか、不審者なんてことではない。そもそも、養成所の中でのことだし。
「おはよう、奏音。今日はいつもよりご機嫌だね」
奏音のテンションは、基本的に明るいけど。
「ふふーん。なんでだと思う?」
嬉しさが全身から溢れてきているよね。どんな良いことがあったんだろう。
「今度のテストで私に勝つための練習がうまくいったから、とか?」
「ぶぶー。違います。ていうか、練習がうまくいくって、どういうことなの」
奏音は胸の前で手をクロスする。
「正解は、じゃーん! こちらです」
もう見えていたけど、奏音は指の間に挟んでいたチケットらしき形状の紙を見せつけてくる。
「えっと、『FLURE CONCERT』……『FLURE』のコンサートチケット?」
思わず二度見してしまった。
「うん。抽選で当たったんだ」
それでこんなに嬉しそうにしてるのか。
時間的には、来週の週末、開場が十五時、開演が十六時、終演物販終了の時刻が二十時、となっている。
場所は武道館。席もS席だし。
「すごい」
席もそうだけど、奏音の強運が。
「あんまり、こういうの当たったことなかったんだけど」
奏音ははにかみながら。
「それでね、えっと、詩音。良かったら、一緒に行かない?」
行く、と脊髄反射で答えようとして。
「行――来たいけど、それって、奏音の保護者の方と一緒に行ったほうが良いんじゃないの?」
中学生だけで行っても大丈夫?
「車とかは出してくれるかもしれないけど、お母さんはあんまりアイドルとか見ないから。お父さんも忙しいし、お兄ちゃんとお姉ちゃんは学校があって、この時間には無理だし」
奏音は三人兄妹で末っ子なんだ。いや、それは、どうでもよくはないけど、今は関係なくて。
「嬉しいんだけど、返事するのは少し待ってもらっても良い? 私もちょっと、お母さんとお父さんに確認しないと」
この場で即答、なんてことはできない。
もちろん、家でも奏音のことは話しているし、仲が良いだろうことはわかってくれているとは思うけど、私の両親と奏音の家族は会ったことも、話したこともないわけで。
通っている学校も、住んでいる地域も違う、お互い、ここで会う以外のことはほとんど知らない間柄だ。
私は未成年だし、さすがに、両親の許可がなければ、一緒にお出かけというのは難しいだろう。
ちょっとそこまで遊びに行く、みたいな感覚じゃないわけだから。
「うん。急に誘ってるのはわかってるつもりだから」
そう言って、奏音はチケットを戻しに行った。
私にいち早く見せつけるためだけに、わざわざ更衣室から持ってきたらしい。そんなの、終わってからでもよかったのに。
むしろ、気になって仕方なくなるから、後で言ってくれればよかったのに。
なんて気持ちはほんの少しで、それよりも、来週の天気はどうだろうとか、そんなことばかりが気になった。
ずっと好きだったけど、私の両親は忙しいから、こうしてライブに直接行くのは、実は、初めてのことだ。さすがに、一人で、なんて行かせてもらえないから。
インスタライブとか、動画共有サイトに挙げられている動画だとか、そういう、画面越しでなら、何度も見たことはあるけど。
いや、でも、待って。
今、奏音から話を聞いただけでもこれなのに、実際に見に行ったりしたら、心臓が飛び出すか、止まってしまったりするんじゃないだろうか? そんなことになったら、死人が出たライブとかって、甚大な迷惑をかけることになるのかも、なんて、あまりにも馬鹿な考えが頭をよぎってしまうくらいには、興奮しているらしい。興奮するなというほうが無理なんだけど。
「その日はレッスンは入れないようにしないと……詩音、聞いてる?」
いつの間にやら戻ってきていた奏音が、私の顔を覗き込んできていて、どうやら、放心していたらしい。
「聞いてる聞いてる。ちょっと、あまりの事態に動転していて、頭と身体がついてきていないだけだから」
奏音はくすりと笑い。
「わかるよ。私も当たった直後はちょっと信じられなくて、しばらくぼうっとしてたから。なんだったら、チケットが家に届いてからも、夢なんじゃないかって疑ってたくらいだし」
ここで、お互い頬っぺたをつねり合ってみる、みたいな、べたな真似はしない。
私も奏音も、『FLURE』の大のファンで、話したいことも、話せることも、無限に出てくるわけだけど、こんな浮かれた状態で、身の入らないレッスンをするわけにはいかない。それならいっそ、つねり合っていたほうが良かった?
ともかく。
まあ、アイドルファンとか、アイドルを目指していて、『FLURE』を知らないとか、意識したことがないなんて人は、いないと断言できるくらいのものだから、私たちに意識するなというほうが無理な話なんだけど。
演出はどうなっているんだろうとか、歌い方、ダンスのキレは、MCの感覚は、衣装はどんなものを、なんて、今でこそ、こうして思いを馳せていて、少しでも勉強して、近づけるように頑張ろう、なんて意気込んでみてはいるけど、きっと、本番、会場でパフォーマンスを直に見たら、なにも難しいことなんて考えられなくなるんだろうな、と思える、いや、確信できるくらいには、私は自分のことをわかっているつもりだった。
なんといっても、生ライブだ。やっぱり、実際に会場で、間近で空気を肌で感じるのは、別格のものだろう。その熱も、なにもかも。
こんなことをしてしまったら、もう、画面越しのライブ映像じゃあ、満足できない身体になってしまうんじゃ……それはないな、うん。何千回見ても飽きない自信がある。
ライブも良いけど、握手会とか、イベントとかも……まずは、目の前のライブだけど。




