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オーディションを終えて

 一応、私は歌とダンスを一緒にこなしたわけだけど、それだって指定されているわけじゃない。歌うだけ歌って、ダンスもダンスだけで、といったように、べつべつにこなしても問題はないだろう。

 一番最初に私が一緒にこなしたから、ほかの皆も倣うだろうけど。

 

「はい」


 体力的なことだけなら問題はなかったけれど、さすがに、私が二回目もできる、なんて状況にはならなかった。 

 全員とは言わないまでも、手を挙げる人が増えた。

 一番手というのは難しさもあるだろうけど、ここに集まっているのは、もともと、私を含めて目立ちたがりが多いわけで。

 私の歌とダンスを見て、あの程度なら私もできそうだとか、あの程度なら越えられる、みたいに思われたということなら、悔しさも感じるけれど、いったいどうなんだろうと、わくわくする。

 こんなの、ある意味、新曲とか、新MVの発表が、ここにいる受験者の分だけ見られるということにもなるわけだから。

 皆、私より年上だし、まだ私の知らない技術や表現も見られることだろう。

 競い合いたいけれど、蹴落としたいとまでは思っていない。そんなことをしたら、その子のパフォーマンスが今後、見られなくなるということだから。

 表現なんて、十人十色。歌の上手な子、ダンスの得意な子、演劇に情熱を持っている子……一口にアイドルと言っても、私が思い浮かべるのは、スポットライトに照らされた煌めくステージの上の輝く女の子たちのことだけれど、ドラマや演劇の舞台役者、バラエティなんかの演者や司会、雑誌のモデルとかCMの顔を思い浮かべる子たちもいるだろう。

 その子たちの目指す、憧れていることによって、ここでのパフォーマンスにも違いは出てくるはずだ。

 それを確認する意図もあっての、さっきの面接だったのかもしれない。

 もちろん、全員がダンスと歌を披露するのでも、私は全然、かまわないけれど。


「よろしくお願いします」


 手を挙げる子たちは多くなったけれど、二番手に躍り出たのは、朱里ちゃんだった。

 今、ここに並んでいる子たちの中では最年長。応募要項だけを考えれば、他の組なんかには、もうすこし年上がいてもおかしくはないかもしれない。

 その朱里ちゃんの演技もすごく良かった。

 私より、頭一つ分は大きな朱里ちゃんのダンスはダイナミックさに彩られていて、私の心臓の鼓動を激しくさせた。

 手足の指の先、視線や顔の向き、どうやったら自分のパフォーマンスがベストに見えるのかを完璧に考えられたステージは、まさに、完璧に近いもの、その凄みがありありと感じられた。

 パフォーマンスが終わってからも、私たちのほうはちらりとも見ることなく、元の席へと戻っていく。 

 

「よろしくお願いします」


 その後にも何人かがパフォーマンスをこなしてから、奏音の順番になった。

 事前にすこしだけ話をしていたから、ということもないとは言わないけれど、合唱コンクールで友人のクラスの番になったから注目してみるか、という程度の気持ちにはなっていたと思う。

 そんな気持ち、パフォーマンスを見て消し飛ばされたわけだけど。それはもう、跡形もなく、塵になって。

 奏音の歌はすごかった。

 本当は、百の言葉を尽くしてその歌を称賛したいところだったけれど、圧倒されるとか、そんなどころの話じゃない、景色を、世界を塗り替えるほどの凄まじさだった。私の感受性が高いということじゃなく、奏音の表現力によって、私だけじゃない、他の候補者、そして、審査員までもが呑み込まれていることがわかるほどだった。

 もちろん、私はこれまでの奏音の努力とか、積み上げてきたものを知らない。

 けれど、きっと、才能というのはこういうものなんだろうと、理解させられた。

 どうだ凄いだろう、という圧だけじゃなく、こちらに寄り添い、聴く人に感動を与えている。

 奏音は順番の最後じゃない、この後にもまだパフォーマンスは続けられる、そんなことは十分にわかっていたけれど、奏音の歌が終わったとき、私は自然と拍手する手を止めることができなかった。あるいは、辛うじて飛び出して、抱き着くことは抑えられたといったほうが正しかったかもしれない。

 ダンスのほうは、そこまでの印象は受けなかった。

 もちろん、一般的に言ってうまくないわけじゃなかったけど、それでも、歌の印象が強すぎたということなんだろう。

 それにしても。

 ほかのグループのオーディションも見たかったなあ。言われなくてもわかっていることだけど、自分たちの組のものしか見られないのは、すごく損している気分になる。

 朱里ちゃんとか、奏音からだけじゃない。刺激をもらえただけじゃない、誰からも得られるものはあった。

 本当に、早く帰っていろいろ試したい。歌もダンスも。

 今なお、鮮烈に焼き付いているイメージが薄れないうちに。

 全員のパフォーマンスが終わってから、審査員の方から総評を受ける。その最後に。

 

「皆さんお疲れさまでした。今日の結果は、今ここにはいない講師の者とも協議して審査したものを、後日、当落の通知、および、講評とともにメールにてお伝えいたします」


 今、この場で発表されるわけじゃないんだね。どこか、私たちの気がつかないところで、ビデオカメラでも回っていたりするんだろうか。

 数日間とはいえ、緊張したまま待てというのもなかなかに大変だけど、実際にアイドルとして活動することになるなら、その程度の緊張なんて、いくらでも吹き飛ばせるようにならなくちゃいけないわけで。

 今回は養成所に入るためのものだけど、本来は、役だったり、レギュラーだったりするんだから。

 それにしても、メールか。

 私は、まだ中学生だから、スマートフォンもパソコンも、自分のものは持っていない。

 一応、事前の申し込み用紙には、母のアドレスを書いていたから、そちらに通知がくるんだろう。

 それでも、気が早い話ではあるけれど、合格して、養成所に入ることができるようになったら、自分のものくらいは持っていたほうが便利かもしれない。

 小学生で持つのは早すぎたし、中学も学区域内のところで近いから、スマートフォンの類は高校生になってから、という話になっていたけれど。

 まあ、それは後で考えてもいいか。今日は、今の自分にできるベストなパフォーマンスを見せることができたと思う。既存の楽曲だったところだけが、少し気になるところだといえば、そうなんだけど。

 審査員の好みにあっていなかったとか、そんなことなら、もう仕方ない。

 あと、私にできることは、結果を待つことだけだから。もちろん、合否に関わらず、これからも挑戦はしたいから、練習は続けるけど。

 受かっていたら喜ぶし、逆に、合格じゃなかったらへこむだろう。

 でも、合否だけじゃなくて、総評ももらえるというのは、オーディションを受けに来たこと自体に、主催側で期待を持ってくれているってこと……だと思う。

 今日会った――といっても、実際に話したりできたのは一部の人たちだけだったけど――人たちとは、また会いたいと思っている。

 合格できていたら話ができるとか、そういうことじゃなくて。

 もちろん、合格してってことなら、嬉しいけど。 

 それだけじゃなくて、このオーディションで合格するっていうことは、養成所に入るということで、実際にアイドルとしてのデビューが決まるわけじゃない。その中でも、激しい競争があるんだろう。

 つまり、それだけ、多分、このオーディションに来ていた人たちより上手な人たちがたくさんいるんだろう。

 楽しみだな。

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