『ありがとう』と『大好き』
もっとも、奏音に任せるとはいっても、一緒には考える。
私――『全力ドリーマー』のときもそうだったけど。
一から十まで、全部一人でっていうのもありだけど、一緒に納得できるものを作るわけだから。
「とりあえず、友達に向けて、っていうことで考えてみたよ」
翌レッスン日。
奏音がさっそく書いてきたものを見せてくれる。
「もう書いてきたの?」
「……詩音ってさ、他人のことだと簡単に驚くよね」
やれやれ、みたいな様子で奏音が肩を竦める。
「どういうこと?」
「そのまんまだよ」
まだ数日しか経っていないのに、たたき台としてでも、書き上げてきたものに驚かないことなんてないでしょ。なにも、私に限った話じゃないはず。
「まだ、あれから二日しか経ってないんだし、驚くのは普通じゃない?」
「正確には、一日半だよ」
さすがに、仕事とか、ほかの用事なんかもあるし、休息日も入れないと身体を壊したりする要因にもなりかねないから、毎日というのは無理だけど、新曲をリリースするために、普段よりもスケジュールは密にしている。
自主練だけじゃなくて、蓉子さんたち、トレーナーの人たちからのレッスン日も増えて――増やしてもらえている。
多分、良いものができる限りは、こんな感じのスケジュールになるんじゃないかな。
無理はしないけど、そのぎりぎりの範囲で。
だいたい、私は待っていただけの身だから、今回は、無茶をしているって言うなら、奏音のほうなんじゃないの?
ともかく。
「見せて見せて」
まずは、見ないと始まらない。
「はい」
奏音は運動着のハーフパンツのポケットから、折りたたまれたメモ用紙を取り出して、差し出してくる。
受け取って、開いて、目を通す。
これが奏音の想いかあ。
「どう?」
奏音が上目遣い気味に聞いてくる。
「思っていたよりずっと良いよ、奏音」
正直、『W Reign』への対抗心がもっと前面に出てくるんじゃないかと思っていた。
直近で一番、強い想いを抱いた出来事だったから。
誰かへの対抗心で歌う、みたいな曲もあるかもしれない。でも、私たちのユニットとか、曲とは、雰囲気が違うし、そういう気持ちで歌いたい、ステージに立ちたい、とも思っていないから。
結局、気持ちを乗せられるかどうかだから、できないことはやらないほうが良い。とくに、これは、絶対にやらなければならないことじゃなくて、自分たちでやると決めて、自由に創作することなんだから。
「そうでしょう」
奏音は小さくため息をついてから、胸を張った。
「私はこれで良いと思うけど……まだ、蓉子さんには見せてないよね?」
「うん、まだこれから。一番は詩音に見せないと」
今日も、蓉子さんが来るだろうことは間違いない。もともと、この業界、休日なんて定期でとることのできるものでもないからね。
蓉子さんは、アイドルというわけじゃなくて、スタッフなんだけど、マネージャーとして、送り迎えとかもしてくれているし、少なくとも、私が事務所に顔を出して会えなかった日はない。本当に、いつ休んでいるのか、心配になるくらいだけど、蓉子さん本人は無理しているという感じもなくて、いたって、元気そうなんだよね。
「蓉子さんがダメ出しをすることはないとは思うけど、一応というか、見せに行かないと」
あるいは、ほかのスタッフ、コーチの中にも、振り付けとか、歌詞、楽曲系を専門にしている人たちもいるわけだから。
それに、事前に報告連絡相談をするのは、プロとして、事務所にお世話になっている身として、当然だ。
身内だけで盛り上がっていて、余所に見せたら、なんだこれ? みたいに思われることは、珍しいことじゃないし。
「ついてきてくれるよね?」
「もちろん」
奏音のソロ曲――そんなものはないけど――というわけじゃなくて、これは私たち『ファルモニカ』としての楽曲なんだから、パートナーとして、当然、一緒に行くに決まっている。
「でも、レッスンが終わってからね」
「うん。レッスン前に見せて、万が一、レッスンに影響があるとまずいもんね」
この楽曲は私たち二人のものだけど、レッスンをつけてくれる蓉子さんたちスタッフの人たちは、私たちが独占できる相手じゃない。
もしかしたら、デビューしているということで優先してくれるかもしれないけど、デビューしているからこそ、まだデビューしていない人たちを優先してほしい。
そうすれば、デビューする人が増えることに繋がるし、それはとても嬉しいことだから。
「レッスン後だと、それはそれで、風邪をひく前、遅くなる前に、早く帰るようにしてくださいとかって言われるかもしれないけどね」
「奏音がレッスン後まで緊張でもたないっていうことなら、前にしてもいいよ」
レッスンなんて、万全の状態でやらないと意味ない……とは言わないけど。
でも、意識しすぎて、動きがぎくしゃくするっていうことなら、仕方ないから。
「大丈夫、詩音からお墨付きはもらったから」
ユニット曲で、そのメンバーが全員(二人とも)納得しているのなら、余程のことでもない限りは、スタッフから止められることもないだろう。
致命的に社会風刺すぎて検閲にひっかかる、みたいな社会でもないわけだし。
「ところで、これ、曲のタイトルは考えてあるの?」
なんというか、走り書きみたいなのはたくさん見えるけど、どれが決定、という風にはなっていない様子だから。
あるいはそれも、もしかしたら、歌詞の案の一部なのかもしれないし。
「多分、聞かれると思うけど」
「うぅん、はっきりとは、まだ」
仮なんだから、そこも奏音の好きなように決めてよかったのに。
でも、そういうことなら、一緒に考えようかな。
「念のために確認しておくけど、これって、コンセプトは『ありがとう』と『大好き』で変わってないよね?」
それは、事前に聞いている。そして、歌詞からもそれは読み取ることができる。
「うん。私が詩音のことを大好きなのは周知のことだから、それでも良いんだけど」
「嫌だよ」
さすがに『詩音大好き』なんて曲名の歌を自分で歌うのは恥ずかしすぎる。どんな罰ゲームだっていう話だ。
奏音が真面目な顔で言っているのがかなり怖いから、しっかり釘はさしておかないと。
「うーん、じゃあ、『ありがとうのキズナ』とか?」
「じゃあ、それで決定ね」
私はそのまま、歌詞の上側部分に書きつけた。
「え? ちょ、ちょっと、待って、詩音」
提案してきた奏音のほうが、待ったをかけてきた。
「どうかしたの? 良いタイトルだと思うけど」
「えっと、その、ストレートすぎない? ていうか、コンセプトの単語をそのまま繋げただけなんだけど」
それでいいと思うけど。
奏音の考えてきた曲なんだし、その作曲者のインスピレーションというか、直感なら、大事にしたいし、そう外れていることもないだろうから。
むしろ、奏音がなにに引っかかっているのか。
「考えたのは奏音でしょ?」
「それはそうなんだけど……あー、もう、本当に詩音はもうっ」
奏音が私の頬を引っ張るのはいつものことだからいいんだけど。
できれば、言葉で伝えてくれないかなって。
「大事なのは自信だって言ってるよね。自信持って、奏音。良い曲だよ」
まあ、まだメロディがついていないから、良い歌詞、良い曲名だよ、ってところだけど。
「……うん」
歌詞だけのときにはあんなに自信満々だったのに、なんで、曲名を決めた途端にこんなに自信なさげになるのか。
それとも、私だけじゃなくて、実際に蓉子さんたちに見せに行くことになったから?
なんにしても、やることはやるんだけど。




