私の目指すものじゃないかな
奏音と一緒にカメラの前で歌っていると、嫌なことも大抵忘れられる。楽しさとか、喜びのほうが勝るっていう感じだろうか。
べつに、ナンパが嫌だったとか、そういうことじゃないけど……まあ、面倒だとは思うよ、声までかけられるのは結構珍しいから。
でも、ナンパなんかより、ああいう風にアイドルとしてカメラの前に立っている人を見て、ちょっと残念な気持ちになっていることは間違いない。
好きなものを馬鹿にされた感じっていうのかな。
それは、人間なんだし、好き嫌いがあってあたりまえなんだけど、こうも堂々と収録中にカメラの前でやることなのかな。いや、ライブなら口パクでいいっていうことじゃないけど。
奏音と声が重なって、視線がぶつかって、手と手で触れ合って。
それでこそ、私たちの気持ちを届けられていると感じられる、そういうものじゃないのかな。
その相手が、私たちと同じアイドルっだっていうのは、ちょっと、思うところもあるというか。少なくとも、私の目指す、憧れるアイドルとは違うと言える。
「奏音は楽しかったよね?」
カメラの前を退場してから聞いてみた。
「もちろん。詩音と一緒ならいつだって楽しいよ」
そう言ってくれるのは嬉しいし、私も同じ気持ちなんだけど、今聞きたいこととはちょっと違うかな。
「あー、うん、そうだよね」
「あの人たちのこと?」
奏音も同じく、あの男性グループ『W Reign』のことだとわかったらしい。
私たち自身はライブを楽しめたけど、音源を使って楽しめるのかなっていうことだ。
仕事なんだから、究極的には、私たちが楽しむものじゃないというのなら、それはそうなんだけど。
「純粋にライブを楽しんでいるっていう感じじゃなかったよね」
やっぱり、観ている相手には伝わるものだということ。
ただし、奏音もアイドルだから、アイドル以外の、カメラの向こうの視聴者にどういう風に伝わっているのかはわからない。
「なんでアイドルをやっているのか、逆に気になるような」
「調べてみたら載ってるんじゃない?」
奏音はそう言うけど、私は首を横に振って。
「調べて出てきた結果に意味はないと思う。番組ですら、口パクの相手だよ? インタビューとかで、真面目に本音を話すとは思えない」
こういうイメージがつくことを恐れていないのかな?
口パクだとわかったのは、私たちだからこそだから、ファンに気づかれていないならそれでかまわないと思っているとか?
「そっかあ。うーん」
控室で、椅子に座ったまま、奏音は手足を思い切り前に伸ばす。
私たち自身のパフォーマンスは、しっかりできたと思う。少なくとも、人前に出して恥ずかしくない程度には。
でも、やらせの情報を耳にしたときと同じような、もやもやとした気持ちは残る。
丁度、ペットボトルで水分補給を終えたところで、控室の扉がノックされる。収録はもう終わっているから、来るとしたら、相手は一人くらいしか思い浮かばない。
「奏音さん、詩音さん、今、大丈夫ですか?」
「はい」
入ってきたのは、もちろん、蓉子さん。
「おふたりともお疲れさまです。まだ、着替えていらっしゃらないんですね」
「はい、えっと、すみません」
長い間着ていると、しわになったりする。
クリーニングはもちろんするけど、衣装を大事にするという意味では、仕事が終わったなら速やかに着替えておくべきだろう。
「なにか、お困りごとでもありましたか?」
普段と違う様子の私たちに目ざとく気づく蓉子さん。
「……蓉子さんは口パクについてどう思いますか?」
蓉子さんはアイドルではないけど、トレーナーも務めてくれている。
そこには当然、歌唱の指導も含まれているわけで。
「それが、皆さんの決められたことでしたら、十分な結果を出すためにサポートさせていただきます。ですが、今お聞きになりたいのはそういうことではありませんよね」
「はい」
ファンとして、視聴者として、運営として、制作側として、マネージャーとして。
そんな観点からの意見が聞いてみたい。
「スタッフとして言わせてもらうなら、喉を傷めないという点はあると思います。ただ、本気のパフォーマンスとして伝わるかどうかはわかりませんけれど。そして、ファンとしてということなら、せっかくのライブパフォーマンスですから、生の歌声が聞きたいと思うところはありますね。録音で良いというのであれば、家でもかまわないわけですから。ただ、ライブの魅力はそれだけではありませんけれど」
マイクに向かって歌っていたとして、結局、その声はスピーカーから流れることになる。
それなら、最初からスピーカーだけで流していても同じじゃないのか。むしろ、歌の最中にしゃべりを入れられる分、そっちのほうがお得じゃないのか。
生の歌声は、調子の良いとき、良くないときでむらができる。もちろん、そうさせないことも、私たちアイドルの腕の見せ所というか、レッスンを積み重ねる理由の一つだけど。
せっかく、目の前に見にきてくれているのに、できている音源を流すだけなんて、愚弄している、って言うと言いすぎかな。
「ただ、どちらが良い、悪い、と簡単に言えることではないと思います。そうするだけの理由があるのでしょうから。そういう一つの形、ということではいけませんか?」
「スタッフとしては、容認派だということですか?」
喉を痛めたら仕事ができないわけだから、その点を危惧するのは当然かもしれないけど。
「そうですね。ただ、ファンがなにを求めているのか、ということは、また違う部分だと思います。できることなら、生で歌を聞きたい、という想いは、当然、あるでしょうから」
そして、ファンの求めるものを提供するのがアイドルだ。
普通の仕事に言い換えるなら、お客の求めている商品を提供するということだし。
おさまりが悪く感じているのは、私にとってのアイドルのパフォーマンスが、いつだって全力でやり切るものだから。
アイドルとしての形はそれぞれ。やりたいことをやるのがアイドル。そこにファンが付いてくるのかどうかということは、その結果次第、ということ。
「もし、気がかりが残るようでしたら、次回、いつになるかわかりませんが、同じ現場で鉢合わせたときにお尋ねになったら良いのではありませんか?」
ここで私たちだけで考えていても仕方ない、それは確かにそのとおりだ。
こちらでいくら推測しようが、それは結局、推測にすぎないから。
「そうですね。そうすることにします」
結局、それぞれのパフォーマンスを決めるのは、自分たち自身。
全員越えてトップに立つというのなら、相手のパフォーマンスより、自分たちのパフォーマンスを気にするべき。
もしかしたら、ファンの人たちが録音、口パクを求めているということもあるかもしれない……いや、さすがにないかな。それでも同じクオリティですごい、とはなっても、いつも録音で聴きたい、とはならないはず。
相手の事情、目指すもの、理想の姿、そういうものを理解しないと、口パクの理由もわからないだろう。
もしかして、こういう風に私たちに興味を持たせることまで計算づくとか? さすがにそれはないか。
「次に一緒になる可能性が高いのは、サマーアイドルエキスポでしょうか」
蓉子さんがスケジュールを確認して、逆算? してくれる。
サマーアイドルエキスポ。言葉のとおり、夏の最中に、全国からアイドルが集まって行われるイベントのこと。
他の番組でも可能性はあるけど、一番高そうという意味で。




