一人づつだけど、二人だからできること
それに、私たちは今度のテストのためだけにレッスンを受けているわけでもない。
歌を歌わずに踊る練習だとは言ったけど、歌って悪いこともないから。
このダンスにだって、本来は、歌がついているわけで、ただ、ダンスに集中したいから練習ではつけていないというだけだ。
本番でも歌を歌ってはいけないというわけではない、と言われているし。
とはいえ、ダンスだけというのも、練習が必要ではあって、そのための格好の舞台であることは間違いないから、悩みどころではある。
「奏音の歌をこんなに近くで独り占めするなんて、皆に悪いことしてるかも」
「なに言ってるの、詩音。歌のレッスンなら、いつも、一緒にしてるでしょう?」
それはそうなんだけど。
「ていうか、それは私の台詞でもあるし……こほん。まあ、でも、今度の試験、私は歌と一緒にはやらないよ」
「そうなんだ」
それは、私もそのつもりだけど。
あくまで、歌をつけるのは練習で感覚を掴むためだ。ダンスだけ踊っている最中にも、頭の中でフレーズが無意識に再生するくらいにまでなると、なお良い。
実際、リズムを覚えるために、音楽を口ずさむっていうのは、悪い方法じゃないから。
「うん。ダンスだけでもすごいと思わせたいから」
奏音は、なんとなくだけど、トレーナーの人たちとか、もしくは、私たちだけにそう思わせようと思っているわけではなさそうだと感じられた。
一応、養成所に通うことができているという時点で、ダンスだって、一定水準以上にあることには違いないんだけど。
それとも、奏音の歌は特別すぎて、それだけで合格したとか? たとえば、合格点が百五十点だったとして、ダンスが五十点、歌が百二十点(百点満点中)だった、みたいな。
実際、聞いていて、頭一つどころじゃなくて飛び抜けていたからね。
「それに、蓉子さんたちも言っていたように、歌わずに踊る練習でもあるんだし。普段は、つい、鼻歌とかでも、歌っちゃうから」
実際に、自分が歌わないダンスだけのパート、みたいなものがあっても、口パク程度なら……許されないかな。一人でも、口パクしているように見えてしまったりすると、バランスを崩すというか、見栄えが悪くなるかもしれないし。
それはそれてとして、歌い足りないっていう話で、奏音と一緒にカラオケとかっていうことなら、ぜひ、してみたいけど。
でも、そのためだけに会う、なんてこともなあ。
如月家と月城家の位置関係的にも、決して、近いとは言えないし、気軽に誘うのもね。
そもそも、今まで、そんな風に、カラオケとかに一緒に遊びに行けるような友達がいなかったから、距離感というか、もろもろ、計りかねているっていうところはあるんだけど。
勉強とか、他の習い事とかとの兼ね合いもあるし……まあ、そんな、友達と遊ぶような暇もないくらいにぎっしりスケジュールが詰まっていて忙しい、みたいなこともないんだけど。
もっとも、実際にアイドルとしてデビューしたなら、忙しいほうが、いわゆるところの、嬉しい悲鳴というやつなのかもしれない。
まあ、なんにしても、今回のテストが終わった後の話だ。
「べつに、つい、口ずさむとか、そんな程度のことなら問題ないと思うけどな」
奏音は少し考え込むようにして。
たしかに、バックダンサーという意味でも、そういうことなら、その場合には個別にマイクをつけたりはしないわけで、そんな一人のつぶやき程度のことまで拾われるわけでもないから、口ずさむことも許されない、みたいな話ではないだろうけど。
それとも、最近のマイクは高性能で、ステージの上であれば、呟いた程度の声でも拾われるとか?
いや、それはないだろう。だって、そんなことにまでなると、本人たちの動き回る足音ですら拾ってしまう、みたいなことにもなりかねないし。
「ううん。それでも、今回は私は歌わない。歌が大好きだからこそ、ダンスだけでとことんやってみたい。もし、アイドルとしてデビューした後の実際のステージとかってことになると、ダンスと歌を一緒にはしないっていうほうが珍しくなるのかもしれないけど、だからこそ、本番というか、テストだけど、こういう機会は貴重だし」
「奏音がそう決めたならそれでいいけど」
もともと、私は歌うつもりはなかったから。
「だから、私のダンスを見て、だめなところは指摘してほしいんだよね。お願い、詩音」
「うん。それは、もちろん」
どうせ、動画としては残すわけで、一人でも反省はできるけど、傍から見て指摘してもらうというのが、良い刺激になることは間違いない。
私たちは、今のところ、プロではないから、判断してくれる目は、一つでも多いほうが良い。
それも、その場ですぐにということなら、なおさら。
「もちろん、私も詩音のだめなところはしっかり見るようにするから」
「それは助かる」
自分に対して甘くなるとかっていう話じゃなく――それも少しあるのかもしれないけど――て、自分のパフォーマンスって、自分ではそれで問題ないと思ってやっているから、なかなか、間違っているところの指摘って難しいんだよね。
そういう意味では、意見も活発に交わせるように、人数も多いほうが良いんだけど、奏音はこうして来てくれたけど、他の人にまで無理矢理誘ったりはできないから。
そもそも、年齢というか、学年が近くて、学校の授業の時間帯がまったく同じとは言わずとも、近い感じの、仲の良い相手が奏音しかいないっていうことはあるわけだけど。
たとえば、高校生と中学生とじゃあ、学校の時間割とか、そもそも、授業時間とかも、結構違っているだろうし。
奏音は比較的近いところから通ってきているけど、それなりに遠いところから通ってきている人たちも少なくないからね。
だからって、自撮りした動画を持って行って交換する、みたいなことまではしないし、そこまで薄rなら、蓉子さんにお願いして見てもらうほうがよっぽどいい。蓉子さん――というか、本職の人たちがいるわけだから。
「ダンスはもちろんだけど、それなら、私は奏音の歌についてのほうが聞きたいかも」
「私の歌?」
首を傾げる奏音に頷いて。
「奏音が、普段、どうやって歌っているとか、気をつけているところとか」
「え? どうだろう。なんていうか、こう、気持ちよくなる感じ?」
そうだろうと思っていたけど、思い切り天才肌の感覚派だった。
そんな、私の考えが顔にでも出ていたのか。
「なんか、ごめん。せっかく聞いてくれたのに、うまく言葉にできなくて」
「ううん。奏音はそれでいいと思うよ」
それが奏音の才能だっていうのなら。
本人が、才能だって言われるのを好きなのかどうかっていうことはあるけど。
「――っていうか、歌じゃなくて、ダンスだって言ってるでしょ」
「ごめん、つい」
奏音にせっかく話を聞けるならと、自分の欲望を優先してしまった。
「じゃあ、先に私から踊るからね」
「うん。いつでもいいよ」
罪滅ぼしっていうわけでもないけど、奏音に先を譲って、カメラとはべつに、私は奏音の様子をしっかり見つめる。
カメラの位置を固定しているのは、なるべく、見本の動画と同じような距離感になるようにしている。そのほうが、後で見比べるわけだけど、より、検証しやすいから。
もちろん、いろんな角度から確認できるっていうことなら、動き回って撮影できる分、私が手に持って撮影したほうが良いのかもしれないけど、周りをウロチョロされるのも落ち着かないだろうし。
だから、撮影開始のカウントダウンだけ、役目をもらう。




