オーディション ダンスと歌
パフォーマンスも、さっきの自己PRと同じ順番でやることになった。審査側から指定されたわけじゃなく、新たに決めようとしても、さっきと同じようになることが目に見えていたからだ。
もちろん、審査員の印象に残りやすい、私の順番――最後が良いという人がいれば、譲るつもりではあったけれど。
だって、私はそんな順番なんて気にしてないし。
「歌とダンスということですが、なんの曲を使うのでしょうか?」
そんな質問が出た。
「自由に使っていただいてかまいませんよ。皆さんもご自身のスマートフォンをお持ちでしょうし、そうでなくてもこちらから、iPodでも、スマートフォンでも、コンポにCDでも、なんでもお貸しします。もちろん、使わなくてもかまいません」
つまり、既存の誰かの振付を使っても、曲を歌っても良いし、自分でオリジナルのものを考えたことがあるのなら、それを使ってもかまわないということだ。もちろん、即興でも。
表現力やパフォーマンスの美しさだけじゃなくて、個性なんかのオリジナリティも評価対象だということかな。
あとは、どれだけ自信をもって取り組むことができるのか。
既存の曲だって、振り付けだって、なんだってかまわない。それを真似するにしても、完璧に真似することができるというのは、一種の才能、あるいは、能力だと思うから。
皆、自信満々で出てくるんだろう、と思っていたけれど、なんとなく、戸惑う雰囲気が伝わってくる。さっきとは違い、積極的に一番最初に出てこようという人がいない。
デビューの人選をするとかって話じゃなく、養成所に入るための試験なのに、いきなり、オリジナルの歌やダンスを披露しろと言われても、戸惑うのかもしれない。
オリジナルの曲でと言われたわけじゃないけれど、多分、そう考えているんだろう。
それなら、私が出てもいいよね?
「皆がやらないなら、私からやってもいいですか?」
私を見てくる候補者たちの顔が驚愕に染まっているのがわかる。
もう振付ができたのかとか、歌詞が考えられたのかとか、そんなところだろう。まだ、数分も経っていないから。
でも、この場で誰もかれもがオリジナルの楽曲で披露して、なんてことを待っていたら、それこそ、時間がいくらあっても足りないし、そんなことは、審査側も求めている状況じゃないはず。
それなら、思い切りの良さとか、既存の楽曲でも、自信満々にこなせるところとか、その完成度を見てもらったほうが良い。
だって、これはあくまで、表現力を見るための試験であって、創造性を求めてのことじゃない。
だから、私は胸を張って、『スポットライト』を披露した。
べつに、『FLEUR』はこの養成所出身のグループというわけじゃないけど、国民的には人気なグループなわけで、知らない人もいないだろう。もちろん、その分、審査の目は厳しくなるかもしれないけど、結局、自分でステージに立つことになるなら、完璧に近いものを求めていく必要が出てくるんだから、同じことだ。むしろ、用意された振り付けをどの程度こなせるのかという判断基準にもなるかもしれない。
ライブで、お客さんのいる、絶対に失敗できない本番というほどではなかったけど、歌とダンスを終えたときには、私は汗みずくになっていた。養成所に入るためのオーディションとはいえ、消費カロリーは大きい。
「ありがとうございました」
「好きなの? 『FLEUR』」
自己PRのときにはなにも言われなかったけど、私が礼を終えると、そんな言葉が掛けられた。
なんて答えるのが正解なのかな。とはいえ、ここの出身のアイドルの曲をやらなかった時点で、答えなんて考えるまでもない。
「はい。アイドルは誰も好きですが、一番最初に好きになったグループだったので」
もちろん、今はそのときとは代わっているメンバーもいる。むしろ、今でも残っているメンバーというほうが少ないかもしれない。
「自分で考えた曲でもいいと言ったけれど、そうしなかった理由はあるのかな?」
たしかに、自分で作った曲というのは、作詞とか、作曲とか、振り付けとかの、想像力やセンスも披露できるもので、少なくとも考えることはできる、日頃から考えているんだという証明にはなるだろうけれど。
「自分では曲を考えたりしたことはなかったので。それを今から考えて時間を使い、挙句、半端な知識で、出来のよくないものを見せるくらいなら、今の私が最高のパフォーマンスを示すことのできる歌とダンスで勝負したいと思ったからです」
だって、このオーディションにかけられる時間も有限なんだから。
事前にこういうテストがあると予想して、考えてきていたならともかく、私はそんなことを考えて来てはいない。ダンスや歌のパフォーマンスを見せることはあるだろうと思っていたけれど。
今までだって、そうう創造性より、ダンスや歌なんかのパフォーマンスのほうに注力して、トレーニングをしてきた。
ここで、五分や十分でさっと思いつくことができるような才能や下積みがあるならともかく、そうでない私は、即興ででもなにかを示すことができる、ということを評価してもらったほうが良い。
たとえば、トラブルなんかで、ステージの時間を調整しなくちゃならない、お客さんを待たせたくない、そんなときが、あるかもしれないし、ないかもしれない。
もちろん、それでパフォーマンスが低下していたら意味はないけど、少なくとも、今の私は全力でやり切ることができたという自信はある。
「それに、せっかくなら、誰も出たがらないでいる一番に見てもらうことができるチャンスでもありましたから」
印象に残りやすいのは、一番か、あるいは、最後。よほど強烈な印象を与えることができる自信があるというなら、真ん中でもかまわないのかもしれないけど。
けど、自信があるなら、こんなところで尻込みしていたりしないだろう。
「なるほど。あなたの気持ちの込められた、良いステージでした」
ほかの人たちには、喧嘩を売っているんじゃないかと思われるような回答だったかもしれない。
でも、あくまで、これは養成所に入るための審査会なんだから、こんな程度で煽られていると思われているようでは困る。
そもそも、さっきの自己PRで、歌やダンスは得意だとか、自身があると言っていた人は多かったんだから。
「次にやりたい人はいるかな?」
誰もいないなら、私が二曲目も、なんて、ちらりと考えたりもしていたけれど。
それを出しゃばりととるのは勝手だけれど、少なくとも、誰も出たがらない状況なら、審査員側から悪印象は持たれないはず。
そして、私はすでに一曲終えているわけで、待機していても不思議なことはない。それなら、存分に、オリジナルのダンスや歌を考えることができる。
一応、ダンス教室に通ってはいるからね。そこでは、オリジナルダンスを披露するなんてことは、当然のように行われている。
じゃあ、なんで最初からそれをしなかったのかと言われたら、そこには、歌まではついていなかったからだ。
ゼロから考えるのは難しいけれど、振り付けがある、あるいは、歌詞がある、楽曲がある、みたいなところからなら、出来の高低はともかく、考えることは難しくない。
それに、今求められているのは、歌やダンスの独創性じゃないということは、私への評定からわかったことだし。まあ、でもそうすると、一応、私が考えたものということにはなるのか。
それより、他の子たちのパフォーマンスを見られるのは嬉しい。
同じ楽曲でも、今の段階なら、それぞれの個性は出ると思うし、新しい発見はあるはず。違う曲、ましてや、オリジナルなんてことになれば、いっそうだ。