選曲の理由は
まあ、もともとがゼロか一とか、そんなものなんだから、今はまだ、明らかに自分の成長を実感できているだけだとも言えるわけだけど。成長を実感できるのは嬉しいけど、いい加減、その状態から抜け出したいとも思っている。
それに、私たち自身でいくら成長を実感できていようと、それが評価に繋がらなければ意味はない。
自分で――自己満足でやっているだけなら、それでもいいのかもしれないけど、そうじゃなくて、外部に向けて発信して、それで評価を得て、成功しようと思っているのなら。
リベンジと言えるほどに評価されているのかどうかはわからない。
でも、今は、今できる精一杯を見せつけるだけだ。
結局、奏音も歌わないことにしたみたいで、ダンスに集中している。
あれもこれもとやると、どちらも中途半端になって、より、見栄えが悪くなる。
言うまでもなく、今の私たちは、ダンスも歌も全然未熟ではあるわけだけど、だからこそ、一つに集中したほうがパフォーマンスが良くなるのは当然のことだ。
曲と振り付けに集中しながらも、熱くなりすぎて、動線を間違えてはいけない。二人だからこそ、一人ずれれば乱れがすぐにわかるし、大人数だったら、わずかなずれが他人を巻き込んで大きなミスになってしまうだろう。それこそ、大事故が起こるかもしれない。
もちろん、だからといって、歌とダンスを同時にやるのが悪いこととは言わない。アイドルのステージのことを考えたなら、それはできてあたりまえというか、前提みたいなスキルだからね。
音楽を聴くのはもちろんのこと、近くの奏音の呼吸を感じ取って、自分の振り付けをしっかりこなす。
練習どおりに音楽に合わせれば、奏音も同じように合わせてくれていると信じて。
大切なのは、相手を、互いを信じあう心を忘れないということだ。
くるり、と回転した拍子に、奏音と一瞬だけ視線がすれ違う。その瞳を見ただけで、考えていることが全部……とは言わないけど、同じように、奏音も私を信じてくれているんだっていうことは感じ取れる。
ダンスを合わせるだけじゃなくて、この歌の解釈についても散々話し合った。ただ、振り付けどおりに踊るっていうことだけじゃあ、感情は乗せられないし、見てくれる人に感動を届けることもできない。
どういう気持ちで書いた歌詞なのか、メロディに込めた想いは、思い浮かぶ情景は……とか、いろいろ。歌詞はつけずとも、想いは汲み取って、ダンスに乗せることはできる。
奏音の感性はすごく……いや、まあ、すごかったんだけど、参考になるかといわれると。
私の勉強不足なのかもしれないけど、奏音は感覚派だから説明が擬音というか、ふんわりしているというか、とにかく。
それでも、なんとか、二人で意見をすり合わせて、自分たちなりの解釈はできたと思う。ただ、歌詞をそのまま表面で受け取っただけじゃなくて。
まあ、初見じゃなくて、既存の曲だったっていうのも大きかったけど。短期間で合わせられたのは。
いや、私は、だけど。奏音はあんまり聞いたことがなかったみたいで。昔の曲だっていうこともあるんだろうね。良い曲なんだけどな。身近で流れてるとか、好きな人がいるとか、そうでもないと、あんまり聞かないよね。新曲なら、コンビニとか、CDショップとかでも流れてるけど。
この、『ワールドワーカーズ』の『隙間時間』は、べつに、仲直りとか、友情とか、そういうことを歌った歌じゃない……と思う。
歌の解釈なんて人それぞれで、聞き手によってさまざまでいいと思うけど、すくなくとも、私と奏音の認識としては。
もっとも、最初に手本として見せてくれた時点で、歌詞が入っていなかったということは、今回はそこまで考慮する必要がないっていう、トレーナー陣側からの意図なのかもしれないけど。
でも、どれだけアンテナを広げているのかを確認する、みたいなことも言っていたし、それも込みなのかもしれない。
あなたたちが、普段からどれほど音楽に興味を持っているのか、どういう気持ちで聞くことが多いのか、見ているところ、聞いているところは。歌――歌詞をつけずに表現するなら、それらに対する理解が必要だから。
もちろん、一ファンとしての活動を否定しているわけじゃないだろうけど、本気でアイドルを目指しているのなら、それだけじゃだめ、っていうことなんだろう。深読みかもしれないけど。
なんにせよ、説明されていないし、聞いてもふんわりとしか、それも、ヒント程度にしか教えてもらえない以上、推測、憶測になるのは仕方のないことだ。
結局、真摯に課題に打ち込むくらいしか、私たちにできることはない。
養成所内の雰囲気を良くしようっていうのが、真摯かどうかは……一応、アイドルとして、皆を笑顔にしたいっていう思いは、適性の範囲だとは思うけど。
このダンスで、私たちの想いが伝わればいい、伝わってほしい。
ダンスは、漫画や小説、それから、歌詞なんかとも違って、直接絵や文字で想いを伝えることはできない。
私たちの動き、それから、受け取り手の感受性によるところが全てだ。
つまり、私たちだけでは、完結できない。もっとも、そんなことは、創作物の全般に言えることなのかもしれないけど。
パフォーマンスとしてはともかく、なにか、特定のことを伝えようというのには、歌を知っていたことは、逆に、枷になっていたかもしれない。どうしても、引っ張られるからね。
「ありがとうございました」
それでも、やれるだけのことをやり切って、私と奏音が揃って頭を下げる。
「ありがとうございました、おふたりとも」
蓉子さんから告げられて、そのまま、場所を明け渡すために戻ろうと思っていたんだけど。
「詩音さん、奏音さん」
蓉子さんに呼び止められる。
まだ二回目のテストだからわからないだけかもしれないけど、少なくとも、前回は、パフォーマンスが終わった直後に呼び止められたりすることはなかった。
「はい」
とはいえ、呼ばれたのなら、脚を止めて応えるしかない。
「お疲れのところ、呼び止めてしまい、申し訳ありません。すぐに済みますので、いくつかお聞きしてもよろしいですか?」
蓉子さん以外のコーチ陣の中では、ほんのわずかにだけど、困惑しているような雰囲気がある。
つまり、これは、蓉子さんの独断であり、私たちのために用意してくれた質問でもあるということなんだろう。
「はい」
それに応えないわけにはいかない、というより、不干渉だと思っていた事務所側からこうして手を伸ばしてくれたんだから、それに応えないという選択肢はない。
もちろん、私たちが最初の演者だったわけで、これから皆にも同じ質問がされるのかもしれないけど。
これが、吉と出るか、凶と出るかは、わからない。
「それでは、前回と同じ曲を選んだことには、なにか理由が?」
「はい。成長を直に見てわかるようにするためです」
決して、新しい曲にチャレンジする勇気がないとか、余裕がないとか、気概がないとか、そんな理由からじゃない。
「それでは、今回も二人でのパフォーマンスにした理由はなんですか?」
蓉子さんたちの視線がわずかに強められる。これが本命だろうね。
「もちろん、一人でもできることを示すために、今回はそれぞれでやろうという思いもありました」
一瞬だけ目配せして、頷いて、奏音と交代する。
「ですが、一人でのパフォーマンスなら、普段のレッスンでもこなしているようなものだということが一つと、相手と合わせるということが、いずれ、デビューするなら、必須になる能力だろうと思うからです。個人の実力を高めるということは前提で、協調性がなければ、アイドルのステージは務まらないからです」




