順番待ちとかはない
アイドルとして、歌やダンスなんかが認められて、その上で容姿が話題になるのはべつにかまわない。
ただ、私の過去だけを掘り下げられて、それで注目を集めるのは、アイドルとは関係のない部分だから気が乗らないということだ。
容姿の話となったら、昔のことが話題になるのは避けられないだろうから。
もちろん、祖父母のことも、両親のことも、私は大好きだけど。
「それに、私自身、自分の実力に納得いっていないから」
デビューして、カメラやら、観客の前でパフォーマンスを繰り返すことで、鍛えられる実力もあるだろうし、そうして、育っていくのを応援することによるファンの親心というか、自分たちがここまで育てた、という心を刺激する売り方もあるだろう。
それにしても、ある程度のレベルは必要だと思う。
養成所の入所オーディションに受かった程度の実力では、すぐに芸能界の荒波に流されて消えてしまう。それに抗うことができるほどのスター性を持っているとは、思っていない。
それは、自分に自信がないとか、そういうことじゃなくて。それとも、ある意味では、自信がないということになるんだろうか。
ようするに、歌とダンスで、憶測とか、風評なんかを吹き飛ばすことができるだけの実力には足りていないと、足踏みしていると。
「奏音、朱里ちゃん、それから、由依さんも、ありがとうございます」
三人が支えてくれなかったら、養成所の空気はもっと悪くなっていたと思う。
皆仲良く友達を作りに来ているわけじゃないとはいえ、どちらかというなら、良い雰囲気の中でレッスンしたいことは、そのとおりだから。
「困ったときはお互い様だよ」
奏音が笑顔を浮かべる。顔の良い子がやると、それだけで絵になるなあ。
言うまでもなく、ここに通っている人たちは皆、顔が良いんだけど。
「まさか、これで懲りて、縮こまったりしないわよね?」
朱里ちゃんのこれは、挑発してきているわけじゃなくて、心配して言ってくれているんだとわかっている。
もちろん、この程度で縮こまるようなメンタルは、とっくの昔に卒業した。もしかしたら、今後も落ち込むことはあるかもしれないけど、それで自分の殻に閉じこもったりはしない。
「もちろん」
だから私は自信を持ってそう答えた。
「でも、少しだけ、ほんの少し、残念ね。落ち込んだ詩音ちゃんを思う存分抱き締めて、甘やかして、蕩けさせようと思っていたのだけれど」
由依さんが頬に手を当てて、小さくため息をつく。
それはちょっと、立ち直れなくなりそう――抜け出せなくなりそうだから、遠慮しておきたいかな。
ここで、由依さんにはいつもお世話になっているから抱きしめるくらいは全然かまいませんよ、なんて言うのは、自意識過剰だろうか。
いや、今思い立ったばかりだったはずだ。
「由依さんにはいつもお世話になっていますから、そんなことでお礼になるかどうかはわかりませんけど、お望みならばどうぞ」
「そう? それなら、遠慮なく」
少し躊躇うかなと思ったけど、全くそんなことはなく、手を広げて、待つことなく、強く抱きしめられた。苦しくはなかったし、良い匂いはするんだけど、思った以上に恥ずかしいな、これ。
「ありがとう、詩音ちゃん」
「どちらかと言えば、お礼を言うのは私のほうなのでは?」
これは、由依さんに対する、いつもの感謝っていうことだったんだから。
なんで、私のほうが感謝される側になっているんだろう。
「うーん。ファン感謝祭と銘打って行われる中の握手会とかってあるじゃない? あんな感じかしら。まあ、細かいことは気にしないでもいいじゃない」
たしかに、由依さんがそれでいいならいいんだけど。
「それで、奏音はなにやってるの?」
「え? 順番待ちに決まってるよ」
決まってるんだ……いや、やらせないよ? そんなことをしている暇があるなら、発声練習とか、ダンストレーニングとかしようよ。時間は限られているんだから。
「後でね。今は、時間があるんだから、ちゃんと練習しよう」
そう言って切り上げる。
発声練習とか、ダンスとかは、この養成所の建物じゃないと難しいけど、そんな、私を抱きしめるとか、どこでもできるでしょ。
それに、レッスンしている間に忘れるだろうし。
「うぅ、詩音が意地悪するよぅ……」
「意地悪じゃないよ。ただ待つだけなら犬でもできるんだから、奏音も待て、ステイ、ハウス」
犬を飼ったことはないけど、多分、こんな感じだろう(偏見)。全国の犬を飼っている人、犬好きの人、ごめんなさい。
「いつまでふざけているつもり、詩音、奏音」
朱里ちゃんに呼ばれ、蓉子さんが笑顔でいるうちに、私と奏音はそくさくと位置に戻る。
漫才をやっている場合じゃなかった……いや、ふざけてたのは奏音(と由依さん)で、私は巻き込まれた側なんじゃ。
「私はふざけてるつもりはないんだけど……」
「さっさと練習するわよ」
朱里ちゃんは私の主張を聞く気はないようで。
それでも、視線から、多分、私のことを気にしてくれていることは感じとれた。
いつもどおりに接してくれるのも、朱里ちゃんが意識しているのかどうかはともかくとして、嬉しいことだったし。
「レッスンを再開する前に、あらためて、皆さんにお伝えしておきます」
蓉子さんは真面目な表情で、手にバインダーを持ちつつ。
「事務所の方針としては、私たちの評価が一定以上に達しない方は、基本的にデビューできません。もちろん、今は、動画投稿サイトに自分でも動画をアップできますから、こちらには、アップする際の許諾だけ確認していただければいくらでもかまいませんが、そちらには、簡単に言えば、お給料は発生しません。ただし、先方からの指名があったりした場合は、その限りでもありません」
たとえば、由依さんや真雪さんがそうだろう。
事務所に所属はしているけれど、グラビアなんかの撮影をしているのは、この事務所じゃないから。
「もちろん、映画やドラマなどのオーディションを受けることも、止めたりはしません。ただし、現状、皆さんの契約先はうちになっていますので、報告は義務としてこなしていただきますが」
芸能界と言っても、仕事は多岐にわたっているわけで。
役者のほうで経験を積んで、と考える人もいるかもしれない。二兎追う者は一兎も得ず、みたいなことにならない自信があるなら、だけど。
もちろん、それだけじゃなくて、CMとかも、オーディションが開かれていたりするし。
報告義務というのは、この会社の業界での名声ということもあるだろうけど、所属しているアイドル(あるいは、候補生)のことを守るという意味合いも含まれているんだろう。蓉子さんの肩書は、トレーナーというだけじゃなくて、マネージャーでもあるわけだから。
「それから、うちの事務所でも、アイドル個人、もしくは、ユニットとしても、計画はしていますよ。もちろん、皆さんの実力がそこまでに伴ってくれば、ですが」
そのための評価シートだったり、映像録画だったり、発表だったりするわけで。
あたりまえのことだったけど、その場の体感温度が上昇したようだった。
さすがに、熱は入るよね。私だって同じだから。
「そういうわけですから、この後も一緒に頑張っていきましょうね」
蓉子さんは気を引き締めるために(それから、自惚れでないなら、私から意識を逸らそうとして)言ったんだろうけど、多くが、どこか浮足立っている感じだった。
それも仕方ないかとは思うけど。私だって、気を抜けばどうなっていたか。




