相談できる相手
さすがに、あれだけのことで、朱里ちゃんへの嫌がらせだとは判断できない。
そもそも、自分のダンスのバランスを崩してまで、他人を妨害しようっていう理由もよくわからないし。
もうダンスは問題なくて、完璧に踊ることができるからってことなのかな? ライバルになりそうだから芽を摘んでおきたい、みたいなことなら、ないわけじゃない?
むしろ、ダンスを乱していちいち中断させている分、ほかの皆からの注意を引きやすくなっているのは自分自身だと思うんだけど……悪い意味で。自身の評価も良いものにならないだろうし。
ただ、そうして朱里ちゃんと絡んでいる、というより、傍目には、せいぜい視線を向けているといった程度のことではあるけど、そんな人たちは、一人二人といった程度ではなさそうだ。まあ、レッスンの最中に仕掛けてくるほどだ。気が大きくなっているのは間違いないだろうね。
いっそ、もう、面倒だから直接聞いてみようかな。
最年少だからこそ、物怖じしないようにみせて、単刀直入に向かっていけるっていう部分はあると思うんだよね。
同じことは多分、最年長……というわけではないにしろ、年長の組に入るだろう、由依さんや真雪さんにも言えるんだけど。実際に、プロとして活躍している人の言葉のほうが、受け入れやすいという部分はあるだろうし。
むしろ、私の言葉でどこまで説得できるのかがわからない。
もちろん、やってみないと、言ってみないとわからないことではあるんだけど、そんなことにかまけているような余裕があるのかなっていう思考が、どうしても、先に来るんだよね。
少なくとも、私は朱里ちゃんよりも順位が下なわけで、私自身、身につけていかなくちゃいけないものがまだまだ多いから。
「詩音、また朱里ちゃんのこと見てるの?」
「うん」
今は休憩中だけど。
「そういう奏音だって同じでしょう?」
私の視線に気がついたっていうことは、私のことを見ているのか、それとも、私の視線の先を追っているのか、どっちかだ。
そして、またっていうことは、その前があったということで、奏音も同じように見ていた、見ていることに気がついて気にしていたということ。
「蓉子さんとか、由依さんとかに任せっきりじゃなくて、私もできればどうにかしたいと思うんだけど……」
今回は、個人での発表だから。朱里ちゃんと組んで、みたいなことはできない。そもそも、私と組んだくらいで払拭できるようなことでもないだろうし。
「奏音は喧嘩とか、諍いの仲裁なんて、したことある?」
私はない。
そもそも、仲裁に入れるほどに仲の良い相手もいなかったからね。今はそれは、友人くらいはいるけど、喧嘩とかはないし、学校内で僻みやらなにやらもない。
「それは、ないわけじゃないけど、そんなことしてる時間ないよ」
「そうだよね」
ここには、喧嘩の仲裁をしに来ているわけじゃない。
学校生活の中なんてことなら、その流れで間を取り持ったり、なんてことにもなる、自然とできる環境になっているわけだけど、私たちが養成所に通っているのは、友人と仲良く学校生活を送りましょう、みたいなことじゃなくて、自分自身のスキルアップとデビューが目的なわけで。
「あんまり行き過ぎるようなら、蓉子さんたちが介入してくれると思うけど……」
さっきの、動線の乱れも然り。
「そんな程度なら、私と詩音で朱里ちゃんの隣にいれば問題ないだろうけど」
奏音の言うとおり、さすがに、人を越えてまでちょっかいをかけにくるというのは、不自然になりすぎる。
もっとも、現状でも大分、みたいなところはあるけど。
それから、私たちだけでどんなにしたところで、悪口というか、陰口というか、そういう雰囲気みたいなのは止められない。
余計なことにかまけていて余裕があるんですね、なんて言ってみたところで、火に油を注ぐだけというか、むしろ、煽っているようにしかとられないだろう。
多くの、他人から見れば、放っておけば、なんて言われることなんだろうけど。
なにも、和気あいあいとした雰囲気を望んでいるわけじゃない。でも、もっと、こう、皆で切磋琢磨していける、みたいな雰囲気はあっても良いと思う。
今回はユニットとかじゃなくて個人での発表だから、本番でなにかできるってこともないし。
「お悩みですか、詩音さん、奏音さん」
「蓉子さん」
タンクトップみたいなトレーニングウェアの蓉子さんは、本当に、しっかりと身体も引き締まっていて、それでいながら、スタイルはよく、モデルだと言われても納得してしまうような感じだ。
「悩んでいるというほどではないんですけど……」
「うん」
私と奏音は顔を見合わせる。
蓉子さんだって、気がついていないわけではないんだろう。
「マネージャーの仕事って、事務所内の雰囲気を良好に保つ、みたいなことも含まれるんですか? たとえば、特定個人、もしくは、複数人の衝突しがちな雰囲気とか」
だから、この際、直接聞いてしまうことにした。
どうせ、私が口にしようと、しなかろうと、蓉子さんは気がついているはず。
それでも、今まで介入していないのは、今はまだそこまでではないという判断なのか、事務所としては、養成所の生徒にまでそう入れ込むことはないということなのか、それとも、放っておいても大丈夫だろうと経験から判断しているからなのか。
「現状、藤さんにも、周囲の方にも、パフォーマンスに影響は出ていませんから」
朱里ちゃんとその他の人たち、という構造自体は把握しているらしい。そのくらいは、見ていればわかるか。
一応、でもないか、トレーナーの仕事って、生徒(あるいは、所属アイドル)のことを見ているということでもあるわけだから。
心身の影響がパフォーマンスに及ぼす影響から考えても、まったくなにもしない、ということでもなさそうだけど。
「パフォーマンスにさえ影響が出ていなければそれでいいっていうことですか?」
「はい。表向きの、トレーナー、そして、職員としての解答はそうなります」
奏音が少しだけきつめの口調で尋ねてみても、蓉子さんはなんのこともなく、受け流す。
現状、私たちは卵というだけで、事務所に対してなにか貢献ができているわけじゃあないからね。
成績は悪いわけではないから、将来性という意味では、投資の意味もあるかもしれないけど、そのあたりは、由依さんや真雪さんとは対応が違って当然で、それが実力主義の世界というものだ。
「まあ、おふたりよりもちょっとだけお姉さんとして回答させてもらうなら、今はまだ、彼女たち自身で修正できる範囲内にいると思います。そして、ここから関係を修復するのか、それとも、決定的に亀裂を入れてしまうのか、そのあたりを人生経験と言ってしまうのは簡単ですが、彼女たちの成長に良い影響が出るようようには、ちょこちょこ口出ししていこうかなと思っています」
今はまだ、か。
もちろん、彼女たち自身で関係を修復できるなら、それに越したことはないんだろうけど。
これが喧嘩と言えることまでなのかどうかはわからないけど、喧嘩したら話し合ってごめんなさいして仲直り。
本当は、そのくらい簡単なもののはずなんだけどな。
実際は、喧嘩というか、朱里ちゃんのことを一方的に……というには、少し朱里ちゃんのあたりも強いと思うけど、とにかく、周囲が朱里ちゃんに対して鬱陶しいというくらいには思っているのかもしれない、という程度だ。
はっきり聞いたわけじゃないから、その大きさというか、気持ちの程度も、本当のところはわからないけど。




